第60話 真白とデートその7 終

「蓮くん、蓮くん」

「ん、どうした?」

「えへへ……呼んでみただけです」

「なんだそりゃ……」


 真白と蓮は互いの指を絡めた恋人繋ぎをしながら、ゆっくりとした足取りで自宅に向かっていた。

 降りるはずのバス停は四つ先。歩いていくには少々の時間がかかる。だが、この時間が二人にとっては貴重なもの。


「わたしは蓮くんの彼女さん。蓮くんはわたしの彼氏さん」

「……声が大きい」

 真白は人差し指をさしながら、幸せそうな顔で公言する。


「蓮くん、復唱してください……っ」

「嫌だよ。そんなセリフを男が言ってたら気持ち悪いだろ? 周りからどういう目で見られるか分かったもんじゃないし」

「気持ち悪くなんてないです。それに周りに人は誰もいません……」


「それでも嫌」

「ぅ、蓮くんが強引です……」

「それだけは真白に言われたくない。……って、『せんぱい』から名前呼びに変わってるし」

 呼び名が変わったことを責めたいわけではない。寧ろこの呼び名は蓮にとって嬉しいものだ。それは、真白との距離が縮まったと実感出来るもの。


「こ、この呼び方は、か、彼女の特権ですっ! こ、これだけは『嫌』って言われても辞めないんですから……!」

「いや、その呼び名を辞めたら俺が怒る」


「お、怒るんですか?」

 なんておずおずと確認を取ってくる真白。


「怒る」

「じゃあ……せんぱい?」

『ギュ』

 怖いもの知らずなのか、真白は違う呼び名で蓮を呼ぶ。そして……蓮は怒りを示すように繋がっている手に力を入れた。


「っ、レオくん!」

『ギィッ』

 ーーそしてさらに強く握る蓮。


「い、痛いです痛いですっ!」

「怒るって言ったろ?」


「で、でも……これで、さっきより強い力で蓮くんが握り返してくれました」

 強く握られる。それを望んでいたのか、真白には嬉々とした表情が浮かんでいた。


「……それに、ちゃんと加減してくれる蓮くんも……大好きです」 

「や、え、っと……」

「えへへ……蓮くんから一本取っちゃいました」


 たじたじで動揺を露わにする蓮に、真白は無防備な笑顔を見せてくる。それだけで蓮は何も言えなくなる。

 惚れた弱み、というものがこれなのだろう。


「あ、蓮くんに一つ……二つだけ約束してほしいことがあるんです……」

「な、なんだ……?」


 真白の声に真剣味が帯び、蓮は聞き返す。


「わ、わたし以外の女の子が、蓮くんの手を握ってきたりしたら……ちゃんと断ってください……。そ、そんな女の子は蓮くんに『好き好き』ってアピールしてるんですから……」

「そんな心配する必要ないぞ? まずされないし」

「も、もしもの話です……」


 真白はVRの時から蓮と関わってきたからこそ、その頼り甲斐、人の良さを知っていた。

 蓮が琳城りんじょう学園に転入して日はあまり経っていない。時を経ることによって、蓮の魅力を他の女の子達が知ってしまったら……なんて不安に駆られるのも無理はないだろう。


