第54話 真白とデートその1 逆ナンパ

 時は過ぎ……真白との買い物を約束した日。土曜日になる。


(はぁ……緊張するな……)

 ワックスで軽く髪を整え、横縞の入った白のTシャツに青のカーディガンを羽織り、白のボトムを合わせたシンプルな衣装をした蓮は、電話で約束した場所。時計台の横にあるベンチに座っていた。


 約束の時間は10時。その15分前に蓮はこの場所にたどり着いていた。


(こんな早く来て良かったんだろうか……)

 そんな不安が早くも生まれる。蓮はこの年にして、異性と買い物に行くというもは妹の楓を除いて初めてで、その要領も全く分からないのだ。


 数日前の電話で、どこの場所に行くか。その予定などを決めていたが、それでも体験してみないことには分からない。


 そんな不安と戦いつつ数分が過ぎた時だった。


「おっ、そこのお兄さん?」

「……」


 それは蓮に掛けられた声だが、その本人は自分に声が掛けられたものだとは思っていなかった。


「あれ……、そこのお兄さんなんだけど……」

「あらら、ノーリアクションだねぇ」


 蓮の背後からまた一人女性の声が増え、なんとなく蓮は後ろを振り向いた。


「あっ、今振り返ったお兄さんっ!」

「……え? 俺ですか?」

「うんうんっ!」

「ごめんね、この子が少しあなたとお話をしたいらしくて」


 蓮に声を掛けてきたのは、オシャレをした二人の女性だった。その年齢は20

 代ぐらいで、大学生らしい雰囲気を纏っていた。


「えー? ワタシだけじゃないでしょー?」

「まぁ……そうなんだけどね」


 仲の良さが伺える会話をしながら、二人の女性は蓮に歩み寄ってくる。


「えっと、俺になんか用ですか?」

 一人だけ座って話を聞く……というのは失礼に当たる。そう思った蓮はベンチから立ち上がった。


「突然なんだけど、今ワタシたち暇してて……遊ぶ相手が欲しかったの!」

「遊ぶ相手……ですか?」

「うんうんっ!」


 声に出しながら高速で頷く一人の女性は、『どうかな?』と、後付けして聞いてくる。

 ……これはあの有名な逆ナンパである。が、この状況を一人理解していない者がここに居た。


「遊ぶ友達なら、隣にいますよ?」

 蓮はもう一人の女性に丁寧な指さしをして、疑問符を浮かべた。

 蓮に声を掛けているのは一人ではなく、二人なのだ。その点では、確かに遊ぶ友達はいると言える。


「……へっ!? そ、そういう意味じゃなくてね!?」

「あはは、その返しは面白いね、君。それも本気で言ってるようだし」

「どう言う意味ですか?」


「えっとー! それじゃあ直球で言うんだけど、ワタシ達と一緒にこれから遊ぼー!」

「遊ぶ相手はいるんだけど、人数が少ないのよ。それに、あなたも一人みたいだし」

「あー、なるほど。それで俺を誘ってくれたんですか」


 直球の投げ掛け、そして分かりやすく疑問に答えてくれた二人の女性のおかげでようやく要領を掴んだ蓮。

 一人で居たから二人の女性は誘ってくれたんだろう。と、そんな気遣いに蓮は感謝した。


「そうそうっ!」

「それでどうかな。これでも一応可愛い方だと思ってるんだけど……?」

「自信を持って大丈夫ですよ。お二人とも可愛いらしいですし」


「おー! 褒め技術まで持ってるお兄さん! もう、遊ぼーよ!」

「そんな真顔で言われると少し照れるわね……」

「……でも俺、今から予定が入ってるので」


 蓮は既にこれから遊ぶ予定がある。断ってこの女性達と遊ぶわけにもいかない。……いや、蓮はこの女性達よりも真白と遊ぶ以外に考えていなかった。それは蓮自身が望んでいることでもあったのだ。


