第55話 真白とデートその2 お顔の危険信号

「あっ、せんぱい! カエルのゴミ箱……!」

「いきなりだな、おい」


 バスに乗って、今日の目的地である大型ショッピングモールに足を運んだ二人は雑貨屋に足を運んでいた。


 今日は週末だけあって、客の数の多く……すれ違う人は真白に目を奪われていた。

 大人気のアイドルが素性を隠してこんな場所に来ているのだから、そうなってしまうのも仕方がない。


 そんな状態でも、すれ違う人々は『アイドル』の真白だと気付くことはなかった。

 その代わり、蓮に向けられる視線には『妬み』『嫉み』そして……『殺意』が含まれていた。

 隣で歩いているだけでなく、真白の手を包み込んだ手繋ぎをしていれば必然である。


 その構図から、付き合っていると思われているに違いないのだから。


「せんぱい、早く早く!」

 真白は買い物スイッチが入ったのか、蓮を引っ張るようにしてその商品に近付いた。


「んはぁ……可愛いです……」

 片手でカエルのゴミ箱を持つ真白の表情は完全に蕩けている。そのサイズはとても小さく、ゴミ箱として利用することが出来るのか疑問があった。


「お目目も可愛いです……。ほら、こうするとお目目が動くんですよ!」

 そう言う真白は、ゴミ箱を逆さにして目が動くことを蓮に証明する。


「……た、確かに工夫されてることは分かるが、コレをどこに置くんだ?」

「自室です」

「このカエルを?」

「種類はゴミ箱です」


 どうやら真白はこの手持ちサイズもカエルのゴミ箱を購入する予定でいるようだ。確かに、真白らしい買い物といえば真白らしい。


「買うんなら、俺の手を離して両手で持って見たらどうだ? 家に置くんならじっくり見たいだろ?」

 真白と蓮の片手は繋がっているのだ。雑貨を物色する身としては両手を開け

た方が何かと便利だろう。と気遣った蓮だったが……、

「……ヤです」


 そこで真白は、カエルのゴミ箱を自分の顔に近付けて、あたかもカエルが言葉を発しているように否定を漏らす。


「だって、この手を離したら……せんぱいは、もうわたしの手を繋いでくれないかもしれないですから……」


 蓮に今の表情を見られることもなく、言いたいことだけを言える。顔を隠している真白は無敵の状態だ。


「そ、そんなことないぞ? 真白がそう言ってくれればまた繋ぐし……」

「ほ、ほんと……ですか?」

「ああ」

「それじゃあ、少しだけお願いします……」

 そう言われ、蓮はゆっくりと真白の手を離した。


「……」

 さっきまで密着していた手は、今までに感じたことのないほどの熱を帯びており、空気に晒されるだけでヒンヤリとした感覚が蓮を襲う。


 ーーだが、それは一瞬のことだった。


「せんぱい。や、やっぱり……は、離しちゃ……ダメです……」

「……ッ」

 真白はさっきまで包まれていた手を、自ら蓮の握られていた手に当ててきたのだ。『早く握って下さい……』と言わんばかりに。


「も、も、もう良いのか……?」

 蓮が気を抜いた瞬間を突いたかのような行動ーーそれは、蓮の心臓を大きく跳ね上げる。


「うん……。だ、だから、また握ってください……」

 ずっと蓮に握られた真白の手にも、ヒンヤリとした感覚に襲われていたのだ。それは真白にとって『不安』が襲ってきたことと同値だった。


 だからこそ……真白は蓮の手に、自らの手を押し当てたのだ。……再び、蓮の温もりを求めるように。


「じゃあ……」

「……んっ」

 そして、蓮は約束通りに真白の手を包み込んで握りーー

「あっ、これ良いな……」

 面映ゆさを隠すように……誤魔化すように……蓮は別の商品に目を向けた。


 そう、蓮だって何も感じないわけではない。少しづつ、少しづつ……気持ちが動いているのだ。

 そんな蓮が目を向けた商品。それは三角おにぎりをした形の中に様々な表情の顔が掘られたストラップだった。


「……か、可愛いな、コレ……」

