No.15『二人仲良くするのもいいけど、二人仲良く落ちんなよw?』

「よもぎ!!」

「きゅ、救急車……!」


 月見つきみさんは叫び、よもぎへ駆け寄る。四月朔日わたぬきさんは目を見開き焦った様子ではあるが、すぐに救急車を呼ばなくてはと判断したあたり、一番冷静に状況を見れていたようだ。すぐにスマホを取り出して119番に電話しながら、校舎の外へと駆けていった。

 ちなみにその時、俺と春夏秋冬ひととせ東西南北よもひろ校長は呆然と立ち尽くすのみで、見える景色から正しい思考と判断をすることができていなかった。

 よもぎは月見さんにガバッと抱きつくと安心したからなのか、また泣き声をあげ始めた。


「う、嘘……あり得ない! 私、その子の名前は出してない!!」


 春夏秋冬は突然、取り乱したように叫んで後退りした。平戸ひらどさんはそれを見てニターッと口角を上げ、言う。


「いやいや春夏秋冬ちゃん安心しなってw。君はちゃんと隠すところは隠して話してくれていたよ。ボクたちが電車の中で初めて出会ったあの時の穢谷けがれやくんみたいにねwww」

「じゃ、じゃあなんで!?」


 平戸さんは動揺する春夏秋冬の姿を見て、より一層愉快げに口の端を吊り上げる。

 そして次に平戸さんの口から飛び出した言葉に、その場の全員が耳を疑うことになった。


花魁おいらん先生に話があって校長室に来たら、ちょうど春夏秋冬ちゃんの言ってたくらいの年頃の子がいたからさーw。つい、このぐらいの年の子ってどれだけ痛くしたら泣き叫ぶのかなって気になっちゃったんだww!!」


 つまり、それはただの衝動だ。衝動的に人を傷付け、自分の知的欲求を満たしたというわけだ。

 よもぎの足には、きっと平戸さんの手に持つシャーペンで空けられたであろう刺し跡がいくつかあり、痛々しくて見ていられないと思ってしまう。

 そう思うのが普通なはずなのだ。それなのに、平戸さんの飄々ひょうひょうとした振る舞いのせいでこちらの感覚まで狂わされている気がする。

 やはり平戸凶壱は狂っている、危険だ。

 いや、危険性は前々から知っていた。飄々として常に笑っていて人懐っこい態度が、その危険性を忘れさせてくるのだ。

 それも含めて、結局のところ、平戸さんは余計危険な存在ということになるわけで。そしてその危険性に目を瞑り、逆に俺たちがその危険性に頼ってしまっていた部分もあるわけで。


「いやはやでもまさかこの子が春夏秋冬ちゃんの言ってた問題の子だとはwww。偶然の産物って、やっぱり恐ろしいねw!」

「……平戸さん。あんた、自分のやったことの罪の重さがわかってねぇよ」


 俺が言うと、月見さんが勢いよく平戸さんの方を振り向いた。ギロリと眼光を鋭くさせ、平戸さんを睨みつける。


「平戸……。お前が、平戸ひらど凶壱きょういち……?」

「えー、なになにw! 君、ボクのこと知ってるのー!? なんかヤダなぁ、ボクの知らないところで名が知れ渡ってるってのはw。きっと悪評の方が多いんだろうからさ〜ww。ホント困っちゃう――」


 そこまで言ったところで平戸さんの言葉は途切れた。月見さんのグーパンが平戸さんの顔面に入ったからだ。思いっきり横に吹っ飛んだ平戸さんを見るに、相当強烈な一撃だったことがわかる。


「ひらどォォぉお!!!」


 月見さんは壁に叩きつけられた平戸さんの胸ぐらに掴みかかり、また拳を振りかぶって顔面に当てる。

 その度にゴンゴンと鈍い音がする。月見さんの拳の骨と、平戸さんの顔面の骨がぶつかりあっている痛々しい音だ。


「お前……ッ! お前がぁあ!!」

「――」

「花魁ちゃんも!! よもぎもォ!!」

「――」

「お前がっ、いなければ!!」


 平戸さんの上に跨り、平戸さんの顔面に怒りをぶつける月見さん。平戸さんはただひたすらにその暴行を受ける。

 元より頭のおかしいことをしていた人だった。無責任にも衝動的にこの世からいなくなった方がいいから殺す、消すなどと言っているかと思えば、ある時には一度相手の攻撃を喰らってから自分が反撃することであくまで被害者の立場を保身する計算高さを見せたりもするのだ。

