No.14『真剣に聞こうと思えば思うほど笑っちゃいそうになる』
その日の放課後、事態は大きく進展した。
その日なんて曖昧な言い方をしたけど、正確に言えば四月朔日さんと月見さんがファミレスで鉢合わせてから三日経ったのが今日だ。
んで話を戻すけど、事態は大きく進展した。
それは
俺と
多くのことがこの日の放課後に進展……否、変化することになった。
それが良いことなのか悪いことなのかは人それぞれだとは思うけれど、少なくとも俺にとっては人生で初めての『成長』に繋がる大事な日になったと思う。
「うーん、衝撃的なくらいわからん」
「なんでよ……。これ高校一年の内容なんだけど」
「まったく記憶にねぇな」
「はぁ……。穢谷って、どうやって進級してきたわけ?」
春夏秋冬はため息を吐いて呆れたような顔で腕を組む。ですから俺は教師に『奇跡に奇跡が重なり運命的な確率で進級できた社会不適合者』と言われてしまうレベルで奇跡的に進級した人間なわけで。去年習った授業内容とか一切頭に入ってないわけで。
「無駄知識に使ってる脳の容量、学校の勉強に開け渡したら?」
「それが出来るなら俺もやりたいよ」
一度入っちまったもんはもうどうしようもねぇし。俺だって勉強しないでいいなら今だってわざわざ放課後残って図書室で勉強なんてしてない。
ちなみに放課後の図書室には俺たち以外には司書の先生だけしかおらず、周囲の目を気にする必要もない。
春夏秋冬も普段教室内で緊張感のあるピリピリした雰囲気ではなく、のびのびとリラックスしている。
「でも自分から言うのは珍しいわね。テストに向けて勉強したいから教えてほしいなんて。て言っても学年末テストまでまだ結構時間あるけど」
「まぁ、俺もちょっと思うところあるからよー」
「ふーん……そう」
わかっていながらも、お互い核心には触れないように話している。ぎこちなくもないし、気まずさもない。それでも違和感だけは拭えない。
「ねぇ、なんかアレ揉めてない?」
ふと、そういって窓の外を指差す春夏秋冬。その指先に視線を向けると、そこは玄関前の広いスペース。そしてそこに二人の男女が何かを言い合っているようだった。と言うかアレは。
「月見さんと、四月朔日さんじゃねぇか?」
「あ、確かによく見たらそうね。何してんだろ」
「……ちょっと、見てくる」
「え? あ、ちょっと待って!」
単なる興味本位、知的欲求、好奇心だった。月見さんとよもぎを置いて逃げた理由が、やっぱり気になるのだ。
春夏秋冬の呼び止める声が聞こえた時には、既に俺の足は駆け出していた。図書室のある四階から玄関のある一階へと階段を駆け下りる。
すぐに後方から春夏秋冬が追いかけて来るドタドタという音がして、ちょうど一階に降りたところで春夏秋冬と俺は並走した。
玄関で靴を履き替えていると、横からスーツ姿の似合うカッコいい女性が現れた。俺はその人を呼び、こちらの存在を知らせる。
「東西南北校長」
「おや、やぁ穢谷くん。それと……久しぶりだね、春夏秋冬くん」
「こんにちは」
軽く挨拶を交わす東西南北校長と春夏秋冬。二人の間に何もないように見えて、大きな隔たりがあることに変わりはない。
「君たちは今から下校かな?」
「あ、いや。ちょっと月見さんが揉めてるみたいだったので」
「あぁ……君たちもか」
東西南北校長はそう呟いてスタスタと俺たちの先を行く。それに続くようにして俺と春夏秋冬は玄関前のスペースに出た。
「頼むよ
「……ダメだ。教えられない」
きっと何度も頼み込んでいたのだろう。理由を聞いても答えてくれない四月朔日さんに、月見さんは額に青筋を立ててしまった。さらに声を荒げて四月朔日さんに詰め寄る。
「どうして!? 言ってくれないとわからないんだよ!! アタシは也くんの気持ちをわかりたい!! ずっとひとりで悩んで、辛くないの!? アタシはもう一度……也くんと!!」
「まぁまぁ落ち着きなさいうさぎ。感情的になっても仕方ないさ」
「お、
激昂する月見さんの肩に手を置いて宥める東西南北校長。一歩前に出ると、四月朔日さんに向かって優しく諭すように言う。
「わたしも君がどうしてうさぎの前から消えたのかずっと気になっていた。マジメな君のことだ、何か理由があったんだろう?」
「……」
「話してはくれないか?」
その言葉を受け、四月朔日さんの心に変化があったのだと思う。月見さんだけでなく東西南北校長にまで不安にさせてしまっていたことに罪悪感を抱いたのかもしれない。
くるりとこちらを振り返った四月朔日さん。その表情は真剣そのもの。ぷるぷると震えながらも、ギュッと拳を握り締めているのを見るに、その理由を話すことは彼にとって恐れでもあり覚悟のあることでもあるようだ。
「ぼくは……ペドフェリアなんだ!」
「……」
「……」
「……は?」
悔しそうに歯噛みしながらそう叫ぶ四月朔日さんに、月見さんは面食らってしまったようだ。もちろん俺も春夏秋冬もすぐ理解することができなかった。
やけに真面目で真剣な顔するからどんな驚愕の事実が飛び出すのかと思ったら……ペドフェリアだと?
