第2話 成人の儀式で起こったこと

 月日が経ち、俺たち二人が15歳になった頃……村ではこんな成人の儀式が行われていた。


『精霊との契約』


 精霊は万物に宿ると言われていて、物を壊した時は精霊に謝りなさいと、子供のことから親に言われてきた。

 そんなことはないだろうと思っていたが、夜中に目を覚ますと、壊してしまった物の近くで精霊らしき人型の光が座り込んで泣いていたのを見て、土下座で謝ったのをよく覚えている。後日その話を両親にしたところ、普通は誰かと契約していない精霊を肉眼で見ることはできないと言われた。俺の目がおかしいのか?


 さて、精霊と契約するには、村で毎回使用されている魔法陣に、自分の魔力を流せば良いのだが、運が悪いと精霊が呼びかけに応えない、なんてこともあるらしい。辺境なだけにあって、精霊もこちらに興味のある変わり者しか来ないらしい。

 今現在、精霊と契約しているのは、村の長であるガイル爺さんと、俺の母さん、あとは5、6人ほど。確かに、爺さんの肩にはピンク色のリスが乗っていて、母さんは真っ白な猫を抱いているように見える。


 父さんと母さんは2歳ほど歳が離れている。どうやら父さんの方が年上のようだ。そこで、父さんの歳は精霊と契約できた人はいたのか聞いてみたら、一人だけいたらしい。

 ダリアという名の女性だそうだが、すでにこの村にはいないと言われた。詳しく聞くと、村の外に出て世界を旅したい、と言って出て行ったようだ。


 さて、この村にいる俺と同年代の子供は、俺たちを入れて5人。俺とリーベ、フェリア、ライズ、ルナだ。


 さて、早速儀式が始まった。

 最初はルナ。彼女が魔法陣に魔力を流すと、魔法陣が紫色に輝き始めた。さらに光を放ち始めたが、その光は一瞬で治った。


『……?』


 何か小さい物体が、魔法陣の真上を漂っていた。一言で言ってしまえば、紫色の蝶。両方の羽には三日月の模様が左右対称に描かれており、紫色の鱗粉が周囲を漂っていた。

 何の精霊だろうか?


「可愛い……」


 小さな呟きが聞こえた。

 それがルナの声だったのかどうかわからないが、彼女は右手を精霊らしき蝶にかざした。すると、蝶は彼女の方へ向かって飛び、その右手の上に止まった。

 彼女はその様子を見て笑みを浮かべると言った。


「わたしはルナ。あなたはわたしと契約してくれる?」

『……!』


 蝶が何を言ったのかわからないが、ルナの言葉に反応したのか彼女の周りをクルクルと飛び、頭の上に止まった。


 *****


「次はあたしね!」


 ルナの様子を見たのか、フェリアが魔法陣の前に立った。元気いっぱいだが、彼女は昼間目隠しをしていて周りが見えないはず。なのに、迷わず魔法陣の前に立てたのは、彼女が目隠しをしていても周りが見えるような能力を持っているからだ、と彼女の両親に言われた。

 と言っても、この世界に自分のステータスを見る技術は、存在しているかどうかもわからないため、本当にそんな能力があるのかも疑わしい。だが、今までの行動や、守人との実践でも迷わず動いていたから、その話を信じざるをえなかった。


 さて、そんな彼女が魔法陣に魔力を流すと、白い光とともに魔法陣の中心から細長い何かが這い出てきた。

 見たらわかる。あれは蛇だ。白い、雪のような真っ白い蛇。しかも、でかい。魔法陣に収まらないほどでかい。ところで、何の精霊だろうか?


 白い蛇はフェリアを見下ろすように見ると、舌をチロチロと出した。


『我を呼んだのはお主か?』


 声が聞こえた。長い年月を生きた婆さんのようにしわがれた声。

 だが、蛇の真っ赤な目は、確かにフェリアを捉えていた。


「ええ、もちろん」

『目も見えぬのに、我と契約するのか?』

「失礼ね。私は今、あなたがどこにいるか、どんな大きさなのか、どれほど長いのかもわかるわ」


 彼女は凛とした声で、蛇を見上げながらそう言った。


『ほう、面白い娘よ。ならば契約してやろう……もちろん、ただでとは言わぬがな!』


 彼女の声に応えた蛇は、その巨体のまま口を開き、フェリアを飲み込まんと襲いかかってきた。

 まさか、契約する内容が、契約者を食することではないだろうな?と思ったが、それでも蛇の動きは止まらない。

 フェリアを見ると、彼女の口が動いていた。


 ガキンッ


 その音とともに、蛇の首から尻尾までが凍りつき、フェリアの頭すれすれで蛇の頭は止まった。


 魔法の短縮詠唱。


 それが、フェリアの長年の経験により取得した能力。

 俺とリーベ、ルナ、ライズは、魔法の無詠唱を取得することができたが、フェリアはまだ取得することができなかった。だが、彼女は努力し、ついに短縮詠唱をできるようになった。


 短縮詠唱とは、本来の魔法の詠唱で大事な場所だけを抜き出し詠唱することによって、魔法を発動することができる能力だ。

 それを彼女はできるようになった。


 自分の身体が動かないことを確認した白い蛇は、己の敗北を悟ったのか、目を閉じて言った。


『ふむ……我はどうやら、お主を小童だと舐めていたようだ』

「なら、契約してくれるのかしら?」

『大変不本意だが、契約してやろう』


 こうして、フェリアの精霊契約は終わった。

 ちなみに、白い蛇は小型化して、フェリアの首に巻きついていた。


 *****


 ライズの番が来たのだが……魔法陣からは何も反応が無かった。

 どうやら、契約に失敗したらしい。


 少し悲しげな表情をしたライズだったが、こちらに戻ろうとした瞬間、魔法陣が水色に輝いた。

 驚いて魔法陣を見ると、そこには……スライムがいた。

 そう水色のスライムである。あのぷるぷるしてるヤツである。


 どうやらソレは、ライズを主人と認めたらしく、スライムジャンプをして彼の頭に乗った。と思ったら、坊主頭のためずり落ちた。


 そんな光景を見て笑いながら、ライズの番は終わった。


 ところで、スライムが出てきたけど、これって精霊召喚だよな?


 *****


 次は俺の番。俺、ハイドの番だ。

 俺は魔法陣に魔力を流す。

 しかし、魔法陣には何も反応がない。

 ライズの時みたいに、遅れて反応があるかもしれないと思い、待ってみたが、一向に魔法陣は光らないし、何も現れない。


 どうやら、俺は契約に失敗したようだった。

 みんなのところに戻る時、村の精霊と契約していない人たちからは同情の視線が、友達からは『あのハイドが!?』みたいな驚愕の視線が向けられていた。


 *****


 最後は、俺の奴隷で幼馴染兼彼女なミヤビ、いやリーベの番だった。

 奴隷だから、精霊との契約は出来ないって?いーや、この村の一員だから、奴隷だとかそういうのは関係なくできるんだ。


 元幼馴染だったからか、俺の奴隷だからかわからないが、彼女は成功して欲しいと思った。


 だけど。


 だけど、彼女が魔法陣に魔力を流しても、何も起こらなかった。


 魔法陣も光もせず、沈黙していた。


 彼女は俺たちの方にしょんぼりした雰囲気を漂わせて戻って来た。


 しかし、戻って来る際耳を疑うような声が聞こえた。


『あーあ、タケルンの服を堂々と取れる機会、逃しちゃったなー』


 日本語でそんな言葉が聞こえた気がした。いや、聞こえた。

 リーベの口から聞こえたってことは……


 犯人はお前か!?

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