第40話 勉強会とその後
「すまん。少しトイレが長引いてしまった」
「っ、気にしないで大丈夫です……」
(せんぱい、隠さなくて良いのに……。わたしを守ってたこと……。で、でも、それがレオくんに似てるせんぱいなんだもんね……)
あの時の嫉妬心が嬉しさに変わってくる真白。
「……って、おいおい。課題全然進んでないじゃないか。そんなに難しいところに当たったのか?」
「あっ、これは……」
「もしかして、『せんぱいに教えてもらえれば早く終わるー』なんて思ってないだろうな?』
怪訝な表情を浮かべている蓮に、真白はあわあわと弁解する。
「そっか。なら最初は自分で進めること。どうしても分からない時は俺が教えるから……なんて頼り甲斐のあること言ってるが、力になれるかはその問題次第なんだけど」
「ん……。あ、
真白はここで初めて砕けた口調で『ありがとう』と言った。そう、勉強を教えてもらうだけのお礼ではない。
翔先輩から、自分を助けてくれたお礼も含めての『ありがとう』なのだ。
「礼なんて言わなくて良いぞ。俺が好きでしてる事なんだし。……さて、俺も少し課題を進めるか……」
蓮はカバンの中から数学の課題を取り出し、シャープペンシルを握る。
「ああ、課題を進めてるからって言っても、遠慮なく声をかけて良いからな?」
「うんっ。ありがとう……」
「おいおい、礼なんか言わなくていいって。それじゃ何かあれば言ってくれ」
蓮は苦笑いを浮かべながら、そんな言葉を残して課題に取り組んだ。
ーー真白はその時、蓮の切り替えの速さに気が気付く。
「……」
蓮がシャープペンシルを動かして課題を進めている最中、真白はその横顔をじっと眺めていた。ーー正確に言えば見つめてしまっていた。
そんな状態で真白が取り組んでいる課題が終わるはずがない。
その一方で、蓮は歯痒い感覚に襲われていた……。
(……真白に見られているよ……な?)
シャープペンシルを動かしながら、真白を尻目に見る。
(……やっぱり見られてる。いや、なんで……)
もしかしたら、今解いている問題の計算が間違っているのかもしれない……。そう思った蓮は、直ぐに確認を入れてみるもーー間違ってなどいなかった。
(じゃあなんで俺を見てるんだ……? って、俺の顔を見てるし……。も、もしかして、顔に何か付いているのか?)
自然な動作で確認を入れるが、食べカスが付いている様子もない。
……しかし、触っていないどこかに付いているかもしれない。そんな不安に駆られた蓮は、真白に声をかけることにする。
「真白?」
「……っ、はいっ!?」
「俺の顔になにか付いてるか?」
「なにも付いてないです……!」
「なら良いんだが……」
確認が終わり、再び課題に向かい合う蓮だったが……、
『じぃー』
アイドルに見つめられた状態で課題に集中出来るはずもなく……取り敢えず蓮は真白と同じ真似をしてみる。
『じー』
「……っ!」
その途端に、真白はハッとさせて課題に視線を向けた。
(え? 一体……なんなんだ……?)
