第8話 side、可憐と幼馴染の真白その3
「ましろん遅いぞー」
「ご、ごめんなさいっ!」
学園のテラスにて丸型のテーブルに弁当箱を置き、真白が来るまでずっと待機していた可憐はわざとらしく唇を尖らせてみせた。
そう、真白は可憐と一緒にお昼ご飯を食べる約束をしていたのだ。
「お、おい。……あれ、真白ちゃんじゃん……」
「やべ、生で初めて見たぜ……」
「……俺は可憐さんの方がタイプだ」
「可憐さんも普通に可愛いよな……」
真白がテラスに足を運んだ途端、テラス中の視線が二人に集中する。それは真白がアイドルだと知っている者であり、可憐も真白に劣らず端正な顔立ちをしているからだろう。
しかし、二人は特に気にした様子はない。
真白はあわあわとテラス席に座り、持参したサンドウィッチの封を開ける。
これでお互いに食べる準備は整った。
「どうせ、ましろんの事だから道に迷ってたんだろうけどさー。本当に気を付けるんだぞ?」
「う、うん。次からは気をつけます……」
「次からも! でしょ? ってなわけでいただきます」
「は、はぃ……。いただきます……。はむ」
少し強い口調で注意する可憐はようやく弁当箱に箸をつける。その様子を見た真白もサンドウィッチに小さくかぶり付く。
テラスに心地よい
「だからうちも行くって言ったのに。幼馴染の助言は聞いておいた方が良いんだから」
「……う、うん。道を覚えるまではそうします……。で、でも……今日は道に迷って良い事があったの……」
「良いこと? 迷ったのに?」
「今さっきなんだけどね、道に迷ったわたしを助けてくれた男子のせんぱいがいて……すごく優しかったの」
半分になったサンドウィッチを持ちながら、ニコニコと嬉しさを滲ませた笑みを浮かべている真白。これを見て、可憐は警戒したように目を細めた。
「ましろん、上部だけの優しさには気をつけなよ? ここにはましろんを狙う男子が沢山いるんだから」
「……狙う?」
「はぁ、これだからましろんは……」
『どういう意味?』とでも言うようにまばたきを数回して小首を傾げる真白。これは決してボケているわけでもない。ただ、真白の自己評価が呆れるほどに低いだけ。モテているという自覚がないだけなのだ。
こればかりは他人からの助言で改められるものではなく、自分自身で気付かなければどうしようもない。意識を改めるためにも、可憐は毎回のように注意を促しているのだが……その効果は全く無いといっても過言ではなかった。
「なんかましろんって、優しくされたら一瞬でコロっといっちゃいそうだからねぇ。悪い男に誑かされないかで心配でさー」
「そ、そんなことないもんっ!」
強い口調で否定する真白に、『あっ!』と、何かを思い出した可憐。
「ごめん、自分で言ってなんだけど確かにましろんはそうだわ。この前、サッカー部キャプテンで、超イケメンの翔先輩を振ったしねぇ。その告白を断るぐらいだから真白の言い分も間違っちゃいないか」
悪い男に引っかからないか心配であった可憐だが、よくよく考えてみばあの翔先輩を断るほどにレオに向ける想いは強いのだ。言葉だけでなく行動で示している真白には心配など無用である。
「う、うん。だってレオくんがいいもん……」
「その一途さがましろんらしいけど……。んで、そのましろんを助けてくれた先輩はどういう人だったか気になるんだけど」
「う、うん。優しいせんぱいだったよ」
「ほぅ……」
「……」
「……」
真白はそこで当たり前に話を切った。
「え、その話もう終わり?」
「お、終わりだよ?」
「ちょっと、そうじゃないでしょ!? うちが聞きたいのはなんかこう…… アプローチをかけてきたとか、アイドルのましろんの顔を見て驚いてたとかさ!」
「特に何もなかったよ? そのせんぱいはね、わざと自分も道に迷ってるって言ってくれて、わたしを気遣ってくれたくらいで……。それでねっ! 案内図を見て教室まで送ってくれたの。あ、でもそのせんぱいが本当に迷ってた可能性もあるんだけどね、えへへ」
その時を思い出しながら接続語を多用している真白がそう思ったのにも、きちんとした理由がある。……三つも。
一つ、まだこの学園に来て日が浅い蓮が一人で自動販売まで来ていたということは、自分のクラスに帰れるという自信があったこと。
蓮は方向音痴でもなく案内図も理解出来ていた。その可能性は十分にある。
二つ、真白を見送った蓮は迷いなく自分の教室戻っていたこと。
自信がないのならキョロキョロと挙動不審になるのは間違いない。しかし、蓮にはその挙動がなかった。
三つ、学園案内図を確認している時、蓮は真白の教室である一年二組にしか目を通していなかったこと。
『わざと道に迷っていた』との言い分で、気遣いをしてくれたかどうかは当の本人にしか分かることではないが、少なくとも真白にはそれ以外のことが考えられなかった。むしろそれ以外にしっくりこないのだ。
……そう。そしてこの気遣い方はーーあの人に似ていた。
「ふぅん。もしそれが本当だとすればなかなかの相手だねぇ。その先輩はましろんがアイドルだってことに気付いてなかったの?」
「うん。気付いてなかったと思うよ? でもね、ちゃんと心配はしてくれてたの。夜道には気を付けろ〜って少しお節介も焼いてくれたぐらいで……」
「なるほどねぇ。心配してくれてるのは確かだ」
