第30話 強引さを持ってデートその2

『なあ、モカ。商品を選ぶときぐらい手を離したらどうだ? いろいろと不便だろ』


 レオは他プレイヤーの羨望や嫉妬の視線にやられていた。なんと言ってもその相手はVRのアイドルであるモカなのだ。その視線は避けられないものである。


『わたしはこのままがいいです……。レ、レオくんも、今のままでいいって言ってくれました……。だ、だから……離しません……』

 その言葉は紛れもない本物で、緩んでいた手にギュッと力を込めてくる。


 友達としてずっとモカを見てきたレオだが、こんな攻撃を掛けられた一人の女として意識してしまうのは当たり前だった。


『モカ』

『は、はい……』

『誰彼構わずこんなことをするなよ? そのスキンシップで相手を勘違いさせる可能性があるんだから』

 ーー意識してしまっている自分のように。……なんて口にはせず、間接的に注意をする。


『…………だ、大丈夫です。こんなことするの、レオくんだけ、ですから……』

『え?』

『だ、だから……レオくんにしか、しないです……』

『…………』


 その意味は一体どういうことなのか、レオの思考では追いつかない。

 ただ、その中で『嬉しい』や『安心』した気持ちが芽生えたのは気のせいでは無い……。無言を貫くレオに、モカは首まで真っ赤にしながら顔を背ける。


 これはモカにとって、かなり勇気の要る告白でもあったのだ。


『レ、レオくん。なにか喋ってくださいよぅ……。わたしが恥ずかしいじゃないですか……』

『あっ、ああ。すまん』

 モカに促され、どうにか話題を探そうとするが何も思い浮かぶはずなどない。


『な、何だろうな。俺もいろいろと喋りたいんだが……何故か言葉が出ない』

『わ、わたしも……です……』

 そうして、レオとモカに2度目の無言が襲ってきた。その間を補うように繋がれた手にお互いの力が入る。ーーその数秒後だった。


『おや、そこに居るのは白服のレオですか』

『……ッ!?』

 背後からいきなり声をかけられ、ビクつきながらレオは振り返る。


『珍しいですね。あなたがそこまで驚くなんて』

『ふ、不意に声をかけられたからだ』

『不意に……、なるほどなるほど』

 声をかけて来たその者は、繋がれた手を見て納得したように頷き何やら意味深な笑みを浮かべていた。


『プレイヤーのくせにデートだなんて、良い度胸ですね。そんなにアタシに見せつけたいんですか』

『お前はNPC、、、のくせに生意気なんだよ』

 そう、声をかけて来たのは正真正銘のNPCプレイヤーである。


『レ、レオくん……。この方って……』

 モカも相手がNPCだと気付いているのだろう、確認をしてくる。


『NPCなんだが、俺を見るとからかってくるんだよ……。一体、どんなプログラミングをされてるんだか……』

『そんなことは気にしないで下さい。他のNPCも必要以上に喋らないだけで、実際にはアタシのようにたくさん喋りますし』


『……それで、今日は俺に何の用だ?』

『特に用事はありません』


『は?』

『ただ、羨ましいなあと思いまして。アタシもあなたを狙う一人の女、、、、ですから』

『……っ!』

 