そんな疑念を抱きながら再び課題に取り組もうとする蓮だったが、今度の真白は応用を効かせてきた。
『チラッ……チラッ』
その応用二段視線攻撃に気付かない蓮ではない。
真白の『チラッ』というタイミングで蓮は視線を合わせる。
「……ぅっ!?」
視線があった瞬間、真白はまた課題に目を向けた。その
「真白。そんなに遠慮しなくて良いって言ってるだろ? ほら、どこが分からないんだ?」
「えっ、あ、あのっ……」
蓮の鈍感さに毒気を抜かれ真白は、頓狂な声を漏らした。
「ははは、落ち着けって。どんな問題を聞いても怒ったりしないんだから」
「……こ、ここの問題です……」
「えっと、どれどれ……。って、さっきから一問も進んでないじゃないか」
「…………せんぱいのせいなんですっ」
「なんで俺のせいになるんだよ。……じゃあ、ほら。まずはこの問題だが……、問題文に関連される単語を本文から探してみる。そこから、本文に二、三回同じ単語が出てきてないかを確認してくれ」
蓮は真白が解いている問題を見るために身体を近付ける。そうすることで自然に身体が近付いてしまう。
「……ほぁ」
「えっと、探したら……あった。『類似』って単語が文中に三回出てきてるだろ?」
「……」
蓮が問題を教えている最中、真白の視線は問題文ではなく蓮に向いていた。
「まーしーろ。集中する」
「す、すみませんっ……!」
「ほら、その重複した単語を見つけたらそれを含む一文を1つずつ確認してーー」
そうして、夕方まで蓮と真白は図書室で課題を進めたのであった。
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「ご、ごめんなさい。せんぱい……。せんぱいが課題をする時間を奪っちゃって……」
二人で学園の帰路を辿っている矢先、真白は肩をすくめて謝ってきた。
あの後、真白に付きっきりで現代文を教えていた関係で、蓮は自分の課題を進められなかったのだ。
「いやいや、俺の方こそごめんな。教え方が下手なところがあったろ?」
「そんなことないですっ! とても分かりやすかったですからっ!」
教える立場の人間になれば上手く伝わっているか伝わってないか、感じる事が出来る。その問題を解けたのは、真白の理解力があってのことだろう。
「……優しいな、真白は」
「せ、せんぱいの方が優しいです……」
「そんなことないぞ? 俺は普通のことしてただけだし」
「そんなこと、あります……。わたしが保証します……」
「……そ、そか」
その言葉がお世辞だと分かっていても、嬉しさと面映ゆい気持ちに包まれる蓮。
「も、もしかしてせんぱい。照れてますか……?」
「て、照れてるわけないだろ」
蓮は明後日の方向に顔を逸らした。
「少し顔が赤いです。わたしには分かるんですから」
「夕日のせいだ。夕日の」
「ここに可憐がいたら、いっぱいからかわれてたと思います」
前のめりになりながら小さく微笑む真白に、蓮は速攻の反撃する。
「ああ。
後輩にやられてばかりの蓮ではないのだ。
「えっ……?」
「真白も普通に赤いぞ。真白の場合、肌が白いから丸わかりだ」
「そ、そんなことないです。きっと……夕日のせいです……。夕日のせいです……」
2度同じ言葉を繰り返す真白に、蓮はジト目で追い討ちをかける。
「へぇ、かなり嘘っぽいんだが?」
「ほんとうですから……っ」
その言葉に真白は尻込みしながら口を開く。
『じー』
「ほ、本当です……」
蓮はこの時、無意識にVRで『モカ』にする行動を取っていた。
『じー』
「う……ほんと……なんです……」
『じー』
「そ、そのっ……あの……」
『じー』
「うぅ……。す、少しだけ、夕日のせいです……」
無意識だからだろう。この『モカ』限定の攻撃が効いたことは、“この時”気にする余地もなかった。
「そっか、
「はっ!? せ、せんぱいっ! 一人だけそれはずるいですっ!」
「抜け駆けしてたつもりはないぞー。ただ、俺は真白を見てただけだし」
「セ、セクハラです……。せんぱいが視姦してきました……」
「視姦って、案外そんな言葉知ってんだな……?」
視姦。この言葉を真白が使ったのは正直意外だった。それだけでなく、あの話の流れから『視姦』との発想が出てくるのだから、そう思うのも仕方がないだろう。
「し、しし知らないですっ! せんぱいの空耳ですっ!」
「まぁ、これ以上聞くと俺がレッドゾーンに入りそうだからやめとくが……真白がねぇ……」
顔から火が出そうなほどに赤く染まる真白に、蓮は相槌を打っていた。
「ち、違いますからっ! 本当に違うんですっ!」
「じゃあ今度、可憐に聞いてみるか……」
可憐が真白をからかう理由は、今蓮が感じている『面白さ』があるからだろう。
「なっ!? も、もし、せんぱいがそのことを可憐に聞いたら、わたしがせんぱいに、え、えっちされた事、みんなに言いますから……っ!」
潤んだ瞳の中に込められた真白の意志が蓮に伝わる。ーー真白は本気だと。
「おいおい。そこは卑怯だろ」
「強引にされたことまで言っちゃうんですからっ!」
「それ犯罪になるからな!?」
そんな危なげな会話がありながらも、二人は楽しい帰り道を過ごすのだった。
学園の正門を二人で抜けたところを、あの先輩に見られていた事など知らずに……。
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