後編~不思議な少女と野球少年~
第11話 精霊のいる休日
不思議な感覚だった。
昨晩、ベットの上で寝っ転がって本を読んでいた所までは覚えている。いるはずのない姉が存在している世界に、主人公が迷い込んでしまったというSF推理小説。そんなことが起こるはずないと思いながらも、自分が雨の精霊と過ごしていることに気が付いた。どうも他人事のように思えなくて、自己投影を交えつつ読みふける。当の精霊は疲れたのか眠り込んでいて、目を覚ましそうな様子もなかった。
主人公と姉が互いの存在を認め、さあこれからどうしようか、という所まで読んだことは覚えている。が、どうやら僕も疲れていたのだろうか、それから先の記憶がない。
「あ、おはようございます」
耳元から小晴の声がして、僕はようやくこの不思議な感覚の正体を掴むことが出来た。
「どうしてここにいるんだ」
「ふわふわの布団に憧れがありまして」
近い。
昨晩、小晴は座布団を並べて早くから眠り込んでいたはずだ。だから僕はベットに登り、久々に自分の布団で寝落ちの快楽に浸っていたのだ。が。
僕の隣、相変わらずの白い制服を身に着けたまま、眠そうな目をした小晴が寝転んでいた。
透き通るような綺麗な瞳と、ごく至近距離で目が合ってしまう。
思わず、僕は飛び起きた。
「憧れってなんだよ。昨日も一昨日も僕のベットを使ってただろ」
「そうですね。訂正します。私、布団じゃないと眠れないんです」
「嘘をつくな嘘を」
そもそも精霊は睡眠を摂らなくても良いんじゃなかったのか。
根本的に、間違っている。
「とりあえず、そこを出てくれ」
「祈吏さんがそう言うのなら、仕方ないですね…」
もし僕が言わなければどうするつもりだったんだ?
とにもかくにも、今日は休日だった。
小晴と出会ってから初めての休日。
ここ最近、小晴に振り回されていたこともあってか、やけに疲れがたまっていた。
この貴重な休日な朝も小晴に振り回されているわけだが…。
そんなことを思いつつ、僕は何の気もなしに部屋のカーテンを開ける。
雲一つない、澄んだような青い空。文句のつけようがない快晴。
休日の朝としては最高の天気だった。ただ一つ、雨の精霊が隣にいる点を除いて。
……雨の精霊?
「雨、降ってませんね」
小晴の一言で、僕は何の為に光夏の元へと足を運んだのかを思い出した。
「雲一つない、快晴です」
夢や目標を叶えてやることで、精霊は雨を降らせることが出来る。
だから僕はそれを手伝うため、小晴と共に行動したというのに。
「まさか、失敗したのか?」
「どうでしょう…。ただ、部長さんの様子を見る限りでは失敗したようには思えませんでしたが」
あれから数日が過ぎたというのに、未だに雨が降ることはなかった。
雲一つない、休日の朝にふさわしい青空。
それはつまり、夢野小晴が雨を降らせることが出来なかったことを意味する。
「もしかすると、足りなかったのかもしれません」
小晴は真剣だった。
「足りなかった。何がだ?」
「私達の助けです。小さな夢でも夢は夢と言いましたが、雨を降らせるにはあまりにも小さすぎたのではないでしょうか」
「そんな、ポイント制みたいな話があるのか」
「分かりません。ですが、可能性としてはあり得ない話ではないです。雨にも、沢山種類がありますから」
「小雨とか霧雨とか?」
思いつくままに言った。
「はい。雨の種類は、精霊がこちらの世界で過ごした「生き方」によって変わるみたいです。ですから、あまりにも小さな夢だったばかりに、雨を生み出すことさえ出来なかった。そういう可能性も否定できません」
「可能性、ね」
その可能性の有無がどちらにせよ、僕には断言することの出来ない話だ。
雨を降らせることが出来なかったからといって、小晴は落ち込んでいる様子でもなかった。
落ち込んでいるどころか、むしろやりがいを感じているかのような、そんな雰囲気さえ感じる。
「もう一度だけ、試してみる価値はありそうです」
その様子のまま、小晴は言った。
もう一度? それはつまり…
「また、誰かの夢を探しに行くのか」
「そうすることにします」
心なしか楽しそうに頷くところが、小晴らしい。
「と、言いたい所ですが、今日は世間的にもお休みの日なんですよね」