 いきなりのライバル宣言にモカは息を呑んだ。伏兵が目の前に居たのだ。それもNPCという規格外の相手が……。


『隣に居るのはモカさんですか。これはなかなか厄介な相手ですね』

『うぅ』

 NPCとモカは睨み合い、両者一歩も譲るまいとしている。


『モカ、こいつのことは本気にしなくていいぞ。これは毎回のことなんだし』

『ま、毎回……っ!? レ、レオくんはたくさんデートしてるってことですか……!?』

『間違いないですよ。先日デートしていましたし』


 このNPCが言うデートとは、妹のカエデと買い物をしていた時のことだろう。しかし、あれはデートなどではない。単に買い物をしていただけである。


『あれはデートとは言わないだろ』

『デートというのは、男女が日時を決めて会うことです。実際に約束をしてあったのでしょう? 立派なデートではないですか』


『相手は実の妹、、、なんだぞ? 普通の買い物ってのが適切だろ』

『えっ……レオくん。あれは妹さんだったんですか……!?』

『あ……』


 レオは空虚な声音を漏らし、険しげな表情を隠すように眉間を抑えた。

 秘密にしていたこと、特にカエデには名前まで変えて呼ばせていた。そのカエデの努力を無駄にしてしまう失敗でもあった。


 だが、一度言葉に出したものは戻せない。焦りからか、下手な言い訳も思いつかなく……モカがあの光景を目撃したような口振りをしていたことにも気付かなかった。


『モカさん、アタシと取引をしませんか?』

『と、取引……ですか?』

 そうして、主導権はNPCに移った。


『今、アタシはモカさんの力になった、、、、、はずです。そして、アタシはこれからもあなたに協力出来ます』

『……』

 モカは今の言葉で全てを悟った。


 ーーNPCは自分の気持ちに気付いていることに。

 ーーあの時、レオを付けていたことがバレていることに。

 ーーレオを狙っているというのは口実で、『実の妹』という言葉を滑らせるための罠だったことに。


『ですから、モカさんもアタシの力になってください。その条件は、現在から白服のレオを10分間貸してくれるだけで構いません』

『……おい、いつから俺はお前達の取引品になってんだよ』

『……10分はヤです』

 レオの言葉を無視して、話は進行していく。


『そうですか。では、9分でどうでしょう』

『9分もヤです……』


『では、8分で』

『ぅ、8分もヤです…………』


『分かりました。それでは7分にしましょう。これ以上下げることは出来ません』

『は、はい……』

 レオを一時的に売ることはモカ自身忍びなかった。

 しかし、この先いろいろな情報を教えてくれる。協力者がもう一人増えることは、モカが一番望むことでもあったのだ。


『では、白服のレオ。こちらに来てください。あなたが来てくれなければ今までの時間が無駄です』

『はぁ……』


『この案を否定しても構いません。が、白服のレオもモカさんの力になりたいのなら受けた方が良いと思いますが』

『そ、そうなのか……?』

『う、うん……』

 モカは遠慮がちに頷きながら同意を示す。


『……分かったよ。それじゃあ7分だけだからな? 俺が席を外せばモカが絡まれるかもしれないんだし』

 レオが今日来ている理由は、モカのボディーガード役だ。その役を疎かにするわけにはいかなかった。


『モカさんが絡まれる可能性、切り上げ1%です。安心して下さい』

『それは流石に嘘だろ?』


『本当ですよ。現在あなた達がデートをしているということはプレイヤーの皆に伝わっているでしょう。そして、白服のレオに喧嘩を売るような真似はしません。逆にそんな情報が分かっててもなお声を掛けてくるプレイヤーは天界に召されて良いでしょう』

『言い方が丁寧だな』


『仮にそんなプレイヤーが居たら、アタシが通報します。その機能もNPCには搭載されてますし、NPCアタシがそのプレイヤーを通報すれば、一撃でアカウント消去ですから』

『……』

 脅し文句でもない歴然とした態度に、NPCからの通報がどのプレイヤーよりも強力なものであることを知る。


『では、付いて来て下さい』

『分かった……。モカ、少し行ってくるな』

『う、うん』


 そうして、レオはNPCのあとをついて行った。


 ========


 NPCはしばらく進んだ後に足を止めた。

 周囲にプレイヤーは見られない。意図的にこの場を選んだんだろう。


『それで、俺をこんなことに連れてきてどうしたいんだ?』

『白服のレオ』

『ん?』


『あなたはもっとモカさんのことについて考えるべきだと思います。今のあなたは阿呆です。モカさんを何もリード出来ていません』

 NPCは腰に両手を当てて説教を始めたのだ。NPCに説教をされるプレイヤーはレオが初のことだろう。


『し、仕方がないだろ。緊張するんだから。それに、俺はモカのボディーガード的な意味合いで来てるんだよ。リードする以前に周りが気になってしょうがない』


『さっきも言いましたけど、モカさんが絡まれる可能性は切り上げ1%です。小数点が付くほど可能性は低いんです。ですから、周りの目など気にしないで楽しんだからどうなんですか? モカさんが可哀想ですよ』


