第10話 印象が上がる?
「蓮……」
職員室の椅子にどしっと腰を下ろす牧原先生。
「さきほどは掃除時間中にも関わらず、本当にすみませんでした」
言い訳をするわけでもない。それ以前に言い訳など思い付かなかった蓮は、素直に頭を下げた。
説教される覚悟はしていたのだ。今更後悔することは何もない。
「別にさっきのことは気にしなくていい。おおよその事情は既に理解している。あのファッション誌に群がっていた男子を蓮が庇ったんだろう? お前はホウキを持っていたしな」
「……」
ここで正直な回答をすることが出来ない。もししてしまったのならクラスメイトを庇った意味が無くなるのだから。
「別にここでどう答えようが俺は怒ったりもしないし、再びクラスメイトを怒るわけでもない。ただ、一つだけ答えてくれ。……蓮はクラスメイトから脅されてこういう行動に出たわけではないんだな?」
「……はい、間違いないです。みんな優しくしてくれてます」
蓮の思考を見通してるのか、前置きを作ったうえで問いを重ねる牧原先生。
『イジメ』があるのか担任として把握しておきたかったのだろう。ここはキッパリと否定しておかなければならない。
「そうか。それは良かった」
「はい」
「……」
「……も、もしかして、話ってそれだけですか……?」
職員室に入り冷静に牧原先生を見れば、説教するどころか怒った様子も見せていなかった。少しの間が空いたことで無駄な口を挟んでしまった。
「蓮があの男子どもを庇ったせいで怒るに怒れなくなったからな。教室では怒鳴るつもりだったがもうその意味もない」
「……」
「職員室に来るまで蓮と顔を合わせなかったのも、会話をしなかったのも、怒っているという印象をみんなに付けたかっただけだ。庇ったなら庇ったなりに職員室で怒られるんだって印象を作っとかないと、蓮がしたこの行動は全くの無意味になるだろう?」
「……牧原先生、ありがとうございます」
この瞬間から、牧原先生は全て察していたのだろうと分かった。そして、蓮に対するサポートまでもしてくれたのだと。
よくよく考えてみれば、掃除時間中にいきなりファッション誌を差し出されて何も突っ込むことなくペースも合わせてくれたこと自体が不思議なことだった。
「アイツらは掃除をサボっていた。本来ならば教師の立場にいる俺は注意をしなければならない。……だが、今日は少し特別だ。蓮が転入してきたこともあってアイツらの気分が高まっていた分、こうなることも予想は出来ていた。俺も学生時代そんなことがしょっちゅうあった。その気持ちは分かるもんだ」
どこか懐かしそうに天井を見上げる牧原先生は、話を切り替えるように咳払いをする。
「……」
もしかして、牧原先生は自分が学生時代の頃を重ねるが故に甘い説教になってしまうことから、『先生と呼ばれるレベルじゃない』と言ったのだろうか。……なんて考えが蓮の中に湧き上がる。
「まぁ一度見逃した以上、次同じようなことがあったらもちろんアイツらに説教だ。……転入生という立場を使えば他の人よりかは怒られないだろうと考えた蓮もな」
ーー全て看破されていた。
「……すみません」
「反省もしているようだし、これ以上は言うつもりはない。……このファッション誌、持ってきた本人に返しといてくれ」
「没収しないんですか?」
「アイツらの歳になれば没収したとしてもまた新しいやつを買ってくるんだよ。だから素直に返す方がアイツらの出費にならないだろう? 没収することで楽しさが一つ欠けた学校生活は送って欲しく無いしな。……まぁこの学園に校則が無い以上、これが自然なことだ」
蓮にファッション誌を渡した牧原先生は、生徒を思ったような優しい目をしていた。
「ここまで生徒目線で考えてくれる先生は、初めてです」
からかいや冷やかしなど、そんな軽い気持ちは一切ない。こんなに生徒を思う先生に出会い嬉しかった。
「調子に乗るなよ蓮。大体、お前は演技が下手過ぎるんだよ。あん時笑いが出そうになったじゃねぇか」
「な、何がですか……?」
「俺が指したモデルに『このお淑やかさを際立たせるワンピース』とかどうこう言ってたとこだよ。俺の意見に同調してんのに、あんな興味も愛想無く語られたらコッチが困るだろうが。いきなりファッション誌を渡されたこと自体おかしな話だし、俺以外の先生だったらいろいろ突っ込まれてボロが出てただろうさ」
「……う」
さっきの行動を思い返すように言われ、じわじわとした恥ずかしさが襲ってくる。
「自分でも無理があることは分かってたんですけどね。牧原先生のおかげでもありますけど庇えたならそれで良かったので」
「蓮、お前は損する性格だな」
生徒の立場になって物事を考えてくれる牧原先生は蓮に近付き、力強く肩を叩いた後に満足げな笑みを見せてくれる。
「……さて、話は終了だ。生徒を騙すようで悪いが職員室で俺に怒られなかったことは内密にな」
会話をしながら時間を測っていたのだろうか、牧原先生がそう言い終わったタイミングで学園のチャイムが鳴り響いた。掃除時間終了の合図だ。
「はい、分かりました。では、失礼します」
「ああ」
牧原先生に一礼した後に、蓮は職員室を後にするのであった。
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「蓮! マジでありがとう!!」
「本当にすまん!」
「困ったことがあれば一番にオレを頼ってくれ!」
「マジで助かった! 本当に助かった!!」
クラスの男子から、いきなり拝み崇められたのは教室に入って3秒後のことだった。
「な、なんか男子が凄いことになってるけど……どうしたの?」
「蓮君がクラスの男子を庇ったんだって。転入してきて間もない蓮君にそうさせるとか、男子失格だよー」
「ほーんとそれ! なんで蓮クンに庇わせるんだか……」
「普通逆でしょ逆!」
「蓮くんって優しいね……」
そして、クラスの女子は全員蓮の味方に付く結果となった。
このことをキッカケに、次の休み時間からは男子も女子もいろいろな話題を投げてくれるようになった。
(も、もしかして牧原さんは……)
全ては早くクラスに馴染ませることを第一に考えた上で、こうなることを見越していたからこそ、先ほどの件に加担してくれたのではないのだろうか……と。
その本意は牧原先生にしか分からない。
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