第9話 転入生の頼り甲斐
昼休憩が終わり、掃除時間に入った矢先のこと。
「蓮、ちょっと来てくれ」
教室の掃き掃除をしていた蓮を隣席の大志が呼び出した。
「どうした大志……って、なんでクラスのみんなも集まってるんだ……?」
掃除場所の役割はそれぞれ決まっており、トイレや廊下など多岐にたわって分担されている。
それなのにも関わらず、クラスメイトの男子は全員教室に集まっていた。
「いやいや、それどころじゃないよ!」
「レェェン! お前は一体どうやってあの方とお近付きになったんだ!?」
「あの翔先輩が振られたっていうのに!!」
「しかも良い雰囲気だったそうじゃないか!」
「教えてもらおうカァ? 蓮!!」
どう言った要件かも分からず、クラスメイトに怒号の質問を重ねられる。いつのまにか蓮の周りは包囲されていた。
「えっと、一体なんのことだ……?」
取り敢えず話の要領を得るために、蓮を呼んだ大志に助けの視線を送る。
「コイツらは、昼休みに真白さんと一緒に歩いてた理由を聞きたいらしいんだと。ったく、成熟したおばさまの方が断然魅力的だってのに……」
なんて愚痴りながらも、大志はしっかりと教えてくれる。
「あ、ああ……。真白のことか。単に道を案内してただけだぞ……? それ以外には伝えることは特にないんだが、廊下を男女で歩くことがそんなに珍しくないはず……だよな?」
「まぁ、まぁしろぉ!?」
「あ、あの真白ちゃんを……よ、呼び捨てに!?」
「て、転校初日で……。いったいどうやって……」
「これが……転入生の実力か……」
「マンツーマンで歩けたとか羨ましいぃぃぃいいいい!!」
事実を述べた瞬間だった。殺気立った数十の視線が蓮を射抜く。重苦しい圧が全身に降り注ぐ。
「一体なんなんだこれは……」
「あー。そういや蓮は転入してきたし、知らなくても不思議じゃないのか。少し待っててな」
そんなセリフを残す大志は各自の荷物を入れる鍵付きのロッカーの一つを開け、一つの雑誌を裏面にして蓮に渡す。
「コレ見てみ」
「なんだこれ……ファッション誌?」
「そう」
「なんでこれを俺に? あんまりこういう雑誌は詳しくないんだが……」
「表紙側を見たら驚くだろうさ」
「表紙?」
促されたままフッション誌の裏面を返した蓮ーーパチリと瞬きをした後に動きが固まってしまう。
予想外のことが起きれば思考すらも停止してしまうことがある。今がその状況だった。
「やっぱ真白ちゃんはかわいいよなぁ……」
「注目度No.1の女子学生だもんな!」
「しかも高一でこれだぜ? こんな彼女欲しいよなぁ……」
「噂によると、スポーツカー持ちでイケメンの大学生彼氏がいるらしいぞ?」
「いいや、好きな人がいるって噂の方が有力らしい」
「ま、まじっ!? それって俺のことじゃね!?」
「ハハハハッ、妄想乙!」
真白の話題が広がり、クラスの、特に男子のボルテージは最高潮にまで登る。
このファッション誌の表紙を飾ることがどれだけ凄いことか蓮には分からなかったが、並大抵のことでなれるようなものではない。
そんな話題性のある真白とマンツーマンで廊下を歩いてたのなら、こうして問い詰められることも無理はなかった。
「一つ質問なんだが……どうして真白がこの表紙に載ってるんだ?」
「鈍いなぁ、蓮は。簡単に言うなら真白さんはアイドルなんだよ。しかも大手企業の専属の」
「あぁ、道理で……」
どうして真白を教室まで案内していた時に妬みや嫉みの視線が伺えたのか、それは真白がアイドルという立場にいたからであった。
正直、男子のテンションの高まりようは異常であり、真白の人気さが、ファンの多さが目に見えて分かる。
「蓮、その雑誌貸してくれ!」
「分かった」
蓮の隣でキラキラとした瞳を雑誌に向けているクラスメイトに手渡す。その途端に、蓮を囲っていた男子は餌を撒かれた養殖魚のように一斉に移動した。
「なんか蓮、他の連中と比べて反応が薄いな。……あ、もしかして前の学園に彼女を置いて来たっていうオチか? 蓮、スペック高いからなぁ」
ファッション誌に釣られることなく、この場から動かなかったのは、蓮と大志の二人だけだ。
「その質問は朝礼が終わったあとの質問タイムで一番に答えたと思うんだが……」
「あ、居ないんだったな。熟女好きかどうか聞きたくてすっぽ抜けてたぜ……。じゃあなんでそんなに反応が薄いんだ……って、待て……。もしかして、男にしか興味がないとか言わないよな……?」
そこで引き気味の笑顔で何故か距離を取る大志。
「その誤解はやめてくれ……。俺は普通に女性が好きだし、真白も可愛いと思う。だけど、それだけで興味が湧いたりはしないぞ? 大志だって、外見だけでおばさまを決めたりしないだろ?」
「そりゃもちろんだ! なんといってもまずは包容力だ。次に優しさ! そしてーー」
おばさまの話題を提示した途端に、大志の口が扇風機のように高速に動き出す。このままでは掃除時間中、ずっと話に付き合わされるだろう。
「さて……話も済んだようだし掃除に戻るな」
「ちょっ、もう少し聞いてくれよっ」
コトを長引かせないためにも話を強制的に終わらせ、止まっていた掃除に取り掛かった。この瞬間ーー
