第32話 強引さを持ってデート sideモカ

 レオくんとわたしは、制限ルームに移動してソファーに腰を下ろしています。もちろん、わたしはレオくんの隣にいます……。


『今日は楽しかったな』

『う、うん。楽しかったです……』

 そう、今日は本当に楽しかった……。レオくんにいっぱい甘えてたくさんのわがままを聞いて貰って、レオくんが好きなものも聞く事が出来ました。


 ーーただ、残念な事が一つだけあります。


 このデートがもうすぐ終わってしまう事です…………。


 どうして、こんなにも楽しい時間はすぐに過ぎてしまうのでしょうか……。こんな時間がずっと続けば良いのに……。


『なんか元気がないな。歩き疲れたか?』

『い、いえっ……。そんなことはないですっ』


 流石はレオくんです。わたしの表情からそんな事を言い当てるなんて……。

 正直、わたしに元気はありません。……だって、こんなに楽しい時間が終わるんですから……。大事なことは二回言います……。


『……あのさ。もし良かったら今度は俺の買い物に付き合ってくれないか?』

『っ……!?』

 レオくんはいきなりそんな提案をしてきました。


『も、もしかして嫌か?』

『そんな事ないですっ! ぜ、是非行かせてくださいっ!』

『そっか。……ありがとな』

『う、ううん……。それはわたしのセリフです……』


 わたしの心の中は嬉しさが半分、罪悪感が半分残りました。


 レオくんがまた買い物に誘ってくれた理由は、わたしが元気がないことに気付いたからでしょう……。

 レオくんはお母さんの言うように気遣いのプロなんです……。だからこそ、わたしが元気がないことにも気が付いていた。


『ん、一つだけ言わせてもらうが、この誘いは俺が楽しかったからでモカに気を遣ったわけじゃないからな?』

『えっ。ど、どう言う意味ですか……?』


『……モカのためを思って誘ったとか思われたくないんだ。……俺がまた行きたいから誘ったんだよ。も、もう、これ以上は言わないからな。ったく、恥ずかしいことを言わせやがって……』

『レオくん……』


 どうして、どうしてレオくんはわたしの言ってほしい言葉をすぐに言ってくれるんでしょうか……。それなのに、わたしはすぐに自分の事ばかり考えて……。


 この瞬間、わたしはレオくんに釣り合わないことを悟りました。……だ、だからこそーー

『……ギュッ』

 わたしがレオくんの腕を組んで、レオくんにもたれ掛かりました……。


 わたしがレオくんに釣り合わないことが分かってても、わたしは諦めたくないんです……。こうでもしないと、わたしは不安なんです……。

 レオくんの温もりがわたしを安心させてくれるんです……。


『……ど、どうしたんだ?』

『いいえ……。なんでもないです……』

『な、なんでもなくはないと思うんだが……』

 そんなことを言いつつもレオくんはなんの抵抗も見せずに、わたしを支えてくれています。


 わたしがずっと望んでいたデート。そんな今日はもう終わってしまう……。その前に最後のアピールをしたかった……。悔いのないアピールを。そして、わたし自身が安心したかったのです……。


『レオくん……』

『ん?』

『わ、わたし。レオくんと現実世界で会いたいです………』

 気付けばわたしは、そんな言葉が口から出ていました。


『なに言ってんだよ。この世界の俺と、リアルの俺は全く別物なんだぞ? 幻滅さ

 れるのがオチだ』

『そんなこと、ないです……』


 わたしは知ってます。レオくんの妹さんがレオくんにとても懐いていたことに。

 それは、現実世界でもしっかりと気遣いが出来ている証拠なんです……。優しいレオくんが現実世界にもいる証拠なんです。


『……ま、まぁ。一度は会ってみたいとは俺も思ってる』

『ほ、ほんとですか……っ?』

『だけど、それはまだ早い』

 レオくんはバッサリと切り捨てました。でも、その言葉の続きになにを言われるのかは、だいたいは察することが出来ました……。


『モカが俺を信頼してくれてるのは素直に嬉しい。だが、この世界で人気のあるモカの住所、リアルの容姿。そんな情報を現金で買うプレイヤーがいるかもしれない。……詰まる所、俺が金目に吊られてバラす可能性はゼロじゃないんだ。……情けない話なんだがな』

『やっぱり……。レオくんならそう言うと思ってました……』


 いつもわたしのことを心配してくれるレオくん。実害に合わないようにしっかりと忠告してくれる。

 わたしが本当のアイドルなんて知るはずもないのに、普通の女の子として守らなければいけないモノを教えてくれる。


 レオくん以外の男の子だったら……この質問に一体どんな答えが返ってくるんだろうと、密かに考えてしまいます。

 ーーでも、その答えは知っています。……それに近い体験をわたしはもうしているのですから……。


『もしかして試したのか?』

『いいえ……。わ、わたしは本当に、レオくんと会いたいと思ってます……』


『……な、ならいいんだ』

『う、うん……』

 レオくんの歯切れが悪くなりました。わたしの言葉が冗談に近いものだと思われたのでしょう……。


『あ、そうだ。このタイミングであれなんだが、モカに一つだけ俺のワガママを聞いて欲しい』

『な、なんですか……?』


 ーーその時。レオくんの雰囲気が変わりました。

 まるで、なにかを決めたかのような真剣な表情に、わたしは息を呑んで発される言葉を待ちます。


『モカにこれを受け取ってほしいんだ』

『えっ……?』

 わたしが疑問符を浮かべている間に、レオくんはアイテムボックスからプレゼント用に包まれた箱を出現させました。


『こ、これは……』

『俺がNPCに連れて行かれた時があっただろ? その時に買ったんだ』

 そうして、レオくんは手に持ったプレゼントをわたしに差し出してきました。


『えっ……えっ……!?』

 レオくんがわたしにプレゼント……!? し、思考が全然追い付きません……。


『なんか意外そうな反応だな。俺だってちゃんとする時はするんだぞ? ま、まぁ……プレゼントを促したのはあのNPCなんだが、商品はちゃんと自分で選んだし』

『……あ、ありがとう……です!』


『受け取ってくれるか?』

『う、うん……っ! い、今……開けても……いい?』

 レオくんからプレゼント箱をもらったわたしは、我慢が出来ずにそんなことを聞いてしまいます。


『ん、別に構わないが……』

『じ、じゃあ、開けますね……』

 わたしはレオくんの腕を離して、鼓動を落ち着かせながらプレゼントの封を破って箱を開けました……。


 そ、そこには、白と黒で色付けられたリボンチョーカーが入っていました……。


『いつもありがとうな、モカ』

 そんなお礼を言うレオくんは、ソファーから立ち上がりわたしに背を向けました。


 わたしにはレオくんが照れていることが分かります……。だけど、レオくんをからかう余裕がわたしにはありませんでした……。


『……う、嬉しいです……。レオくん……っ!』

 わたしは嬉し涙をどうにかこらえます……。ここで泣いたらレオくんはプレゼントが気に入らなかったなんて思ってしまうはずなんです……。


『そ、それは良かった』

『……で、でも、これは卑怯ですよ……』

『へ?』

『なんで、なんでなんでレオくんはわたしと差を付けたがるんですか……。わたし、何にもお返しが出来ないじゃないですか……』


『差ってなんだよ。……それに、お返しなんていらない。俺はモカが喜んで貰えればって思って買ったんだしな』

『……っ!』

 な、なんでそうやって、いつもいつもレオくんは……。さりげなくそんなことを言う……! あ、あれは絶対に狙ってやってます。そうです、あ、あれは確信犯です……間違いないです……。


(で、でも……う、嬉しい……。本当に嬉しいよ……)


『イ、イジワルなレオくんに……わたしもお願いをします……』

『な、なんだよ?』


『わ、わたしに、コレを付けてください……』

 箱の中からリボンチョーカーを取り出し、わたしはレオくんにお願いをします……。


『あのなぁ。……俺がモカに背を向けてる時点で察してほしいんだが』

『…………だ、だって、今日はわたしのレオくんです……。レオくんは今のままで良いって言いました……。だから甘えます……』

『う。そうだったな……』


 わたしはずるいと思います。レオくんが避けたいことを無理やりさせているんですから……。で、でも、好きな人にしてもらいたいから……わたしも引くことが出来ないんです……。


『分かったよ……。そこから動くんじゃないぞ』

『う、うん……』

 レオくんはわたしに振り向き、手からリボンチョーカーを受け取った後に、体勢を合わせるために小さくしゃがみました。


『……〜〜っっ!』

 レオくんの顔が物凄く近くに……そして、レオくんの指がわたしの首に軽く触れます……。

 それだけで、わたしの顔が、身体がとても熱くなります……。

 こうなってしまうのも、レオくんが悪いんです。全部レオくんのせいなんです……。


『で、出来た……。うん、良く似合ってるよ』

『あ、ありがと……です……』

 目を合わせてお礼が言いたいのに、わたしはレオくんの顔を直視出来ませんでした……。


『顔が赤いが……大丈夫か?』

『レオくんがわたしにこんなことするからです……。そ、それに……』

 わたしは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ、レオくんの頰に視線を向けてーー

『レオくんも赤いです……』

 本当は冗談でそんなことを言うつもりでした……。。でも、レオくんの頰は本当に赤く変化していたのです。


『ッ!? お、俺が赤いわけないだろ』

『あ、赤いです……。スイカみたいに赤いです……』

『モ、モカの方が赤いだろ。トマトみたいに赤くなってるし』

『わ、わたしは……そんなに赤くないですよ……っ!』

 ここからは、お互いに照れを隠すための意地の張り合いでした。


 そうして、こんな楽しい時間は本当にあっという間に過ぎ、レオくんは先にゲームを辞めました……。


 この場に残ったのはわたしだけ。静かな空間に包まれた時でした……。


『……うっ、うぅ……っ』

 ずっと耐えていたモノが一気に溢れ出したんです……。その熱い涙は拭いても拭いても止まりません……。


『もう、ダメだよぅ……。胸が……苦しい……』

 片手はレオくんから結ばれたリボンチョーカーに触れて、わたしは静かに自分の気持ちを落ち着けます……。


 でも、その行動とは裏腹にさっきまでの楽しい時間がどんどん、どんどんと蘇って来るんです……。


『ぅ……。レオくんに逢いたい……。逢いたいよ……』

 ーーレオくんへの気持ち、大好きな気持ちがこんなにも抑えきれなかったのは今日が初めてでした……。






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