「そうだな」
「それなら、祈吏さんを連れ出すのは申し訳ないです」
「僕が同行するのは前提なのか」
「当然です。祈吏さんがいなければお手伝いできませんので」
元々、精霊は一人で夢のお手伝いをするとか言っていたような気がするのだが。
何はともあれ、今日の小晴は妙に物分りがいいようだ。
せっかくの休日、小晴に振り回されるのは御免だ。
とはいえ外に出ないとなると、僕も小晴も時間を持て余してしまう。
退屈だと言わんばかりに小晴は僕の身体をつついてくる。
「祈吏さんはお休みの日には何をされてるんですか?」
「僕? 僕は別に」
結局暇なので、ぼんやりと答える。
休みの日にすることと言えば、本を読むことか勉強をするくらいのことだ。やることがないから、時間を潰しているに過ぎない。昔はゲームもやっていたものの、ゲームをする自分に嫌気がさして辞めた。が、時折ゲームの話で熱中している友達なんかを見ると、何もしないくらいならばと思ってみたりもすることはある。結局やっていない。
だから僕は
「なにもしてないよ」
そうとだけ、言っておく。
「どこかへ出かけたり、そういうこともしないのですか?」
「お金もないからな。それに、そもそも興味がない」
「水族館とか、遊園地とかにも?」
「どうしてそこに辿り着くんだ。小晴さんが行きたいだけじゃないのか?」
頷く。
「私、海の中の生き物って見たことがないんです。こちら側の世界からだと、海は遥か彼方にある場所ですので」
「まあ、そりゃそうだろうな。空で生きる精霊が海の生物を知っていてもおかしい」
「だから、行ってみたいんです」
なんともいえない。
話題に深く触れれば、行くことになってしまう気がする。
「それと、祈吏さんの学校にも行ってみたいですね」
そしてまた、とんちんかんなことを言う。
「昨日も一昨日も行ったじゃないか」
小晴は首を振る。
「違います。あれは今、祈吏さんの通っている学校です。私が行きたいのは、祈吏さんが今まで通ってきた学校のことです」
「今までの?」
不思議なことを言う。
「どうして?」
「祈吏さんのことをもっとよく知りたいからです」
その目は、今まで何度も見た、好奇心の目をしていた。
ここで肯定的な言葉を出してはいけない。そう思って、慎重に答える。
「面白い場所じゃない。普通の小学校に、普通の公立中学校だ。校舎も校庭も、高校と比較すれば明らかに劣る。小晴にとって、もう珍しい建物ではないだろう」
「私は建物を見たいわけじゃないんです。祈吏さんの育った環境を見て、祈吏さんの人生をよく知りたいだけです」
まったく、意味がわからん。
今更になって僕のルーツを辿った所で、精霊である小晴に何のメリットがあるのだろうか。
しかし…
僕を納得させるだけの理由とかそんなものとは関係なしに、小晴の綺麗な瞳はしっかりと僕の姿を捉えていた。
その、じっと見つめるような視線。
そんなに純粋な目でこちらを見られたら。
「断れないじゃないか」
「何か言いました?」
「いや、なんでもないが…」
もしかして、僕は押しに弱いのだろうか。
そう思ってしまうほどに、好奇心の目は僕の心を動揺させた。
「本当に行きたいのか? 僕の育った小学校。それと、中学に」
「行きたいです。水族館と、遊園地の次に行きたいです」
「そんなに立派なものじゃないけどなぁ」
面倒なことになりそうで、やはり否定的なコメントを残す。
ただ、よくよく考えてみれば、何かを見たい、これをやりたいという小晴の願望が僕に悪影響を及ぼすかと聞かれると、そうでもないような気がした。
それは、僕に意思がないから。
どうせ、やることもない。
やることがないから、他人の意思に乗っかることくらいでしか時間を潰せないのではないかと、ふと思った。
「分かったよ」
だから僕はそう言って、ベットから身体を起こす。
多少なりとも、僕はまだ、休日を睡眠だけで過ごすには勿体ないと考えられるだけの行動力は残されているようだった。
次の言葉を期待している小晴に向けて、僕はシャツの袖を通しながら言う。
「それなら、案内しよう」
これで、何度目の案内だろうか。
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