第11話 side、可憐と幼馴染の真白その4
「あ、可憐。少しだけ時間いいか?」
「お、どしたん?」
転入して初日の学校が無事に終了し、放課後を迎える。教室を後にしようとする可憐を蓮は呼び止めた。
「いろいろあって渡す機会が遅れたんだが……コレ」
カバンの中に入れていたいちごオーレを差し出す蓮。あの後、お詫びを渡す機会は訪れず結局この時間となってしまったのだ。
「え、なんでイチゴオーレ? 確かにうちの好きな飲み物だけど……」
「今朝、俺が無視して職員室に連れて行かれただろ? そのお詫びなんだけど……」
「……」
いちごオーレを片手に持つ蓮に対し、可憐はぽかーんと口を開けている。それはまるで現在の状況について行けていないようであった。
「時間もあまり経ってないし、日にも当ててないから腹を壊さずに飲めると思う。可憐には良くしてもらってるのに今朝はすまなかった。ちゃんと反省してる」
「い、いや……えっと……。ちょっと待って……。もしかしてうちが怒ってると思ってる?」
確認を取るように。そして、どこか困惑したように可憐は口にする。
「そんなことは思っちゃいないけど、今朝の無視は反省する部分があったからな……。もので釣ろうって考えじゃないが、受け取ってくれると嬉しい」
そう言って、いちごオーレをさらに近付ける蓮。
「そ、そういうことなら受け取る……けど、これからも宜しくって意味で受け取るからね! 全く……変な気ぃ使わなくて良いのに……」
ボソボソと照れ隠しをするように文句を言う可憐は、蓮から渡されたいちごオーレを丁寧に受け取り、持参しているカバンの中に入れた。
「ありがとな」
「う、ういっ。それじゃまた明日っ!」
「ああ」
そうして別れの挨拶を済ませた可憐は教室を抜け、蓮も下校準備を始めるのであった。
=====
淡い赤黄色に染まった西空。優しい夕日が街を照らすこの時間帯。
「……ホントに貰っちゃったよ。あやつ……レオっちの真似をするんじゃないよ!」
「やっぱりお詫びって可憐のことだったんだ。VRで同じことが起きちゃったね」
冷静さを失った様子に可憐に、真白はニコニコと何かを含んだ笑みで学校から帰路をたどっていた。
「もー、絶対に似てるよレオっちと蓮は。って言うか、名前も少し似てるし……。あー、モヤモヤする!」
「ふふっ、可憐はレオくんには敵わないもんね。いっつも調子狂わされてるもん」
「あのねぇ、ましろん。その言葉そっくりそのまま返したいんだけど」
「えっ?」
なにがなんだか分かっていない、そんな様子を見せる真白はいつも通りに大きな猫目をパチクリとさせる。
「『うぅ……レオくんに会いたいよぉ〜。レオくんいつインするのかなぁ……。早くレオくんと話したいなぁ……』なーんて、ずっとずっとずっと言ってたのは誰かなぁ? それこそ調子狂わされてるじゃん」
両肩を抱くようにして真白がしていたと思われる演技をする可憐。そのクオリティーは、似ているような似ていないような微妙なものであった。
「そ、そんなずっとずっとずっとは言ってないよっ! ち、ちょっとは言ったかもだけど!」
「さっきから足取りが軽いなぁって思ってたらそっかそっか、今日はレオっちとすることを約束してたんだよねぇ」
レオがVRをインしなかった時は、可憐のからかいにも乗ってくることなく、見るからに調子が悪そうだった。が、レオが復活してこうしていつもの真白に戻ったことは幼馴染として親友として安心する思いであった。
「こ、これからレオくんに会えるんだもんっ。仕方がないの……!」
「うわぁ、開き直った」
「でも大丈夫かな……。お買い物して帰らないとだから、レオくんを待たせちゃうかも……」
レオを待たせたくない、そんな思いから目尻を下げて浮かない表情をする真白。
真白からすれば、レオを待たせることは不安を呼ぶ1つの要素なのだ。待たせてしまった結果、『今日はインしないんだろうな』なんて勘違いをさせ……レオが別のパーティーに行ってしまう可能性も無いわけではない。