『そ、それは分かってるんだが、リードの仕方が分からないんだよ。情けないことにな』

『なるほど、そんなことですか。では、妹さんにするような接し方を意識してみてはどうでしょうか』

 なんて提案したNPCは人差し指を上にして首を傾げた。そして、頭上にハテナマークを浮かび上がらせる。


 こんなことが出来るのはNPCだけだろう。


『そ、そんなんで良いのか?』

『ええ。ですが、そこから接し方を変えなければなりません。ずっと妹さんのように接するのは失礼に当たりますから』


『分かった……。アドバイスありがとうな』

『では、前置きはこのくらいで……コホン』

 小さく咳払いをしたNPCは、本題に移った。


『モカさんのプレゼントをここで買って行って下さい。買い物とは言えど、デートでもあるとも予想します。プレゼントをするのは常識です。そして、この店の売り上げに貢献を』

『……最初からそれが目的だったわけかよ。ちゃっかりしてるんだな』


『NPCですので』

 自慢げに言うNPCは、洗礼された敬礼を見せた。


『オススメはなんだ?』

『こちらのリボンチョーカーです』

 そうしてNPCは丁寧な指差しでガラスケースに入っているリボンチョーカーを指した。


『……なるほど。それを買わせること前提だったわけね』

『ここからはあなたが選んで下さい。それがプレゼントというものです。あ、時間は残り2分なので。優柔不断なやめてください』


『……お、おう……』

 そうして、レオは時間内に黒と白のラインで作られたリボンチョーカーを購入し、プレゼント用に包んでもらう。


『売り上げ貢献ありがとうございます。では』

『ん? 今日は見送りしてこないのか?』


『白服のレオ、あなたは本当に阿呆ですね。アタシが付いて行ったらモカさんの嫉妬を買うのはあなたなのですよ』

『どう言う意味だ?』


『なんでもありません。あなたはそんなタイプだと思ってましたし。……はぁ』

 そして、モカやカレンが見せるような呆れ顔でため息を吐かれる。


『なんだよそんなタイプって』

『それより、アタシと駄弁っていて良いのですか? モカさん待っていると思いますけど。既に約束ノ時間は過ぎてますよ』


『約束ノ時間とか格好良く言うなよ。……それじゃ、本当にありがとうな』

『いえいえ。ではお楽しみの夜を』

『……あ、ああ?』

 そうしてレオはNPCと別れ、走って元の場所に戻った。



『お、遅いですよ……。一体どこに言ってたんですかぁ……』

 レオが元の場所に戻ると、モカはレオに駆け寄り、いきなり手を繋いできた。……それもかなり強く。そして、どこか拗ねたように。


『……っ。す、少しアドバイスをもらってたんだよ』

『約束の時間も過ぎてるじゃないですか……。わたし、あのNPCにレオくんを取られたと思ったんです……からっ!』


『本当にすまん。……じゃあそのお詫びに、なんかして欲しいこと言ってくれ』

 NPCに貰ったアドバイス、まずは妹にするように接する方法を使ってみるレオ。だが、女としてモカを見てしまっているレオなのだ。これが失敗であることに気付くのはーー。


『あ、あります……。いっぱい、あります……!』

『な、なんだ?』

『こ、恋人繋ぎをしてください……っ! や、約束の時間を過ぎたんですから、グ、グレードアップです……』

 もじもじと顔を赤面させて、モカにこんなお願いをされた時であった。






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