第53話 週末の買い物(デート)の前
その夜、蓮のスマホに2件のメールが届いていた。
『VRをする日は日曜日の夕方6時で大丈夫?』
そのうちの一つは楓からだった。
『ああ、大丈夫だ。それじゃあその日に。楽しみにしてるよ』
そのメールに返信して、残りの一件届いていたメールに目を通す。
もう一件の相手は真白からだった。
『せんぱい、週末のお買いものについてなんですけど……お仕事の関係で日曜日と月曜日の二日間は難しいです……』
『仕事が二日も入ってるのか……。そんな忙しい週末に俺との予定を入れて大丈夫なんだろうな?』
そう返信して約3秒後。画面に『既読』の文字が付いた。
(早いな……)
そう思いつつ、蓮は次の返信を待つ。
『ほ、本当はこんなこと言っちゃダメなんですけど……わたしは、せんぱいとの予定の方が大事ですから……』
「……」
蓮はその返信を見て、数秒間固まっていた。
気になってる相手の『モカ』及び、真白からこんな気持ちを伝えられたのなら、こうなってしまうのも仕方がない。
『ありがとう』
そのメールに頭が回らなかった蓮は一言そう返した。
『あ、あのっ……。も、もし良かったら……夜、お電話とか出来ませんか……?』
『電話……? ん、別に大丈夫だが、もう少し後からでも良いか? もうすぐで洗濯が終わるんだ』
『あっ、忙しい時にすみません……!』
『いや、気にしないでくれ。それじゃ、また後で連絡を入れるから』
『うんっ。それまで待ってます』
そうして、一旦メールを終わらせた蓮は洗濯に取り掛かった。
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メールが一通り終わったその頃。
「真白ちゃん、スマホを見てなんでニヤニヤしてるのかなぁー?」
真白のお母さんが、ベッドに座る真白にからかいたげな笑みを見せていた。
「……ニヤニヤなんてしてないもん」
「そう? じゃあこれを見ても同じコト言えるかしら?」
真白のお母さんは唐突に自分のスマホを取り出して、一つの写真を見せた。それは、ついさっき撮られた写真である。
「ね?」
「ね? じゃないよっ! なんで撮ってるのっ!?」
「真白ちゃんが否定すると思って。うふふっ、流石は真白ちゃんのお母さんでしょ? 言い逃れはさせないんだから」
その真白のお母さんが撮った写真に写った真白は、誰がどう見てもニヤけているとの判定を出すだろう。
また、こう判定する人も出てくるのかもしれない。ーー幸せそうだと。
「お、お母さんには……わたしの好きな人を言っちゃったから言うけど……」
逃げられないなら……一層のこと全てを打ち明かしてアドバイスを貰おう。真白は一転させた決断をする。
「わ、わたしの好きな人……VRのレオくんって言ってたでしょ……?」
「……あはぁ。つまり、レオ君と連絡先を交換したのね?」
全てが分かったように言う真白のお母さんは、満面な笑みを浮かべた。これは決してお母さんが鋭いというわけでもない。
真白のお母さんが撮った写真。その真白の表情が全てを物語っていたからだ。
「う、うん……。現実の方で交換したの……」
「げ、現実……? どう言うこと?」
真白がお母さんに話していたのは『VR』のことだけ。それはつまり、VRで好きな人である『レオくん』と
「そのレオくん、わたしが通ってる学園に転入してきた人で……」
「て、転入して来た人がレオ君……みたいなオチ?」
「う、うん」
「わぁ! 凄い偶然じゃない。連絡先を交換したってことは、現実の方のレオ君と顔を合わせたのね?」
「うん。……い、今はそのせんぱいも好き……で」
真白は言葉を詰まらせーー顔を真っ赤にしながらその想いをお母さんに伝えた。
「なら、今度レオ君を
そこで、真白のお母さんの一つ……いや、二つほど飛び抜けた発言が、部屋を包み込んだ。
