第20話 妹のカエデとVRデートその1

 時は過ぎーー土曜日の18時になる。その日は妹の楓とVRをすると約束した日だ。


 楓との待ち合わせ場所は、プレイヤーが交流する広場エリアである。

 広場は制限ルームとは違い、誰でも入室出来る場所だ。

 ここで新しい仲間、フレンドを追加したり、初対面の相手とコミュニケーションを取ったりなど、情報交換の場などにも設けられている。


 楓はVRの操作設定にあまり慣れていないため、広場エリアに集まるのが一番なのだ。


 レオは広場に転移した後、人目の映らないように隅っこに移動する。

 だがしかし……レオは何も名声がないプレイヤーではない。レオが着しているのは白のフード付きコートに白銀の太刀は、ある大会のランキングで上位50名が貰える限定の服装。


運営サイトでも公開され、初心者でも知る有名、、な服装に、自然と視線は集まりーーじわじわと話し声は膨らんでいく。


『お、おい……あれって白服のレオじゃないか……?』

『いやいや、ニセモンだろ。上位ランカーがこんな場所来るはずねぇし』

『いや、あの身長に白銀の太刀……。白のフード付きコート……。本物だ』

『雰囲気が違ぇよ、アレ……。なんでこんなとこに来てるんだよ……』

『初心者狩りじゃねぇのか……?』

『そんなことしてる噂はないぞ』

『すげぇ、オレ初めて見たぜ……』

『どうにかして関わりたいのだけれど……』

『無理だよ無理。近付けないよあれは……』


 プレイヤーから聞こえ漏れてくる声を聞きながら、広場の端っこに佇むレオは約束した相手を待っていた。


 レオとコミュニケーションを取ろうとする相手はいない。

 ただ、フレンド申請数は秒が経つことに増えている。上位ランカーとフレンドになるだけでそれはこの世界で自慢になる。


 だが、レオは誰とでもフレンドになるわけではない。関わりがあるプレイヤー限定にしている。

 それが分かっているプレイヤーは、レオとなんとか関わりを持とうとするが、会話するまでには踏み込んでこない。……正確には踏み込めないと言った方が正しいだろう。

 それだけ、レオには近寄りがたい印象を全体に抱かれているのだ。


『レオ〜!』

 じっと待機すること数分。手を振りながらこちらに接近してくる女性プレイヤーが目に映った。


 明るい金髪をツインテールに、なんでも吸い込んでしまいそうな翡翠の瞳。その瞳からは強い意志を感じさせつつも、身長はかなり小さい。

 武器は何も装着しておらず、肩出しの動きやすい服に身を包んでいる。


 それは、昨日メールで約束をしていた人物。ーー妹のカエデだった。


『おっ、おい……。なんなんだあの可愛い女の子……』

『アイドルプレイヤーのモカちゃんと張り合うんじゃないか……!?』

『カレンちゃんとも張り合うだろ、あれ……』

『白服のレオの彼女じゃねぇのか……? 普通に考えて……』

『それはないだろ……。だって、モカちゃんとデキてるなんて噂もあったんだから……』

『じゃあ、二股か!? 二股してるのか……!?』

『白服のレオに普通に声を掛けれるなんて……』

『見るからに親しいよね……。どんな関係なんだろう……』


 カエデがレオに声をかけた瞬間、広場が満場騒然となる。

 親しそうにレオに話しかけている光景は滅多に見られるものではないのだ。広場で一番の注目を浴びるのは当たり前だった。


『俺との最初、、の約束は守ってくれたか。忘れてないようで何よりだ』

『うん。約束だもんね』

『ああ』

 兄妹での最初の約束。それは、このVRの世界で『お兄』と呼ぶことは禁止というものだ。


 カエデは一瞬でも気が緩むと、『お兄』という呼び名を使ってしまう。カエデに何かしらの影響を与えないためにも、これは適切な処置なのだ。


『レオもメールでの約束守ってくれたんだね……。あ、改めて……お久しぶり……です』

『久しぶりカエデ。約束なんだから覚えてるし、破るわけないっての。ちゃんと俺を信用してくれていいぞー』

『し、してる……し』