 だけど今回はなかなか反撃にでてこない。いや、反撃にでてこられてもそれはそれで困るのだが。ここにいる人間ではおそらく束になってかかっても全員瀕死がオチだ。

 だから平戸さんが反撃してこなくて助かる……と半ば冷静になりつつある脳で状況整理していると。


「いったいよぉ……w。いくらなんでも怒り過ぎじゃないwww?」

「クッ……!」


 月見さんの拳を片手で受け止め、むくりと上体を起こす平戸さん。月見さんとあと数センチでキスできてしまいそうなほどに顔を近づけ、三日月のように口の形を歪める。顔中を殴られている状況でできる表情じゃないことは、殴り合いの喧嘩なんて一度しかしたことない俺でもわかった。

 月見さんはその気持ち悪さに畏怖してしまったのか、後ろに飛び退く。その心に一瞬できてしまった恐怖を、平戸さんは見逃さない。


「ボクが君の大事に思ってる人を傷付けたとしても、ここまでやられたらちょっとお釣りが返ってきてもいいくらいじゃないかなw? ボクはこの通り顔ボコボコにされて、その上『お前がいなければ』なんてひどく精神的に傷付かされる言葉も吐かれた……。よもやおあいこどころじゃないぜw?」

「何がおあいこだ! お前はアタシの大切な人を二人も傷付けた! 罪も、何もない人を……ッ!」

「だとしても! 君自身は物理的に一切の傷を負っていない。なのにボクは君からフルボッコにされている。それってなんだか、不公平だと思わないかいw?」


 筋は通っている、ように聞こえる。でも結局は屁理屈で、暴論でしかない。

 罪の重さは俺であろうと俺じゃなくとも皆、平戸さんの方が重いと言うに決まっている。それは平戸さんが反社会的人格者サイコパスだと知っている上で言える。

 要するにちょっと常人とはズレた感性を持っているからという理由で、簡単には済ませられないというわけだ。


「ボクは今から君に殴り返す。でもそれは悪いことじゃあないw! 何故なら君も同じことをしてきたからだww。もちろん異論はないよねwww? 自分のやった悪事は自分に返ってくるって言うしねw」


 平戸さんの足が一歩月見さんへ近付く。月見さんは動じず、その場に立ち尽くしているが、足は少し震えていた。

 平戸凶壱の怖いところは、異常な思考から繰り出される暴論に兼ね備えた攻撃力の高さにある。彼の言う人権フル無視の狂った考えも、彼であれば容易に実行する場面が想像できてしまうのだ。

 月見さんもおそらく想像してしまったのだろう。自分が平戸凶壱にねじ伏せられる姿を。直接平戸さんの暴力姿を見たことがない人間でさえにもそのような想像をさせてくるのだから、ホントヤバい人だよ。


「あ、それとボクだけ喰らったままってのがムカつくってのもあるけど、ねっ!」


 付け加え、思いっきり身体を回転させる平戸さん。この人お得意の綺麗な回転蹴りだ。

 一度回転を始めれば、その勢いは見ての通り止まることを知らない。

 だから平戸さんは定めた狙いの前に蹴るべきではない人物が立ち塞がっても、その攻撃を止めることができなかったのだと思う。


「く、ぁッ……!」

「花魁ちゃん!?」

「あっれぇ〜w?」


 平戸さんの回転蹴りを左半身で受け止め、月見さんを守ったのはほかでもない東西南北校長その人だった。

 強烈な蹴りは高身長な東西南北校長を簡単に吹っ飛ばす威力があったが、ソファに受け身を取ることで直接の打撃以外の損傷は避けられた。


「え、何やってんの花魁先生www。わかりやすい当たり屋だなぁ〜w」

「お前なぁ……!」


 平戸さんのすっとぼけるようなワザとらし過ぎる口調。当然月見さんは額に青筋を立てる。

 幼馴染を再度傷付けられたことにより怒りからか、足の震えは止まっていた。グッと拳に力を込め、応戦態勢を取るが。


「やめなさいうさぎ」


 月見さんの腕を掴み、優しい声音で言う東西南北校長。


「な、なんでッ!? 離して花魁ちゃん! アタシは何年も前から花魁ちゃんのことを悩ませていたこの男を……いつか殴ってやるって決めてたんだ!! こんなんじゃ、足りない!」

