第31話 強引さを持ってデートその3

モカの顔色は今までに見たこともないくらいに上気しており、本気で言っていることは間違いなかった。


 モカがこうしたアピールをしてくる理由には心当たりがあった。

『あなたはなにもリード出来ていない』と、NPCが言ったあの言葉。

 第三者のNPCがそんなことに気付くのだから、モカは確実に思っていることなのだろう。


 NPCに絡まれる可能性は低いと言われても、絡まれることに恐れているモカがこんな要求をしてくるのは仕方がないのだ。

 他のプレイヤーに仲良く見せることで、絡まれる可能性がゼロになるのだから。


 この要求はリード出来ていない自分が招いた結果だと、レオは結論付けーーだからこそ、脳裏に浮かんでいる煩悩を振り払わなければならなかった。


『……いいぞ。ほら』

 冷静を偽ったレオは、指と指の間を小さく開けているモカにーーレオはゆっくりと指を絡める。

 そして、リードするように今度はレオから力を込めた。

『……っ!?』

 その瞬間、モカは電気が流れたようにビクッと身体を硬直させた。レオから力を込めて握ってくるのは、モカにとって完璧な不意打ちだったのだ。


『どうしたんだ?』

 モカは知る由もないだろう。レオが息も出来ないほどに緊張していることに。


『な、なななんでもありましぇん!』

『……噛んだな』

『だ、だって! レオくんが……レオくんが……っ!』


 上手く言葉に出来ないのだろう、モカは繋がれた手をブンブンと振り回し、悶々とした気持ちを爆発させている。だが、レオにはそれが助かった。


 これ以上モカを意識してしまっては、リードどころではなくなるのだ。

 NPCにまで説教をされたレオは、リードすることを第一に考えているのだから。


『こ、心の整理……させてくださいよ……っ。も、もう……。レオくんはずるいです……』

『ずるいってなんだよ』


『わ、わたしには分かってるんですから……。他の女性にもこうしてることに……。ほんとは……わ、わたしだけにして欲しいのに……』

 独占欲の働いたモカの呟きは、レオには聞こえていなかった。


『何度もデートしてる。なんて言ってたNPCの言葉を信じてるのか?』

『そ、そうですよぅ……』

 モカは先週、レオがデートをしていたことを知っているのだ。その相手がレオの妹とはいえNPCの言っていたことに嘘はなかったのだ。


『あのなぁ、NPCが何度も、、、って言葉の意味は、複数人の女性とって意味じゃなくて、一人の女とたくさん買い物してるって意味だからな? ……もう口を滑らせたから言うが、その一人の女ってのは俺の妹なわけだし』

『えっ……』


『そこで意外そうな表情をする意味が分からないんだが……。逆に悲しくなるからやめてくれ』

『え……。ほ、本当……なんですか? 妹さんだけなんですか?』

『ああ』

 レオの表情の変化を感じ取ったのか、モカは確認を取るかのように聞いてくる。


『じゃ、じゃあ……レオくんと買い物をするのが、わたしが初めてなんです……か?』

『妹を抜きにしたら、モカが初めてだな』

『……』

『おい、そこで無言になられると俺が恥ずかしいんだが』


 このことを公言すれば、間接的にそんな経験がないこと示すことに等しいのだ。


『レ、レオくん……。わ、わたしも初めて……です……よ』

『え……』

 予想外の答えに唖然となるのはまさにこのことだった。

 レオは一度もこの手の話題に触れることがなく、初めて聞くモカの話に自然と思考が止まる。


『な、なななんでそこで意外そうな顔をするんですか……。は、恥ずかしいじゃないですか……』

『す、すまん。……と、とりあえず他を見て回ろうか』

『う、うん……』


 モカもこれ以上は聞かれたくない話題なのか、素直に頷いた。


 しかし、今までの空気が一蹴されるわけではない。面映ゆい気持ちが両者を包み、自然と絡ませた手に力が入る。


 そうして買い物を続けてる最中、モカは複数の女性プレイヤーの声を耳に入れてしまう。


『うっわぁ……アツアツじゃんあの二人……』

『私もレオ君にしたいなぁ、あんなこと』

『レオさん、押せばいけるタイプなんじゃないかな?』

『……今度やってみる? なんて、アハハ』


 その瞬間、レオが別の女性にアタックをかけられるかもしれない! という危険信号がモカに発さーーそこから先の行動は迅速だった。


『レ、レオくん……ごめんなさい……』

『……ッ!?』

 モカは手を繋いた手を自分の方に引き寄せ、腕を絡ませくる。更には、ゆっくりと身体を寄せてきたのだ。


『あちゃ……』

『うん、漬け込む隙がないってことだね……』

『その相手はモカさんだもんねぇ……』

『今日は逆ナン、逆ナン行きましょー!』

 その行動あってか、女性プレイヤーの集団はそそくさと去って行った。


『お、おい……!?』

 だがレオからすればモカの行動は唐突だった。思わず声を上ずらせ、身体が石のように固まる。ーーそれは、レオの脳裏にあることが再生されたからでもあった。


 真白がお昼の番組の質問で答えていた好きな人、、、、が出来たらどうやってアピールするか。その質問に『手を繋いで身体を寄せる』と、真白が言っていた通りの行動であることに……。


『こ……こうさせちゃうのも……レオくんが悪いんです。レオくんが人気になっちゃうから……』

『なっ、何だよそれ……』

 互いに目を合わせる事なく、ぎこちない会話を交わす。


『も、もう……こうなったら……、離しませんから……』

 モカはモカで、どうすれば異性として意識してもらえるのか必死だったのだ。


 ーーモカも異性と買い物をすること自体が初めてなのだから。

 ーーレオは初恋の相手なのだから。

 ーー誰にも、誰にも取られたくないのだから……。


『わたし、このままが……いいんです……』

『……!』

 レオの沈黙にモカは腕を強く絡めて必死にアピールする。そう、ここで引くわけにいかないのだ。手を繋ぐぐらいのアピールでは、他の女性に狙われることにモカは気が付いたのだから。


 そこに意識を刈り取られたからこそ、モカは他の部分が疎かになってしまった。ーー自分の胸をレオの腕に押し付けていることに。


『わ、分かったから……』

『……う、うん……』

(やった……っ!)と心の中でモカは呟いた。

 女性プレイヤーを牽制し、レオにしてみたかったことが出来る。更にはアタックも出来る。一石二鳥どころか、一石三鳥なのだ。


 そんな喜びに浸る中、レオはいきなり声を上げる。

『……あ、あれモカに似合いそうだな』

『ど、どどどれですか……?』


 レオは腕にある、モカの柔らかな胸の感触を意識しないようにある商品に指をさす。『当たってるぞ』なんて注意出来るレオではない。

 出来ること言えば、その柔らかな感触を必死に取り払う努力をするぐらいだった。


『ほら、あれ』 

 レオはモカの歩調を気遣って、その商品に歩み寄る。


 そうして商品の試着や品定めをしているうちにーー二時間、三時間とあっという間に過ぎていった。


 一通りの買い物を済ませた二人は、レオの提案で制限ルームに移動する。そう、レオにはやらなければならないことがあった。


 ーーモカのプレゼントに買ったリボンチョーカーを渡すことに。



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