「絶対されることはないだろうが……分かった。それで二つ目は?」

「う、浮気はしないでください……。ふ、二股は絶対ダメです……!」


『彼氏彼女』の関係になった今、その言葉は言われなくとも必ず守らないといけないものだ。


「あのなぁ。胸を張れることじゃないんだが……俺はモテないんだが」

「そ、それは蓮くんが鈍感さんだから気付かないだけです……」

「何言ってんだよ。そのぐらいは流石に気付く」

「わたしの気持ちには気付かなかったじゃないですか……」

「そ、それはなんて言うか……すまん」


 反論をさせることのない完璧な正論を放つ真白。


「分かれば良いんです……。そ、それでこれも守ってくれますか?」

「守るに決まってるだろ?」

「もし、約束を破ったら蓮くんを監禁しますからから……」

「それは犯罪だろ……」


 二つの約束事を言い終えた後に、蓮も口を出した。


「それじゃあ真白。俺からも一つだけ言いたいことがある」

「『別れろ』なんて言っちゃヤですからね……」


 振るような台詞を言うと思ってるのか、怯えながら視線を寄せる真白に蓮は真顔で発言した。


「……好きだぞ、真白」

「えっ……」


 真白が唖然して数秒後……。ようやく蓮が言った意味が伝わったのだろう、

「ッ! い、いいいいきなりなに言ってるんですかっ!」

「さっき一本取られた仕返し」


 慌てふためく真白を尻目に見て、ニヤリと悪戯の笑みで反撃する蓮。


「そ、その言葉は反則です……もぅ、チートです……」

 耳まで真っ赤にした真白は、ふるふると首を左右に振りながら蓮の腕に顔を埋めるのであった……。



 ===========



「真白、この辺で別れよう」


 蓮がこの言葉を発した場所は、真白のマンションがぎりぎり視界に入る道だった。今日のデートでアイドルの真白だとバレなかったものの、自宅がバレないように……と、念には念を入れる。


「もう、着いちゃったんですか……。四つも離れたバス停で降りたのに……」

「今日一日ありがとうな。明日からの仕事、頑張ってな」

「うん……」


 早々に別れの言葉を口にする蓮。それは真白と早く別れたいわけではない。これ以上一緒に居れば別れが辛くなるからだ。それは真白も同じことだろう。


 しかし……繋いだ手はまだ離れてはいなかった。

 真白がその手に力を入れているのだ。『離したくない……』と。


「いや、手を離してくれないと俺も帰れないんだが……」

「蓮くん……キスしてください……」


 視線をアスファルトに向ける真白は、突としてそんなことを言い出した。


「してくれないと……この手はずっと握ったままです……」

 意志を固めているのか、『ギュッ』と繋がった手に更なる力が加わる。


 女と男の筋力は全然違う。振り払おうとすれば簡単に出来る蓮だが、そんなことは気持ち的に出来るはずもない。


「な、なんか真白……甘えん坊になってないか?」

「蓮くんの前だと……こうなっちゃうんです……」

「それは嬉しいというかなんというか……」

 上目遣いでそんな告白をする真白に、蓮の自制の気持ちは外れてしまった……。


「……じゃあ目を瞑ってくれ」

「うん」

 真白はゆっくりと目を閉じ……キスを待ち望むように背伸びをする。

 ーーそして、蓮は真白に優しく唇を重ねた……。

 それは、お互いの唇が触れるだけの軽いキス。


「ありがとう……蓮くん。これで明日、、のお仕事頑張れます……」

 そんなキスが終わり、真白は恍惚とした表情でお礼を言ってくる。


「じゃあこれ、明後日の分な……」

「んっ……」

 簡単に折れそうな真白の細い腰に手を回した蓮は、薄ピンクに色付く柔らかな唇を少し強引に奪う……。


 抵抗もなにもしない、ただ身体を授けてくる真白に蓮は唇を強く押し付ける。

 その時間はさっきよりも長く……、告白後のキスよりも長かった……。


「はぁ……。もういっぱいです……。これ以上しちゃうと、止められなくなりますよぅ……」


 真白は蓮の胸元に両手を当てて顔を離し……瞳を潤わせて視線を逸らす。

 力強いキスのせいか、立っているだけの力しかないような真白は、艶かしい吐息を続き続きに漏らしている。


「……蓮くん。わたしを……こんなにドキドキさせないで……」

 そんな状態で真白は思いっきり蓮に抱きついてきた……。


「じゃあこんなことするなよ……」

「それもヤだ……」


真白は蓮を抱きしめてから石のように動かない。……ただ、上から見える真白の表情は、幸せに包まれていたのだった。

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