『隠す』『誤魔化す』そんな魂胆があったからだろうか、蓮はその商品にめり込んでいた。


 そのおかげで蓮の意識は自然と商品に移る。


「せ、せんぱいには無表情のこれがいいと思います……」


 隣にいる真白は、カエルのゴミ箱をこの商品の隣に置いて、顔を赤くしながら蓮にそのストラップを渡してくる。


「お、なんか俺に似てるなコイツ……ん? 真白の顔赤くなってるが……どうしたんだ?」

「なっ! なんでもないです……!」

 カエルのゴミ箱のお面が外れた真白に、追い討ちを掛けるような質問をする蓮。


「そ、そうか? ……じゃあ、そんな真白にはこのおにぎりはどうだ?」

「……ぁ、可愛い」

 今の表情に当てはまった、顔を赤くした表情のおにぎりのストラップを真白に渡す。


「カエルのゴミ箱と、このおにぎり。真白ならどっちを購入する?」

「どっちも……購入します」

「ハハハ、それは反則だ」


 真白にとって、そのストラップは蓮が自分のために選んでくれた物。手放せない商品なのだ。


「それじゃあ……買い物カゴを取ってこないとな。少し行ってくる」

「わ、わたしも行きます……」

 互いの片手しか空いていない状態で、二つのストラップに小さなカエルのゴミ箱を持って別の商品を見て回るのは苦労するだろう。

 そして、欲しい商品が別に見つかった場合には、買い物カゴの存在が必須になる。


「ここで待ってても良いんだぞ?」

「……だって、手が離れちゃいます……から」

「すぐ取ってくるって言ってもか?」

「ヤです……」


 ふるふると小首を左右に振る真白。毛先まで綺麗に整った髪が揺れ、甘い匂いが蓮の鼻腔をくすぐった。


「じゃ、じゃあ……一緒行くか?」

「うん……」


 そうして、手が離されることなく二人は買い物カゴを手に取り、暫くの間、雑貨屋で時間を潰す二人であった。



 =======



「せんぱい、わたしが袋を持ちますから……」

「だから俺が持つって。力も俺の方があるし」


 この会話は既に5回目に到達している。真白が言う袋というのは、雑貨屋で買った物を入れた袋のことだ。


 真白がこの会話を何回もするのは、自分の買った商品の方が圧倒的に多いからであろう。それでも袋は全然軽かった。


「なんて言うか……こういうのは俺が持たないと、男の面子が潰れるんだよ」

「わたしは、そんなこと思いませんから……」


「まぁ、正直これが一番の理由なんだが……、真白は明日と明後日仕事だろ。手が塞がった状態で、コケて怪我なんてしたらどうするんだ?」

「そ、それは……」


 仮に、真白と手を繋いでいなければ蓮は袋を渡していたかもしれない。……だが、そんな状態ではないのだ。


「だから、俺のワガママを素直に聞いて欲しい。俺は真白に怪我をさせたくないんだから」

「ひ、卑怯ですよぅ……そんなこと言うなんて……」


 真白の言う通り、この言葉は卑怯である。こんなことを言われ、『袋を持つ』と再度言える女性はいないだろう。


「俺の本音なんだから仕方ないだろ」

 そして蓮は、『ギュッ』と包みこんでいる手に力を優しく込めた。


「……っ。な、なんでそこで力を込めるんですかぁ」

「いや、こうすれば俺が本気で言ってるって伝わらないか?」

「うぅ……っ。もぅ……!」


 真顔で伝える蓮に、真白は言葉にならない声を漏らして床に視線を落とした。

『今の顔を見られちゃダメ……!』そんな危険信号が発されているのだ。


「お、真白危ないぞ」

 前から人が来ていたのだろう、蓮は真白の手を引いて引き寄せた。……その結果、真白は蓮の腕に寄りかかるような体勢になってしまう。


 ーーそれは、手だけでなく身体まで、密着していることに……。


(〜〜っ、やばいよ……。心臓が破裂しそうだよ……)

 続けざまに来る不意打ち攻撃アタックに、真白の頭はパンク寸前であった。



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