「わぁw。すんごいいきり立ってるねぇwww」

「このッ!」


 平戸さんの煽りに今にも掴みかかりそうな月見さんだったが、東西南北校長の言葉で双方動きを止めた。


「わたしはまた、同じ惨劇を繰り返してしまった。もう二度とこんなことにはならないようにと校長になったのに、それなのに……ッ。……ま、この蹴りもその戒めだと思えば軽いもんさ」


 ギリッとこちらにまで聞こえてくる歯噛みの音。口調は落ち着いているが、心は乱れ荒れ狂っていることだろう。

 悔しくてたまらないといった表情の東西南北校長は、スーッと一滴の涙を零した。それを見て月見さんは脱力し、よもぎの元へと歩む。抱きかかえ、ふぅーと長くため息を吐いた。

 廊下の奥からドタドタとこちらに駆けてくる足音が複数聞こえる。どうやら四月朔日さんの呼んだ救急車がやって来たようだ。

 ふと、平戸さんに目を向けてみると、やっぱりいつも通りニタニタと笑っているのだった。




 △▼△▼△




「あ、君も署まで同行お願いします。お話聞かさせてもらいたいので」

「でもアタシ娘が……」


 ひとりの年配の警察官がソファに腰掛ける月見さんに対してしゃがみ込み、目線を合わせて言った。ベテランといった雰囲気で、先ほども東西南北校長の簡単な一連の流れを真摯な表情で聞いていた。

 見ての通り校長室には、救急隊員に加えて警察官もやって来ている。まぁやって来ているって言うかこっちが呼んだわけなんだけど。

 子供を守りたいという強い意志が何処かでひん曲がってしまい、罰せられるべきことをした子供さえも庇ってしまっていた東西南北校長だったが、今回ばかりは揉み消そうとはしなかった。

 平戸さんに面と向かい、『警察を呼ばせてもらう。異論は認めない』とはっきり口にした。何だかんだ、この人が生徒を見放すのを見るのは二回目だ。


「大丈夫だようさぎ。ぼくがちゃんと見てるから」

「……也くん」


 不安そうな顔をする月見さんに、四月朔日さんはニコッと笑いかける。

 よもぎは救急隊員により止血が済んでいるが、もちろんそれはあくまで応急の処置。今から病院に向かわなくてはならない。

 ソファで横になっているよもぎを、四月朔日さんはそっと抱きかかえる。

 すると、その振動でよもぎは目を覚まし、ジッと四月朔日さんの顔を見つめた。


「……」


 よもぎは何も言わなかった。だけど、初めて見る顔に対して不快そうな顔をすることもなく、安心したように四月朔日さんの身体に抱きついた。肩に頭を預け、またすやすや夢の中へと潜っていく。

 月見さんはホッと胸を撫で下ろし、四月朔日さんも何やら目を潤ませている。ほら見ろ、ペドなんかじゃなかっただろ?


「穢谷くん、ちょっといいかなw?」

「……はい?」


 小柄な平戸さんの後ろには、イカツイ身体つきの警察官がついている。こっちの警察官は新米っぽいけれど、若さからくる生き生きとした活力を感じる。

 少しでも平戸さんが変なことをすればすぐに対処するといった面持ちだ。平戸さんと警察学校で鍛えられた新人警察官、どちらが勝つのだろうか。


「可愛い後輩の穢谷くんに、人生の先輩から最後のアドバイスをあげたいんだw!」

「アドバイス、ですか……」

 

 最後のと言うあたり、自分がもうこの学校に戻ってこれないことは理解しているらしい。取り調べを進めていけば、自ずと平戸さんがしてきたその他の行いも明らかになるはずだ。

 多分、退学は免れないだろう。学校から離れるという意味では、平戸さんだけに留まらない可能性も大なのだが。

 平戸さんはジッと俺の目を見つめ、次に隣に立つ春夏秋冬を見つめる。二つの顔を見比べ、ニンマリと愉快げに口角を上げた。


「……二人仲良くするのもいいけど、二人仲良く落ちんなよw?」


 平戸さんはそう言うと、笑った。友人に別れを告げる時みたいに、何気なく笑った。

 俺は平戸さんに、さよならは言えなかった。

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