『………………』
教室に謎の沈黙が訪れた。
それだけではない。雑誌に群がっていた男子は動き止め一点を見つめている。
『なんだ……?』
と、蓮もその視線に釣られ視線を動かせばーー居た。青筋を浮かべ怒りを隠そうともしていない大鬼が……。
牧原先生、及び担任が怒りのオーラを纏いながら佇んでいたのだ。
「お前らァ……。どうしてそこに群がっているんだァァ? ……どう言うわけか説明してもらおうじゃないか」
口から発せられる言葉の端々に怒気を含ませる牧原先生に、どうにかこうにか言い訳をしようとしているクラスメイトだが、
「いっ、いやっ……」
「え、えっと……」
「そ、そのですね……」
「あ、あははは……」
牧原先生の威圧に萎れていき、一歩一歩後退している。
だが、一番の問題はそこではなかった。怒りの元になるであろう雑誌が背後を伝いどんどん渡され……ロッカーから雑誌を取り出した張本人、大志の元にまでやってきたのだ。
群がったクラスメイトの背後からは『どうにかしてくれ!!』という強い想いが肌を刺すように伝染していく。
「ばっ、ばか! オレに渡してどうすんだよ!?」
牧原先生の怒りの種の原因になるであろう爆弾を、無理やり受け取らされる大志。大志は数学の時間に一度怒られている。次怒られるのはどうしても勘弁なのだろう。
大志の焦りようと、額に浮かぶ冷や汗の量がそれを示していた。
「仕方ないか……」
ここで動いたのは転入生である蓮だった。
「……大志、それ貸してくれ」
「え?」
蓮は大志から強引にファッション誌を奪い取り、緊張を隠しながら牧原先生の正面に堂々と移動した。
蓮の背面からはクラスメイトの動揺と驚きが伝わり、牧原先生は『なんだ?』というように眉間にシワを寄せて蓮を睨んでいる
蓮はクラスメイトを庇いたい一心だ。
転入生という立場を利用すれば、他の生徒たちよりも穏便に済ませてくれる。なんて淡い想いを抱きながら、牧原先生と向かい合う。
「牧原先生」
「なんだ、蓮」
「牧原さんはこのファッション誌の中で誰が一番良いと思いますかね?」
雑誌を捲った状態で、興味を引かせるように自然と差し出した蓮。
「はっ!?」
「ま、マジかよ……」
「れ、蓮……」
その背後では固唾を呑んで見守るクラスメイト達の小声が耳に届く。だが、この時にクラスの男子勢は悟った。
ーーこの場を凌ぐために転入生である蓮が犠牲になってくれたのだと。
「そのファッション誌……。うちの学園の生徒が載ってるやつだよな」
「はい、そうです。今少し調査をしていてですね……。牧原さんの好みを知りたくて……」
この学校には校則がない。つまり不要物である雑誌について叱られることはない。
牧原先生の怒りは掃除を白昼堂々とサボってるクラスメイトにあり、その怒りの根源をどうしても逸らさなければならなかった。
「ほぅ。ちょっと貸してみろ」
ピクッと眉を上げた牧原先生はファッション誌を受け取り……ページを捲っていく。
その様子を無言で見つめる蓮と男子達。
やがて牧原先生はページを止め、
「そうだな……。俺はこの女性が好みだ」
男らしい太い指を一人のモデルにさした。
「あ、牧原先生もそう思いますか? 実は自分もなんです。……このお淑やかさを際立たせるワンピース、素敵ですよね」
「ほぅ? 蓮もそう思うのか」
「はい」
「ハハハ、好みが気が合うじゃないか」
「自分もビックリしました」
好きなタイプが同じと知ってか、牧原先生は機嫌良さそうにうんうんと頷いている。
好みを同じに合わせることで、そして気分を良くすることで、どうにか誤魔化せるかもしれないという魂胆だったが……甘かった。
「……」
「……」
豪快な笑みからじわじわと真顔に変わる牧原先生。蓮の貫き続ける愛想笑い。なんとも言えない笑みに無言の時間が数秒と続きーー
「蓮……。俺と一緒に職員室に来い、説教だ」
「……はい」
誤魔化せる見込みなど状況的にほとんど無く、元より犠牲になる覚悟はあった。
だがしかし、それで良かった。怒りの矛先が蓮に向くことでクラスメイトを庇う目的は達成されたのだから。
「それと、そこに群がったお前ら」
「は、はいっ!!」
牧原先生に名指しされ、声を上ずらせながら返事をする男子達。その様子はどこかの軍隊でも見ているような光景だった。
「急いで掃除場所に戻れ。残りの掃除時間、魂をすり減らして掃除しろ。さもなくば俺の拳が飛ぶ」
「す、すみませんでしたああああっ!!」
ドタバタと教室に足音を響かせながら、雑誌に群がっていたクラスメイトは光の速さで掃除場所に向かっていった。
その際に一瞬だけ大志と視線が絡み『すまん!』なんてジェスチャーをしてきた。
確かにあの雑誌を渡した大志に原因があったかもしれない。しかし、クラスメイトが掃除時間中にも関わらずこの教室に集まっていたことは、少なからず蓮が原因で巻き起こったものでもある。
『気にしなくていい』とアイコンタクトを送った蓮は、一歩先を行く牧原先生に付いていくのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます