第22話 妹のカエデとVRデートその2
『い、いたっ。レオくんだ……』
全身黒色のフード付きコートに身を包むモカとカレンは、ショッピングルームを散策し、数分足らずでアクセサリーに目を通すレオと、その女の子を発見する。
『雰囲気は普通にいい感じだね』
『い、一緒にいる女の子、とっても可愛い……』
『なに関心してるのよモカ。レオっちとデートをしている時点で、あの子はライバルなんだよ?』
『ぅ……あれは強敵だよ……』
『それは同意。あんな女の子とデートするなんて、流石はレオっちだねぇ……。まぁ、取り敢えずは様子見をしよ。今の段階じゃなんとも言えないし』
『うん……』
こそこそ、と物陰に移動するモカとカレンは片時も離さずレオと女の子をじっと観察する。
ーー数分、数十分と時間は経ち、二人の関係性が少しづつ浮き彫りになってくる。
『と、とっても楽しそうだね……。わたし達と接してる時と距離が違うのかな、レオくんいつもより雰囲気も表情も柔らかい……』
『もしかしたらじゃなくて、うち達よりも絶対に仲が良いよねぇ……? なんかこう、普通に距離が近いっていうか、通じ合ってるっていうか……。なんか悔しいなぁ、これ……』
『や、やっぱりレオくんの彼女さんなのかな……』
『多分だけど、あの感じはリアルの知り合いなんじゃない……? レオっちの幼馴染みたいな』
『レオくんの幼馴染…………あっ、レオくんたち奥の方に行っちゃう……』
『こっちの物陰から移動するよ』
『う、うん……』
モカの不安そうな表情を尻目に見ながらカレンは指示を出し、レオ達のあとを再び付けるのであった。
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『お、おぉ……、このネックレス可愛い……。ほらっ!』
カエデは赤色のハート型のネックレスを手に取り、微笑みながらレオに見せる。
『カエデにはなんでも似合うだろうが、それは少し派手すぎじゃないか……?』
『むぅ……。女の子と買い物に来てる時は、適当な答えを言っちゃダメなんだぞー』
なんでも似合う。その部分を適当だとカエデは捉えたようだ。
『カエデにはなんでも似合うだろ。ちょっとそのネックレス借りるぞ』
ハート型のネックレスを取り、屈んでからカエデの小さな首に付ける。その際ーー互いの肌が触れ合うほど距離が縮まった。
『お、お兄……。近い……っ!』
『近いってそりゃネックレスをつけたんだから当然だろ? それよりほら、似合ってるぞ。これで俺が適当に言ってない証拠になったな』
ネックレスを付けたレオは立ち上がり、兄らしい優しげな表情でカエデの頭をぽんぽんと優しく撫でた。
これは昔からしている兄と妹のスキンシップの一つだ。
『……もぉ! カエデを子ども扱いしないでよ!!』
ぷんぷんと怒ったように顔を朱に染め、レオの胸元を小さな拳で叩くカエデ。叩く強さはちゃんと加減されていて、カエデの照れ隠しであることに違いない。
『おいおい、嬉しいならもっと喜んで良いんだぞ?』
『う、嬉しくないし! 全然嬉しくないし! レオきもいし! バカ!』
洗練されたカエデの四段口撃。これも日常茶飯事な会話で、レオは何も気にせず話を進める。
『それ購入するか?』
『べ、別にいらないし……。レオが
レオが付けたハート型のネックレスを元の位置に戻したカエデは、元より付けてある白銀の羽を形取ったネックレスに手を当て、そっぽを向いた。
カエデはこのVRで片時もそのネックレスを外したことはない。外したところをレオは一度も見たことがなかった。
それだけ大切にしてくれていることは、プレゼントした身からすると本当に嬉しく思うことである。
『でもそれ、かなり前に買ったやつだろ。別のネックレスを一、二個持っておいても良いんじゃないか? 正直、俺はマネーに余裕があるんだし』
現在着用している白のフード付きコートは上位ランキングに食い込んだ時に運営から貰ったものだ
上位に食い込む実力がある
『だ、だって……二つを大切に出来るほどカエデは器用じゃない、し』
『別に奢ってもらうからって、そんなことは気にしないで良いんだぞ? カエデが喜んでくれれば俺は嬉しいし』
『……お兄はそういうトコがなーんにも分かってないからモテないんだよ』
さっきまでの照れが嘘のように、カエデのジト目とトゲのある口調を見せた。
『呼び名戻ってんぞ』
『こ、こほんっ……。はぁ、レオに彼女さんが出来るか心配だなぁ……』
『余計なお世話だ』
『あ、彼女さんは真白さんでも良いんだからね? あ、そのまま結婚してくれて良いんだよ! そうしたら真白さんはカエデの
『難易度を最高にまで上げてどうするよ……』
周りに人が居ないことを確認してか、カエデが暴走気味に現実世界の情報を吐いていく。だが、それはカエデが気付いていないだけ……。
実際には、誰かがレオとカエデを尾行しているプレイヤーが二人以上いる事をレオは既視感から察していた。