「えぇ〜、遊ぼーよぉ。ワタシ、格好良いお兄さんのこと気に入っちゃって……!」

「そんなこと言わないでさ。それじゃあ連絡先の交換だけでも……しない?」

「お世辞をありがとうございます。それも遠慮させてもらいますね」


 自分を気遣ってくれた二人の女性に、柔らかい雰囲気を意識して蓮は断った。

 小さい頃から両親に言われていたこと、『何も知らない人とは連絡先を交換するな』との約束を蓮は守ったのだ。


「ぁぁ〜。やっぱりレベルの高いお兄さんだったかぁ……」

「一人で待ってたということは、これからデートなの?」


 結果、全ての提案を蓮に断られた二人の女性は諦めモードになる。


「デート……というより買い物ですね」

 と、そう答えた瞬間だった。


「はぁ、はぁ……。せんぱい……遅くなってすみません……っ!」

 ぱたぱた……と、小幅の小さい足音を鳴らして息を少し切らした真白は、今集合場所に到着した。


「遅くなってもないぞ? 集合時間前の5分前だし」

「ぅ、せんぱいらしいけど……、そうじゃないよぉ」


『俺も今来たところ』

 なんて定番のセリフがなかったことに不満そうにする真白は、白のニーハイソックスにチェック柄のミニスカート。女の子らしいダッフルコートに身を包んでいる。

 そして、普段からサイドテールの髪型をしている真白だが、今日だけは髪を全部下ろしていた。


「お、女の子来たっ! か、可愛いんだけど……!」

「なるほどねぇ。こんな子が遊び相手なら、断るのも仕方がないわ……」


 真白の登場に、蓮を逆ナンパした二人の女性は一瞬にして怯んだ。

 この様子を見るに、今二人の目の前にいる相手が、アイドルの真白だと言うことには気付かれていないようだ。


「えっ……。あ、あの……この方達はせんぱいの知り合いですか……?」


 蓮と向かいあっていた状態で、真白に声を掛けて来たのだからそう勘違いするのも無理はない。


「知り合いになりたかったから、遊びに誘っただけなのー!」

「遊び……」

 堂々とした宣言をする一人の女性に、真白の危険スイッチが入った。


「せ、せんぱいは……渡しませんからっ!」

「……っ!」


 そのスイッチが入った真白は、蓮の裾をギュッと握って敵対心を滲ませる。


「もう、あんたはこんな事を言わせて……。水を差すような真似をしてごめんなさい。ほら、行くよ」

「ふえぇぇぇ…………」


 真白の反応を見てこれ以上邪魔しないようにと、一人の女性はもう一人の女性の手を引っ張って謝りながら去って行った。


 そんな二人の後ろ姿を『うぅ……』と威嚇するように睨む真白に、蓮は声を掛ける。


「ま、真白……? その、裾……」

「せんぱい……。逆ナンパには気を付けてください……」

 睨んでいた瞳からうるっとした瞳で蓮を見つめる真白。その面様は不安そのものだった。


「逆ナンパ……? あの二人は俺を気遣って声をかけてくれただけだぞ」

「もう……そんなこと言われたら、何も言えないじゃないですかぁ……」


 真白の言う『逆ナンパ』は正しい。

 しかし……蓮は『気遣ってくれた』と、本気で思っているのだ。そんな食い違いが生じた状態で、真白の言い分を理解してくれるはずもない。


「……い、嫌だったか?」

 真白の反応を見て、そんな一言を発す蓮。


「い、嫌ですよ……。ふ、不安になるんですから……。せんぱいが、わたし以外の女の子のところに行くんじゃないかって……」

「何言ってんだよ。行くわけないだろ? 今日は俺だって楽しみにしてたんだし、気を遣われてても真白の約束が一番だったんだから」

「……」


 その言葉を聞いた真白は、蓮の裾に入れていた力をゆっくりと抜いて、顔を下に背けながらつんつんと蓮の指を突いた。


「どうした?」

「……そ、それなら、証明してほしいです……。い、今の言葉が本当だって……」

 真白は突いていた指の動きを止めて、ボソッと呟いた。


「手、繋いで欲しいのか?」

「は、はぐれるかもしれないですし……」

「……分かったよ。ほら」

「っ……」


 蓮は真白の小さな手をすっぽりと包むようにして握った。その女の子らしい柔らかい感触は、蓮の冷静さをじわじわと削っていく。


「っ、せんぱい……。このまま、ですからね……」

「は、離してほしい時には言うんだぞ」

「ん」


 真白は未だに顔を下を向きながら、小さな声と小さな頷きで答えた。

 その顔は、今まで以上に真っ赤に染っており……蓮も恥ずかしさを隠すように顔を明後日の方向に顔を向ける。


 ただ、真白を包んだ手にはより一層の力が込められ……『安心してくれ』と、そんな気持ちがこもっていたのである。


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