 顔を下に背けながらカエデは小さく呟く。


『ほぅ……。今日はやけに素直だな』

『し、してないしっ!』

『どっちだよ、全く……』

 今度は顔を上げ、眉根を上げ、怒ったように否定した。感情表現の豊かなカエデである。何も変わってないカエデにレオは苦笑しながら話を進める。


『さて、無事合流出来たし今日はどうしようかな……』

『そ、その前に……こほん。女の子と出かけるときは男の子が奢るんだぞー?』

 なんてカエデが前置きしてくる。


『分かってるよ。カエデはクエストに行かないから、マネー金額ゼロだもんな』

 カエデはクエストには一切参加しない、他人と会話するだけのプレイヤー。通称、コミュニケーションプレイヤーである。


 クエストに参加しないプレイヤーは、買い物が出来るほどのマネーを貰えない。

 ログインボーナスというもので一応マネーは貰えるが、それは継続していかなければならない。


 カエデはあまりログインすることもなく、当然継続も出来ていない。マネーはゼロに等しい。

 もちろん、会話を楽しむというものもVRMMOの醍醐味であるが、カエデにはクエストもしてほしいというのがレオの願望の一つであった。


『だ、だって、モンスター気持ち悪いし、怖いし……。あんなバケモノと目を合わせただけで、カエデは気絶しちゃうよ』

『あのスラたんも無理なのか?』

 スラたんとは、しずく型が特徴的で、プルプルした水色のモンスターである。初心者が一番に狩るであろうモンスターだ。


『あ、あんなに可愛いモンスターに攻撃出来ないよ! だって、スタたんを攻撃したとしたら、大きくてまんまるな目をウルウルさせそうだもん……』

『カエデ、このゲームにそんな仕様はないぞ』


『そ、そうだけど……想像しちゃうんだし……』

『そんなんじゃ、マネーは一向に貯まらないなぁ……』


『レオが買ってくれるからいいもん。…………い、いつもありがとう、です』

生意気な口を叩き間を開けたカエデは小さく頭を下げて礼を言った。

『ははっ、気にすんな』

 レオはクエストをしないカエデの『財布』なのだ……が、ちゃんと感謝はしてくれている。


『買ってもらえる』を、当たり前に感じていないところがカエデの良いところだ。


『そんじゃ、まずはどこに行こうか? カエデの好きなところで良いぞ』

『ほんとっ!?』

『ああ。カエデに似合うものが見つかれば良いな』


『うんっ。ありがと〜お兄、、っ!』

『おーい、カエデ』

満面な笑みで、今さっき確認を取ったばかりの約束を破る妹のカエデ。だが、カエデの嬉しそうな表情を見ると、レオも怒るに怒れなかった。


『あっ、えへへ……。ごめんなさい。……ん、ほらっ、早く行くよ。レオ』

『お、おい!』

『今日は最後の1秒まで連れ回しますっ!』

 ピンク色の舌をペロリと出し、反省の色を示しながらも一瞬で遊ぶモードに切り替えたカエデは、レオの手を引いて広場を後にするのであった。


『さ、流石は白服のレオ……。あんな可愛い女の子をあんなにも容易く……』

『俺もあんな女の子と仲良くなりてぇ……』

『はぁ、羨ましすぎて涙が……』

『女の子が自ら手を引いてくれるなんて……し、白服のレオのやつズル過ぎだろォォ!?』

『一度でいいから、やってもらいたいシュチュエーションだよなぁ……』

『どんなコミュニケーション能力してるんだよ。白服のレオ……』

『あの女の子、上玉の男を捕まえたわね。ほんと』

『羨ましいよ、あの白服のレオを捕まえるなんて……。ワタシも仲良くなりたいなぁ……』

『無理無理、あのモカちゃんとカレンちゃんもガードを固めてるんだから……』


 レオ達が広場から立ち去った数秒後、広場には今までにないどんよりとした重い空気が充満していた。


 だが、ここからが問題だった。

 ーーレオが可愛い女の子と『デート』しているという情報はすぐにあの二人、、の耳にも届くことになるのだから……。

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