「そ、そそそんなこと出来ないよっ! か、彼氏さんでもないんだしっ!」
「それじゃあ、そのレオ君を彼氏さんにすれば良いだけじゃないの」
「そんな簡単なことじゃないのっ!」
真白のお母さんは今の状況を知らないのだ。あの学生会長の琥珀先輩が、せんぱいを狙っていることに……。
「それでそれで……そのレオ君とのデートは今週末かしら?」
「んっ!?」
まだ一言もそんな情報を漏らしていないにも関わらず、真白のお母さんは何食わぬ顔でこの先の予定を言い当てた。
「真白ちゃん驚いてるけど、この前と同じ表情をしてるんだもん。ほら、真白ちゃんを車で迎えに行ったときね」
「わ、わたし、そんなに分かりやすい?」
「ええ。とっても、ね」
この瞬間、真白はお母さんに隠し事が出来ないことを悟った。
「お、お母さん、服装とかどうすれば良いのかな……。せんぱいがどんな服装が好みだとか知らないの……」
「相手は鈍感さんなんでしょう?」
「鈍感さんです。……超が付きます」
「なら……女の子として意識してもらえるようなファッションを心がければ良いのよ。逆に言えば、男の子が身に付けない服装をするってことかしら。ニーハイソックスとか、スカートとか、ね?」
「そ、それだけで良いの……?」
現実世界で初デートとなる真白にとって、その不安は当然のものだ。
「あとは、さりげないスキンシップを取ることも大事なんだけど……真白ちゃんはやめておいた方がいいわね」
「えっ、ど、どうして……?」
お母さんにストップをかけられた真白は、そう聞き返す。
「だって、真白ちゃんが逆に興奮しちゃうでしょ?」
「こ、ここここ興奮なんか……しないもん!」
「します。お母さんが断言します。……興奮した拍子に、真白ちゃんって周囲の人にバレたら、デートどころじゃなくなるわよ? アイドルの恋愛事情はなかなかアレだし……」
「……ぅ」
身が悶える程の恥ずかしさに襲われ、どうにか否定する真白だが、お母さんによって一蹴される。
そして、現実世界はVRの世界。仮想世界とは違う。……真白のお母さんの言うような事があれば、『アイドル』の真白がプライベートである男性とデート。なんて大きなスキャンダルとなる。
そのことを考慮して、真白のお母さんは“攻めるスキンシップ”を止めたのだ。最悪の初デートにならないためにも。
「うふふっ。でも、好きならそれもしょうがないのかしら。レオ君もカバーしてくれるだろうし」
「も、黙秘権を使用します……」
「それじゃあお母さん。こっそりと真白ちゃんのあとをつけちゃおうかしら」
「そ、そんなことしたら、わたし怒るからっ!」
「あらっ? そんな真白ちゃんも見てみたいわね。真白ちゃん、反抗期が来なかったし」
「なんで嬉しそうにするのぉ……」
うきうきとさせる真白のお母さんに声を落として真白が肩を落としたその瞬間だった。
『prrrrrr……prrrrrr』
一通の電話が掛かって来た。液晶に映るその相手の名前は『せんぱい』と書かれている。
「真白ちゃん電話が鳴ってるわよ?」
「うん! ……あっ、こっそり電話を聞いても怒るからねっ!」
「先手を打たれちゃったわね……」
「聞いちゃダメだからね、絶対ダメだからっ!」
そんな釘を打つ真白は早く電話に出たいのだろう、笑顔で自室に入っていった。あの言い方では、『聞いて、聞いていいよっ!』なんて捉え方も出来るが、プライベートの真白を追求するお母さんではない。
「真白ちゃん、本当に嬉しそう。……うふふっ、あんな表情を見ると、お母さんも嬉しくなっちゃうわね。……彼、真白ちゃんを彼女にしてくれないのかしら」
耳を傾ける事なく、真白の自室に目を向けながらお母さんはそんな独り言を漏らした……。
そして時は過ぎ……週末に入る。
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