第6話 クラスメイトと

「おーい、お前ら席につけ。朝礼を始めるぞ」

『ガタガタガタガタ』

 牧原先生は二年一組の教室に入り、蓮は廊下で待機する。教室からは椅子を引く音が廊下にまで聞こえ漏れた。

 蓮はそこで緊張を紛らわすように深呼吸を繰り返す。教室ではいつも通りの朝礼が行われているようだ。


「さて、ここからが本題なんだが……本日このクラスに新しい仲間が増えることになった」

「お、おおおお!」

「マジか!? うっしゃ!」

 教室内から大きな歓声が廊下に響く。この声量だと別の教室にも聞こえていることだろう。


「蓮、入ってこい」

「……はい」

 牧原先生の指示で、蓮が教室の扉を開けたその瞬間ーー後ずさりしてしまいそうになるほどの視線の束が貫く。そんな中、じわじわとクラスメイトが声をあげた。


「ほお……なかなか格好いいじゃん!」

「お、男かぁ……くぅぅ〜、でも仕方がない!」

「良いじゃねぇか、良いじゃねぇか! 女でも男でもよ!」

「うんっ、普通にグッドだよっ! ラッキー!」

「強面系イケメンかよぉ……。オレに勝ち目が……」


 クラスメイトの表情の変化は目に見えて分かるほど。男子は落胆しつつも歓迎の雰囲気。女子の方は少なからず興味を示してくれているようだ。


「蓮、自己紹介」

「あ、はい」

 蓮は牧原先生の指示に従い黒板に自分の名前を記す。そして新しいクラスメイトに向かい合った。


「二条城 蓮です。両親の仕事の都合でこの学校に転入することになりました。慣れない点は多々ありますが宜しくお願いします」

 頭を下げ、ごくごく普通の挨拶で締める。


『ぱちぱちぱちぱち』

 すると、反射的にクラスメイトからの拍手が沸き起こった。これが当たり前の流れなのだろうが、蓮には少し歯痒かった。こうした経験は今までに一度もないのだから当然でもある。


 落ち着きを保つため、「ふぅ……」と一息吐き、再び頭を上げると同時ーー1人の女子生徒と顔が合った。

「(……あ)」

「(……ニヤリ)」

 それは今朝、蓮が落としたハンカチを届けてくれた相手。可憐はニンマリと微笑みながらこちらに手を振ってくる。


 なんという偶然……。同クラスになれる確率を引き当てたことに驚きながらも蓮はアイコンタクトを送る。


「(場を考えてくれ、場を)」

 心の中で思ったことを伝える蓮の気持ちが届いたのか、『貸し《いち》一ね〜』なんて意味深な笑みを作りながら手を下げてくれた。

 転入生の立場を尊重してあっさりと引いてくれたのは流石とも言える対応だった。


「お前ら、よく聞け。蓮は家事も勉強も出来る。何か分からないことがあればなんでも蓮に質問しろ。女子力はかなり高いだろう」

「ほぇえー、それマジか!」

「家事が出来る男子かぁ……珍しい」

「な、なにあの転入生……。万能かよ」

「おほ、こりゃアタシ狙っちゃおうかなぁ」


「モテたいやつは蓮に料理でも教えてもらえ。少しはマシになるだろう」

「お、俺。料理教えてほしいぜ……。そ、そしたら俺だってモテモテに……」

「やめとけやめとけ。お前は下心丸出しなんだよ。大事な所で砂糖と塩を間違えるタイプだ」

「そ、そんなことねぇやい!」


『料理』というキーワードでクラス中が一気に盛り上がった。


(凄いな……)

 牧原先生は生徒が気になる質問のタネを撒いただけでなく、蓮このクラスに馴染むためのチャンスをくれたのだ。当たり前にこなす牧原先生のさりげない気遣いに蓮は感服していた。