だが、今まで関わってきたレオは一度も約束を破ったことはない。だからこそ可憐は自信あり気に答えた。
「そこは大丈夫でしょ。少し遅れたとしても他の招待を受けたりはしないって。約束を破るレオっちじゃないし、ちゃんと待ってくれてるはずだよ」
「そ、それもあるんだけど……レオくん、まだリアルが忙しそうだからレオくんを待たせちゃったら悪いから……。わたしが無理やりした約束させちゃった部分もあって……」
あの時の『モカ』は、久しぶりに合ったレオと離れたくなかった。そんな身勝手な理由から、あんなワガママを言ってしまったのだ。
「なるほどねぇ。……だけど、ましろんはそれで大丈夫なの? ログインが早いと誰かしらに招待されるでしょ」
「理由を添えて断るから大丈夫だよ? でも、それを言ったら可憐もでしょ?」
真白に可憐がプレイしているVRにはフレンド機能があり、相互フレンド状態になればオンライン時のみ招待が送れるようになる。
真白と可憐、及び『モカ』と『カレン』にはたくさんのフレンドが居る。
真白はVRのアイドルでもあり、可憐はVRでさまざまなプレイヤーと接点がある。
そんな人気のある二人の招待頻度は想像するまでもなく高い。
「うちは基本全無視だからどうでも良いの。ゲームの中だけあって、しつこい相手は本当にしつこいんだから。常識がないって思われるかもだけど、ましろんのように毎回理由を添えて断るのもやめた方が良いんだよ?」
「ど、どうして……?」
「相手に気があるって思わせちゃうから。妄想の激しい相手は特に、ね。……あ、妄想が激しいのはましろんだった」
にひ、と狙っていたかのように意味深な笑みを密かに見せる可憐。その言葉通り、真白にはとある妄想癖がある。
レオと付き合うことが出来たなら……とか、レオと一緒にお買い物にいけたなら……など、全てレオに関することだが。
「も、妄想じゃないし! わ、わたしのは、想像……だし。……だし」
「堂々としているならまだしも、それ『妄想じゃない』って自分に言い聞かせるよね? もういっそのこと、妄想いっぱいしてます! って認めれば良いのに」
「それはイヤだよっ! レオくんのことを妄想してるなんて言ったら、絶対引かれちゃうもん……」
「ふふぅん。今、認めちゃったねぇ。妄想してるって」
「は、|謀〈はか〉ったなぁー!?」
恥ずかしさを隠すためか、顔を伏せた真白は威力
真白は幼馴染の可憐が認めるほど純粋で、ウソをつくのが下手過ぎる。そのため、真白ぐらいなら簡単に嵌めることが出来る。
『純粋すぎる』 これは真白の良いところであるが、アイドルの立場にいる人間としては少々危ない部分でもあった。
「あははは、謀ったわけじゃないけどねーん」
「もぅ、もぅいい……。可憐のばかばか」
「ほらほら、そんなに拗ねないの。これあげるから」
「……可憐はそうやっていつもわたしを子ども扱いする……」
いつも通りにミルク味のアメ玉を差し出す可憐に、小さな口を尖らせながらも素早く受け取る真白。
「小さい頃からうちがましろんのお姉さん役だったからねぇ。こればっかりは仕方がないと思うなあ」
「わたしだってもう大人なんだから。ちゃんと好きな人、いるんだもん……!」
「好きな人がいるだけじゃあダメだねぇ、相手の手綱をちゃんと握ってないと。これが本当の大人ってもんでしょ」
「そ、そうかもしれないけど……ど、どちらかというと、レオくんがわたしの手綱を握って欲しい……な、なんて……」
「……」
「って、わたしなに言っちゃってるんだろっ!?」
真白、ここにきてまさかの自爆である。
「ましろん、今の発言は流石にどうかと思うけど……。響きもなんかエッチだし、もしかして狙って言ってる?」
「狙ってないよっ!」
