第41話 琥珀先輩とその1

「蓮ー、今日の飯もみんなと食うよな!」

 4時限目の授業が終わり、大志は毎度のこと笑顔を見せながら有難い申し出をしてくる。


「すまん、今日は別のとこで食べる約束をしてるんだ」

「もしかして、真白さんのとこか?」

『バッ!』

 ーー大志がその発言をした瞬間、クラスの男子が殺気を向けて来たのは気のせいだろうか。


「いいや、違う」

「じゃあ彼女が出来たとかか?」

「なんでそんな解釈になるんだよ……。もしかしてわざと言ってるんじゃないよな?」

「ハハハ、すまんすまん」

「ったく。まぁいいけど」


 はぁ、と重たい息を吐きながら蓮が言い終えた矢先だった。


『ガラガラ』

 なんの前触れもなく教室の扉がゆっくりと開き、ひょこっと、ある女子生徒が顔を覗かせてきた。その途端、お祭り騒ぎのようにクラス中が大いに沸く。


「えっ!? 会長ッ!?」

「どうしてここにいるんですかっ!?」

「やっべぇ……。やっべぇ美人……」

「大人だよなぁ、会長……」

「あぁ……会長に罵倒されたい……」

「それは人前で言うんじゃねぇよ…………俺もだ」


 クラスの男子が琥珀先輩の元に集まる中、

「あら、お出迎えありがとうございます。今日はある方に用事がありまして……」

 キョロキョロとクラスを見渡す琥珀先輩はあるところで視線を止めた。


 その視線が合うと、琥珀先輩は意味深に口角を上げてーー

「レン。お迎えに来ました」


『後輩くん』と言う呼び名ではなく、琥珀先輩が『レン』と下の名前で呼んだだけでなく『お迎え』という言葉に、クラスは一瞬でざわめく。

 蓮には分かった。琥珀先輩がわざとこんな言い方をしているのだと……。


「蓮!? お前、お前……ッ!?」

「一体どういう関係なんだ……!?」

「……真白ちゃんといい、会長といい、これもう死刑だな」

「異議……無し」

「俺も……」


 クラスメイトが物騒な話をしているのは冗談だと信じて……蓮は待たせないように昼飯を持って琥珀先輩に近づいた。


「良い子ですね、レン。では行きましょうか」

「『良い子ですね』って、なんか子ども扱いされてませんか? 俺」

「ふふっ、気のせいですよ」

 そんな短い会話をしながら、蓮は琥珀先輩と共に教室を後にした。


 =======


「蓮、あいつは何をしたら会長が迎えに来るほど仲良くなれんだ?」

 大志の何気ない一言に、クラスメイトは一斉に喰い付いた。


「会長は今まで男を誘ったことなかっただろ!?」

「だが、相手は蓮だぞ? こんなこともあり得るだろ。高ステータスだし」

「うぅう……俺は信じねぇぞ……!

「一緒に失恋の涙を流そうぜ……」


 この後、蓮と琥珀先輩の会議が男子の中で開かれたのは言うまでもない。


 =======


 その廊下では琥珀先輩の小さな笑い声が漏れており、綺麗な横顔は満足げであった。


「ふふふっ、大成功です。皆さん驚いてましたね」

「……それが目的で俺のクラスに来たわけですか」


「それだけじゃありませんよ? 案内の意味も込めて、です。レンは転入生ですから学生会長室がどこにあるのか分からない可能性があったので」

 艶やかな黒髪を指に巻きながら小首を傾げる琥珀先輩。その仕草は実に似合っていた。


「……『レン』って言う呼び名はそのままなんですね」

「お気に召しませんでしたか? イ、イヤであればやめますけど」

「すみません、そう言う意味じゃないです……って、本当は分かって言ってるでしょ」

「……さて、一体なんのことでしょうか」


 意味深な笑みを浮かべる琥珀先輩に、蓮は物言いたげな視線を向けながら学生会長室にまで付いていく。


「着きました。ここが学生会長室になります」

 目的地に着き、足を止めた琥珀先輩はスカートのポケットから学生会長室の鍵を取り出した。


「学生会長室って生徒会室のようなものでもあるんですか?」

「ええ、主に生徒会活動に使われます。……しかし、この部屋の鍵は私にしか支給されていないので、そう言った面では私専用にすることも出来ますけどね」


 慣れた手つきで鍵穴に鍵をさして学生会長室の扉を開けた琥珀先輩は『どうぞ』と丁寧な指差しで蓮を中に案内する。


「失礼します」


 学生会長室に踏み込んだ蓮は、軽く辺りを見渡す。

 部屋の中心には長机が置かれ、黒塗りのソファーが横側を占め、いかにも会議室らしい配置になっていた。

 花瓶の中には色鮮やかなな花々も置かれ、埃っぽさもない。掃除もきちんとされているのだろう。


「適当にお座りください。あっ、私の隣が良ければこちらに来て頂いても構いませんよ? 隣に来て頂ければ……いろいろとご奉仕出来ますし?」


 蠱惑的な笑みを見せながら、琥珀先輩は隣のソファーをぽんぽんと優しく叩いている。


「あの、年頃の男を誘惑するのは関心しませんよ。何が起こるか分からないんですから」

「ふふっ、冗談です」

「はぁ……。その言葉、冗談じゃ済ませない奴が居ると思うんで気を付けて下さいね」


 そんな琥珀先輩の冗談には乗らず、注意を促した蓮は正面のソファーに腰掛ける。


「心配なさらず。相手はちゃんと選んでますから」

「それなら良いんですけど。……それで、昨日の約束通りあのことについて教えてくれるんですよね?」

 蓮がこの場に足を運んだ理由は、あのことを聞きたかったからである。


 1つだけ分かるのは、二人っきりでなければこのことを話せないということ。そうでなければ、この場を設けなくても良いのだから。

 

「ええ。もちろんです。……お腹も空いたことですし、ご飯を食べながら進めましょうか」

「分かりました」


 可愛らしい小さなお弁当箱を机上に出した琥珀先輩に続き、蓮も持参した昼飯を取り出して本題に移るのであった。






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