「見ず知らずのわたしをそこまで心配してくれるのって、やっぱり嬉しいから……。なんか、レ、レオくんみたいで……」
ボソッと、小声で想い人の名前を呟く真白。その声は誰にも聞こえていなかった。
「って、アイドルのましろんに気付かないとか、アイツみたいな男子が他にもいたのか……。最近の男子ってどうなってるんだろ、やっぱり機能してないのかな。アソコ」
「か、かかか可憐っ! いきなり何を言ってるのっ!? し、食事中だよっ!?」
「あー。もしかして|男性器〈コッチ〉に反応しちゃった? 流石はえっちいましろんだ。うちは男性の心理が働いていないことを言ったつもりなんだけど」
「なっ、ななななな……」
あわあわと顔を真っ赤にしてウブな反応を見せる真白に、可憐はいつものようにニヤリと片側の口角を上げる。
「お、おい……。真白さんの顔が真っ赤だぞ……」
「す、すげぇ……。あんなに赤くなるのか……」
「流石はSっ気の可憐さんだ……」
「お、おれも罵られたい。……切実に」
「いま、エッチとか聞こえなかったか……?」
「それはないだろ。純粋な真白ちゃんだぞ」
「だよな……」
テラスがじわじわと騒がしくなり、その話し声が耳に届いてくる。
「も、もぅ……。だ、だめだよこの話だけは……」
「ごめんごめん。こればっかりはやめられなくて……」
「可憐のいじわる……」
見てわかる通り、からかい、かわらかれる。これが昔っからの二人の関係であり、仲がとても良いことが伺える。
「でも、ましろんを助けたその先輩。……転入してきた蓮に似てるかもなぁ。蓮ってば、アイドルに全く興味がないらしいのよねぇ〜」
「んっ!?」
その瞬間、前のめりになりながらほわわと表情を明るくさせる真白。
「わたしを助けてくれたせんぱい、そのせんぱいだよっ!!」
「え、まじ? 蓮?」
「う、うんっ!」
「く、蓮のやつ……。うちを無視しておいてそんな気遣いが出来たのかぁ。蓮があの時無視したせいでうちは職員室送りにされたのに……ぐぬぬ」
ダークなオーラを纏い力を入れて拳を丸める可憐。お世辞でも『怖い』なんてことは言えないが、真白はあることを察した。
「む、無視……? 職員室送り……? も、もしかしてせんぱいのお詫びって……」
「ど、どしたんましろん」
「も、もしかしたら可憐、せんぱいからなにかお詫びが来るかも……? その、飲み物みたいな……」
真白の頭の中には蓮が左手に持ったいちごオーレが浮かんでいる。今の話を聞くに、お詫びに当てはまるものと言えば可憐以外に心当たりがなかった。
「なぁーに言ってるのましろんは。自分から無視したのに罪悪感を感じてお詫びするってまんまレオっちじゃん。もしそんなことがあったら怖くて眠れなくなるんだけど」
「だ、だって今朝、可憐が言ってた通りなんだもん……。レオくんに少し似てるって……」
もし、そのお詫びが本当に可憐に対してだったらVRの『レオ』の性格をコピーしたようなものだ。
変に気遣わせないようと真白と同じ立場にして、見ず知らずの相手にお節介を焼いてくれるほど心配してくれる。
これは真白にとても衝撃的で嬉しかったこと。何故ならそれは、レオがVRでの『モカ』にしてくれる接し方なのだから……。
「あれれ、あれれれれ。もしかしてこれをキッカケにレオっちを諦めちゃう? まぁ、これからライバルが増えてくるであろうレオっちを狙うよりかは遥かに良いのかもしれないケド?」
「あ、諦めませんーっ!! でも、良いせんぱいだったから……可憐にも伝えておこうと思っただけ!」
「ただ、これでうちの言ってたことがなんとなく分かったでしょ? なんかレオっちに似てるって」
「う、うん……」
可憐の問いに真白は迷いなく返事をする。
今朝は可憐の言い分を疑っていた真白だったが、実際に話してその気遣いを体験した今。否定の言葉など出てくるはずもなかった。
「もし蓮が、レオっちだったらましろんはどうするんだろうねぇ。レオっちの性格も好きなましろんだから好きになっちゃうのかなぁ〜? 蓮の顔面偏差値は平均値を超えてると思うしぃ?」
「……そ、それは……わからない……けど」
「あれ、なんか曖昧な答えが聞けちゃった。……まぁ、いいや。今日レオっちと会うんだから早めに課題とか終わらせとくんだよ? この学園、校則がない割には課題多いから」
「午前に出された課題は休み時間に終わらせたから大丈夫だよ。あとは午後に出される課題次第なんだけど……出ないと良いなぁ。レオくんと約束したから、インする前に待ってなくっちゃ」
今の一瞬で気持ちがVRの方に移ったのだろう、夜が待ちきれないとばかりにそわそわさせる真白。それほどまでに真白は『レオ』に会いたいのだ。
「全く、この子のレオっち愛が底知れないよ。……あ、もう残り時間ちょっとじゃん! なんで楽しい時間はこんなにあっという間なんだろうね……はぁ」
テラスから時計台に目を向けた可憐は、深いため息を吐く。いつの間にか、あと10分ほどで昼休みが終わる時間になっていた。
「今朝はわたしの用事で一緒に登校出来なかったから、放課後は帰ろうね。正門で待ってるから」
「分かった、放課後正門で。って、早くご飯食べるよっ!」
「そ、そうだね!」
そうして、残り少ない昼休みを一緒に過ごす二人であった。
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