 そうして、ガヤガヤと騒ぎ立った教室に牧原先生の野太い声が遮る。


「ーー蓮の席は…………はぁ、可憐の隣か。お前、くれぐれも蓮に悪質なちょっかいを出すんじゃないぞ」

「分かってますよ〜!」

「その腑抜けた返事が本当に心配だ。ったく、なんでこんなヤツが学級委員長なんだか……」

「ちょ、流石にそれは失礼でしょ!? 普通に聞こえてるんですけど!」

 牧原先生の呟きを聞き取った可憐は勢いよく席を立ち、流れるような突っ込みを入れる。


『あはははははは』

その後にクラスメイトの笑い声が映える。

 これこそ牧原先生の言う『壁のない関係』なのだろう。雰囲気も良くすぐに馴染めそうであった。


「蓮の席はあのバカの隣だ。悪い奴じゃないことは保証するが、何をしてくるか分からんから気を付けろ」

「わ、分かりました」

「あれ、牧原さん。うちのこと褒めてくれたんです?」

「そう思ってろ。その方が幸せだ」


 初対面にも関わらずグイグイと話しかけて来た可憐の性格的に、牧原先生が注意を促すのは分かる。

 しかし、可憐と蓮は今朝コミュニケーションも取っている。隣になるのはなにかと心強く隣で良かったのは間違いない。


指定された席に歩みを進め、隣の男子生徒に挨拶した後に椅子に座る。


「どうも〜、蓮。同じクラスになっちゃったねぇ」

 左隣に座る可憐は、横顔のままウインクを作り得意げに微笑んだ。

「ああ。今朝も言ったけど可憐と同じクラスになれて良かったよ」

「っ! な、なにいきなりっ!? 照れさせようとするとか、タチが悪いぞー」

 頰を朱に染めた可憐はジト目を見せてくる。


「そんなつもりは全く無いんだが……」

「そ、それよりさっきの挨拶の時の口調と全然違いすぎでしょ。あんな挨拶をしたらうちの調子が狂うじゃん」

「そこは仕方ないだろ? 転入初日の挨拶で普段通りの口調で話せるわけがない」


「あ、もしかしてぇ、このクラスの誰かに一目惚れでもしちゃった? それで印象を上げるためにぃ? それとも、もう誰かに告白するつもりですかな?」

 いちいち突っ込みどころが満載な可憐に感謝する部分も多い。今朝と同じように接してくれるのは蓮にとってもありがたいこと。自然と緊張も取れてくる。


「そんな余裕があったなら、こんなに緊張することも無かったんだがな。そもそも転入初日で誰かに告白するとかそんな勇気はない。したこともないし」

「蓮って意外と慎重……チキンなんだね」

「言い直すな」

着席して早々、仲良く会話する二人。だがーー側から見れば一方的に可憐が喋りかけていると思ったのだろう、牧原先生が呆れたような声を発す。


「おい、可憐。蓮にちょっかいを出すなと言っただろうが」

「何言ってるんですか。うちは蓮と仲良く話してただけですよ! ね?」

「……」

 無視をしたかったわけではない。しかし、ここで同調するのはクラス的にも面白くないだろう。

 なんてことを一考した蓮は、ゆっくりと視線を逸らし明後日の方向に顔を背けた。


「ちょ、無視っ!? 無視しちゃうの蓮!? ちょっとそれはヤバいんだけど!」

 無視されると思ってもいなかったのか、完全に動揺している可憐に牧原先生はあることを告げた。


「よーし分かった。可憐、朝礼が終わったら職員室に来るように。俺の資料整理を手伝ってもらう」

「ちょ、それうちには何の関係もないですよねっ!? そ、それにほら、休み時間に始まる蓮の質問タイムにも参加したいし! え、遠慮したいなぁ〜って!!」


 頷きながら既に決定した言い分の牧原先生に、両手を振りながら逃げ道を確保しようとしている可憐にクラスからは『手伝いいけよー!』なんて冷やかしが上がっている。

 学級委員長ともあって、可憐はこのクラスのムードメーカーなのだろう。


「お前は蓮の隣なんだからいつでも出来るだろう。それにあの会話を見る限り、初対面ではないらしいからな。……一つ、これは決定事項だ。では朝礼を終える。可憐、挨拶」

「は、はぁい……」

 肩を落としながら朝礼を終わらせた可憐は、『ぐぬぬ……』と恨めしい目線を蓮にぶつけながら、牧原先生と共に職員室に向かうのであった。


(こ、こうなるなんて思わなかったな……。お詫びに飲み物でも奢らないと……)

 可憐が職員室に連れて行かれるなんて予想出来るはずもない。が、この選択をしたことで罪悪感が生まれる。

 お詫びに飲み物を買ってこようと蓮が席を立ちあがろうとした途端ーークラスメイトが蓮の周りを囲み、怒涛の質問タイムが始まったのである。


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