だが、レオはそのことを口に出すわけでもなく、気にしたりもしない。
カエデとの会話は聞き取れはしないし、敵意も感じない。今のところレオとカエデに影響はない。放置していても何も問題はなかったのだ。
『……はぁ、このゲームの中のものが、現実世界でも使えれば良いのになぁ……』
右手でプレゼントに上げたネックレスに触れながら、不意に呟くカエデ。
『それは俺も思ったことがあるな』
『お、おに……レ、レオもそうなの……?』
『そりゃあそうだろ』
『ま、まさかだけど、
NPCとは、プレイヤーが操作しないキャラクターのことを指すものだ。その役割はゲームの進行や、バランス調整役、現実世界で言う店の店員など、多岐に渡って存在している。
『なに言ってんだよ……。それ以前にその発想が出来るのが凄いと思うんだが』
『異性のNPCプレイヤーを現実世界に連れて帰って、あんなことやこんなことを……』
『しねぇよ。俺がリアルに持って行きたいのはマネーだ』
『う、うわぁ……それもそれでヤだなぁ』
何故かその発言に引いているカエデ。
『逆に聞くが、カエデがリアルに持って行きたいものはなんなんだよ』
『教えなーい。レオに言っても絶対分からないだろうし』
確定事項のように瞳を閉じて言うカエデは、レオがプレゼントに上げた白銀の羽を形取ったネックレスをゆっくりと離した。
『なんだよそれ、そんなことは言ってみないと分からないだろ?』
『分かるよ。カエデはレオのこと一番分かってるんだし、ヒントを見せてるのに何にも察してくれないだから』
『そう言われると余計に気になるんだが』
『しょうがないから教えてあげる。……それは、カエデの一番大切なものだよ』
『……』
『沈黙は肯定だね? ほら、やっぱり分かってない。……逆に理解されたらカエデが困るからイイんだけどね』
予想が的中したことが嬉しかったのだろうか、カエデは正面顔から横顔を見せて小さく口角を上げた。
そうして、楽しい時間は刻々と過ぎていく。気付けばカエデがゲームを止める時間になっていた。
『ふぅ、今日は楽しかったなぁ……』
『そろそろ辞める時間……か。もう少しプレイしないか?』
『ううん、遠慮しとく。今日はレオ……お兄と話せて満足したから』
『レオ』から『お兄』と言い直したのは、辞める前にどうしてもその呼び名を使いたかったからだろう。
約束事を破ったことには間違いないが、その意図が分かってもなお注意する兄などいない。
『ほ、本音を言えば、もっとしていたいけど、現実世界には時差があるから……。お兄に合わせて出来ないんだよね。……あーあ、時差がなければいいのに……なんて、……えへへ』
『カエデ』
別れを惜しむように苦笑いを見せるカエデに、レオは兄らしく振る舞った。
『寂しくなったらいつでも連絡してこいよ。思う存分構ってやるからさ』
『ばっ、ばかじゃないのっ! カエデが寂しがるわけないじゃん! 寂しがるのはお兄だし!』
『その返答、真に受け取ってもいいのか?』
真顔でカエデに視線を合わせるレオ。身長差があるため、カエデは上目遣いの状態で、
『分かってるくせに……お兄のばか』
不満をぶつけるように、意志の宿った瞳でカエデは睨む。
『英語以外ならカエデに負ける気がしないが』
『そっちのばかじゃないし! ……もういい。つ、次はお兄から連絡してきてよ……。お兄のメールが来たのはママとパパだけ……。カエデ、ずっと待ってたのにお兄からメール来なかったんだから……』
冗談や偽りのない悲しげな声に類似した面様に、レオは無意識に息を呑んだ。
(こんな表情、今までに見たことがない……)
普段ならば茶々をいれるような場面だが、今のカエデを見てそんなことは出来なかった。
『それは悪かった、本当ごめん。今度は俺から連絡を入れるから』
申し訳なさを滲ませながら素直に謝った。
『本当?』
『ああ。絶対守る』
『……よ、よし、なら許す。そ、それじゃあ連絡待ってるから。う……んこスタンプとか送ってきたら怒るから!』
『日常的に送ってるような言い方はなんなんだよ。そんなもん送った覚えがない』
『ふんっ! それじゃ、バイバイ』
『おい待て…………ってもう落ちたのか』
今の今まで目の前に居たカエデの姿は無く、オンライン表示も消えていた。
ただ、オフラインになる寸前、約束を取り付けてか嬉笑を浮かべていたのは気のせいではないだろう。
『…………さて』
レオから出た声音は今までとは違う冷淡なもの。それはまるでスイッチが切り替わったかのように。
『俺達のあとを付けてたプレイヤーの目的を聞かないとな……』
そうして、後戻りをして数十秒後だった。
『や、やめてください……』
『あんたたち、本当にやめてよ』
レオの視界に映ったのは、黒フードに身を包んだ二人のプレイヤーが、二人の男性プレイヤーに絡まれているところだった。
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