「ねぇペドフェリアって、なに?」
ツンツンと俺の腕をつつき、そう問うてくる春夏秋冬。何とも説明しにくいことを聞いてきやがる。それくらい知っといてくれないかね。
「まぁ簡単に言うならロリコンの上位互換かな」
「え、てことはもっと下の子が好きってこと?」
そういうことになりますね。好きなんて生易しい言い方せず難しく言うならば、まだ女性としての生殖機能が成熟していない幼児、十歳以下の子供に対して性的に好意を寄せる者のことをいう。
要するに変態だ。世に言う変態だ。
「ぼ、ぼくは、幼女モノのエロ同人で何度も何度も自慰行為してきた……! ぼくは、変態なんだっ!」
「「「「…………」」」」
膝をついて崩れ落ちる四月朔日さん。
俺も月見さんも春夏秋冬も東西南北校長も、四月朔日さんの自分は変態です宣言に何も言えない。『驚愕して何も言えない』のではない。この場合、『アホらしくて呆れて何も言えない』寄りだ。
いやしかし、四月朔日也成という男にとっては真剣な悩みだったのだろう。 だってそれが理由で月見さんの前から姿を消すべく学校まで辞めたのだから。
「君は自分がペドフェリアだから、産まれてくる子供を性的に見てしまうかもしれないと、不安になったというわけか?」
「……はい。自分の子供を性的に見てしまっている自分を想像しただけで自分が嫌になってしまって……それでぼくは決めたんです。うさぎと、そして自分の子供から離れようって。ぼくはここにいてはいけないんだって」
四月朔日さんは言いながら次第に涙声になっていく。というか普通に泣いている。
なんか、ホント真剣に聞こうと思えば思うほど笑っちゃいそうになる。こんなことで本気で悩んでるなんて、どうしたらここまでマジメな思考を持つように成長してしまうのだろうか。
「あの、ちょっといいですか?」
「穢谷さん……グスッ。……なんでしょうか」
「四月朔日さんは、実際三次元の幼女を見て、その……
少々はっきり言葉にしづらいことを、俺は四月朔日さんに問う。すると四月朔日さんは声を震わせながら『いえ』と言い、ふるふると首を横に振った。
「それなら、四月朔日さんはペドフェリアじゃないと思いますよ。あ、いや思うっていうか確実に違います」
「ど、どうして?」
「どうしてって言われても…。三次元の、リアル幼女で勃ってないからとしか言いようがありませんね」
そんな俺の言葉に女性陣はもちろん、四月朔日さんもポカンと要領を得ない顔で俺を見つめてきた。
まぁ百歩譲って女性陣が理解できないのはわかる。でも四月朔日さんよォ、男のあんたはすぐにピンとこい。なんで俺が一から全部説明せなあかんねん。いけずせんといてや? おっと、謎に関西弁ラッシュしてしまった。
俺はコホンと咳払いし、仕方なしに詳しく説明してあげることにした。マジメも度が過ぎると厄介で迷惑極まりない。
「あなたはあくまでも我々が自慰行為を行うためのズリネタとして扱われることを見越し、抜けるように描かれた幼女モノの成年向け同人作品を読んで勃っていたわけでしょ? 幼女モノで抜けてしまった自分はペドフェリアだって決め付けて、子供を性的な目で見てしまうかもしれない、タガが外れれば性的暴行だって有り得るかもしれないからって」
「はい」
「たったそれだけでペドフェリアだって決め付けるのは判断が早過ぎたと、俺は思いますけどね」
なんなら俺もそういう系の読んで抜けちゃったことあるし。でも俺はリアルで幼女とヤりたいとは思わない。描くの上手い人が書きゃなんだって抜けちまうんだよな。
四月朔日さんを見ると、まだ納得できていないようなので、俺は背中を押すようにさらに言葉を紡ぐ。
「実際幼女に対してリアルで勃ってもいないし、ヤりたいとも思ってないんですよね?」