「そうかなぁ。ましろんむっつりスケベだし、実はえっちいことを考えてたんじゃ……」
「そ、そんな思考をする可憐の方が、え、えええっちだし!」
真白の透き通った声は興奮を帯びるかのように大きくなっていく。幸い、帰路には人っ気がない。アイドルが『えっち』なんて言ってた……などの噂は立つことはない。
「アイドルのましろ様は実はエッチな子でした! なんて公表したらもっと人気が出ると思うぞー?」
「なんでそうなるのっ! 恥ずかしいよっ!」
「だって、男ってエッチな女の子の方が印象が良いらしいから」
「え、そ、そうなの……?」
真白の男性への興味は、初恋をした頃に芽生え始めたのだ。この手の話題に疎い真白は、興味ありげに細く整った眉を上げ聞き返す。
「男子って基本エロエロでしょ? だから、その手の話が気軽に出来る方が男としては良いらしいのよ」
「じゃあ、レオくん……も?」
「……」
「どうしてそこで無言になるの?」
「正直、レオっちは……
「っ!?」
もちろん、そう思う理由が可憐にはいくつかあった。それを納得のいくような形で言葉に表していく。
「だってさ、ましろんとうち、レオっちの作った
「レオくんはそんなこと……しないもん」
「そう、それがおかしいんだって。ましろんはレオっちにそんなことされても、絶対に拒まないことは分かってるし。むしろ全ての条件が整ってるし! それなのにシてこないって、
勢いに乗った可憐は、思っていたことを素直に言う。……そして、真白には風評被害が訪れた。
「か、可憐はなにを言ってるのっ!? わ、わたし……ちゃんと拒むもんっ!!」
「本当に?」
「こ、拒むよっ!」
半信半疑の可憐に、強い口調を見せる真白。
「ほんと?」
「……こ、拒む……もん」
そして、その追求に口調は弱まる。
「ほーんとぉ?」
「…………こ、拒む、けど……」
「けど?」
ここでなぜか接続詞に変わる真白。視線を彷徨わせ、どうも落ち着きが見えない。
「…………レ、レオくんがわたしと付き合ってくれるなら……その……」
最後まで言い詰めたその瞬間ーーぼわっ。
首や耳まで真っ赤っかに染めた真白が立ち止まった。その頭上から湯けむりがもくもくと立ち上がっている。
「ましろんはいつからこんな痴女になったんだい……。お姉さん、悲しいよ」
「だ、だって! ……レオくんが
これは独占欲ではない。レオに一途だからこそこんな想いを抱くのだ。
「ま、ましろん……。今の言葉……かなり破壊力があった。い、言い忘れてたけど、これはうちの憶測であって事実じゃないから安心してよ!?」
今の今まで真白を茶化していた可憐には、確かな罪悪感が芽生えていた。これほどまでに本気の想いであることを再確認したのだ。
「それを聞いた後だと安心できないよ……っ!」
「あ、あはは……。不安にさせちゃってごめん。じゃあレオっちに聞いてみればいいんじゃない?
「そ、そそそそんなこと聞けるはずないでしょ!?」
「うちならどうにかして聞けそうなんだけど、今日バイトだからなぁ……」
「そ、そうだった……よぅ……」
真白の脳裏には、『レオが
先ほどの話を聞いた後なら仕方がないだろう。
「ましろん、明日まで待ってくれればうちが聞くよ?」
「……う、ううん。だ、大丈夫。いつまでも可憐に頼ってばっかじゃダメだから……」
「へ?」
ここで予想外の発言が真白の口から飛び出した。
「わ、わたし頑張ってみる! レオくんに聞いてみるっ!!」
「……そっか」
勇気を持ったかのように小さな握り拳を作る真白を見て、可憐が口を挟むことはしなかった。
いつも弱気で、この手の話題に耐性のない真白がこう断言したのだ。何かしらの作戦を立てたのだろうと。
……しかし、可憐は悟る出来なかった。
素直な真白であるがためにあることを犯してしまうのだ……。
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