「はい、まぁそれはそうですけど……」
「あと、よもぎがそれを証明してます。よもぎの存在は四月朔日さんが月見さんで勃ったことを現実として残しています。マジのペドフェリアなら、一個下の女の子じゃ勃ちませんから」
俺が断言するようはっきり口にすると、四月朔日さんはボソッと呟いた。
「ぼくの、早とちりだったのか……」
「……也くん」
崩れ落ちる四月朔日さんに歩み寄り手を伸ばす月見さん。その手が肩にあと少しで触れる距離まできたところで、四月朔日さんがいきなり自分の頬を殴った。
「な、也くん!? 何やって――」
「出来ればうさぎに殴ってほしいけどさ、うさぎの手を痛めさせることになるし、それにうさぎは優しいからそんなことしないと思って。だから馬鹿で間抜けな自分を自分で殴った」
「……」
「ごめん、うさぎ。ぼくが何もかも悪かった。ぼくの早とちりで、うさぎのこと傷付けた。本当にごめん」
四月朔日さんは立ち上がり、しっかりと頭を下げた。
対する月見さんはと言うと、顔を伏せてぷるぷると震え、口をもにょもにょさせている。やがて顔をパッと上げると、拳を強く握って声を大にした。
「也くんがいなくなって、アタシっ……超苦労した! ひとりでよもぎのこと、育てられるか不安でっ、よもぎが泣いてる横でアタシも泣いてばっかりだった……ッ!」
「うん、ごめんね。本当にごめん」
「うっ、うぅぅ……ッ! アタシすごいっ、大変だったんだよぉ……!」
泣きじゃくる月見さんを抱き締める四月朔日さん。優しく、それでいて強い抱擁に月見さんは涙を流しながらも顔を綻ばせた。
「グスッ……よもぎに、会ってくれる?」
「うん、もちろん。会いたいな」
「ヘヘッ。良かった……」
月見さんは鼻をすすり、笑う。四月朔日さんも目に涙を溜めながら笑う。
一件落着、と言ったところか。
月見さんと四月朔日さんの今後は二人でじっくり話し合うことだろう。俺の小さな手助けも功を成したようで良かった。
マジメ過ぎるが故に起こってしまった早とちりとすれ違い。全てはコミュニケーションの不足が原因だ。
月見さんは自分が愛されることで満足してしまい、相手への配慮が足りなかった。四月朔日さんは我慢を、自制を、配慮をし過ぎてしまった。
お互い言いたいことを口にしていればこうはなっていなかったはずだ。今の俺にドンピシャで正直考えさせられてしまう。
「よし、それじゃあ校長室に行こうか。よもぎは今ソファの上でグッスリ眠って――」
刹那、俺たちの耳に誰かの甲高い泣き叫ぶ声が届いた。
全員顔を見合わせ、駆け足で声のする方へ、校舎の中へと向かう。
靴を脱ぎ捨て、靴下のまま校舎内を駆ける月見さん。そこにあるのは焦燥と緊張のみ。
それもそのはず。だって、その声はまるで――。
きっとこの時、皆思っていたはずだ。
どうかお願いだから、頼むから見当違いであってくれと。
心の奥底では確証があったといっていいにも関わらず、俺たちは
そんなこと有り得ない、あって欲しくないと信じようとしていなかったとも言える。
しかしながら、悪い予感というものは残酷なことに当たってしまうもの。
泣き叫ぶ声に従って俺たちがやって来たのは、校長室だった。
月見さんは恐る恐る、慎重に、ゆっくりとドアを開けた。そうして見えた室内には――。
「……ッ!?」
「おやw? みんな揃ってどうしたのwww?」
――そうやっていつも通りニタニタ笑顔を浮かべ、血のべったりと付いたシャーペンを持つ平戸さんと、太ももから血を流して泣き叫んでいるよもぎの姿があった。
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