No.12『キテレツ大百科』
「ねぇ、これどういう状況なの?」
トイレから戻ってきた
「うーん、俺も詳しくわかんねぇんだけど……。この人、
「えぇ! マジ!?」
「馬鹿、声デケェよ……!」
現在、それぞれが座っている席は元々俺と春夏秋冬が着いていた四人がけテーブルのソファ側に月見さんと春夏秋冬、椅子側には俺と月見さんの元旦那という形になっている。
元旦那さんは前方から向けられる月見さんのえげつなく鋭い眼光に萎縮し、
「ひ、久しぶりですね」
「敬語」
「あ、あぁ……ごめん。久しぶり、うさぎ」
怖っ! 月見さんばり怖かばい! あ、怖過ぎるあまり
てか、俺らはここに座ったままでいいのだろうか。月見さんと彼の水入らずで話をするべき場面だと思うんだが。
「アタシよりも先に挨拶すべき人がいるんじゃねーの?」
「あ、そうだよね。……えと、初めまして。
「え、なにコロ助?」
「おい」
春夏秋冬さーん、ここはちょけるところじゃないでしょうよ。あと奥の方で接客テキトー店員さん吹きだしてるし。緊張感ねぇー。
いやでも確かに非常に興味深い名前だということは否めない。
「俺は
「
「穢谷さんと春夏秋冬さん……」
珍しい名字だなぁと言わんばかりの顔で見つめてくる
名乗られ名乗り返した結果、席を立つのも何となく憚られてしまい、俺も春夏秋冬もその場から動くことはしなかった。
正直超絶気まずい状況だ。さっさとこのパフェ食い尽くしてずらかりてぇ。月見さん睨んでるだけで全然何も言わねぇんだもん。
「……げ、元気にしてた?」
「
「そ、そっか……あはは」
何とか会話を切り出した
いやー、ここで愛想笑いは得策じゃないと思うけどなー。
そう思いはしても口にはできない。黙って成り行きを見守るしかない。
「うさぎ。逃げるなんてことしてごめ――」
「ごめん!!」
やっと出てきた四月朔日さんの謝罪を遮り、自身が謝罪したのは、なんと月見さんだった。その場にいた全員、月見さんが突然頭を下げた理由がわからず呆然とする。
先ほどまであんなに睨みつけてツンケンした態度を取っていたのに、何故急に謝ったんだ。その疑問の答えは、顔を上げた月見さんが話してくれた。
「アタシ、最初は
「ど、どうして? なんでそんなことを……!」
四月朔日さんの様子から察するに、四月朔日さん自身逃げてしまったという意識があって、その上罪悪感も感じているようだ。
つまり、やはり何か理由があって雲隠れしていたということなのだろう。月見さんからもよもぎからも距離を置かなくてはならない彼にとって何かしらの正当な理由が。
「アタシは也くんのこと全然好きだって言えてなかったし、カッコいいとも言ったことない。いつもヘタレだなとか男のクセに弱っちいなとかバカにしてばっかりだったでしょ?」
「それはまぁ、そうだったかもしれないけど……。でもうさぎが負い目を感じる理由にはならないじゃないか。……悪いのはぼくだよ。ぼくがなんの理由も喋らずに」
「いやアタシにはわかる。也くん、不安だったんだろ? 今後のことを考えた時、アタシと一緒にいるのが」
それは図星だったのか、四月朔日さんは何も言い返さず、ただ口を真一文字に結んでいた。
「也くんマジメだから、色々考えちゃったんだよね。本当にアタシと自分が愛し合ってるのかとか、セックスしたのは間違いだったんじゃないかとか。違う?」
「……」
「ごめんね……あの時に気付いてあげられなくて。アタシ、自分のことばっかりで全然也くんが悩んでるの気付いてなかった」
沈黙が流れる。
月見さんの謝罪に四月朔日さんはただただ黙って顔を伏せているだけ。何も反応を見せない。
だが、次に月見さんの口から飛び出した言葉によって彼は飛び跳ねるように顔を上げた。
「……也くん。アタシは今でも也くんが好きです」
真っ直ぐに四月朔日さんを見つめ、月見さんは告げた。それは四月朔日さんがずっと不安に感じていたことで、マジメな彼の頭を悩ませた原因になっていたことを一瞬で片付けてしまう魔法の言葉だった。
面と向かって気持ちを伝える。ただそれだけの行為がこれまで多くの人の心を揺るがしてきたのだ。言葉にするということは、とても貴い。
「だから、もし、また也くんがアタシのこと好きになってくれるのなら……アタシとよもぎと也くんの三人で一緒に暮らしてほしい。っていうか、暮らしたい」
恥ずかしさと小さな望みを涙の中に混在させ、月見さんは自分の思いを
月見さんはまた自分を好きになってくれるのならと言いはしたが、実際のところ四月朔日さんが月見さんを好きな気持ちは以前と変わりないことに気付いているはずだ。
だから一連の流れを見ているこちらとしても、四月朔日さんは絶対に首を縦に動かすだろうと、過信してしまっていた。
「よもぎ……?」
四月朔日さんの疑問に、月見さんが答える。
「ああ。アタシが名付けたんだ。アタシと也くんの子」
それを聞いた四月朔日さんはハッと何かに気付いたように目を見開き、そして顔を俯かせた。
「そう、だよね。そうだ、そうだった……」
「也くん?」
「ごめんうさぎ。ぼくはやっぱり君とは、君たちとは一緒に暮らせない」
冷たい声で放たれたその言葉。月見さんは顔を歪め問う。
「な、なんで……!?」
「子供がいる限り、ぼくは一緒に暮らせない……っ!」
四月朔日さんは歯噛みし、その目に悔しさを滲ませながら席を立った。
俺も春夏秋冬も月見さんも、心のどこかで感じていたはずだ。四月朔日さんはまた家族になるために月見さんの元へ戻ってきたのだと。
しかしその考えは裏切られてしまった。
いや、裏切られたなんて言い方はやめよう。こっちが勝手に思っていたものを結末を押し付けるのはよくない。
でも、誰もこの結果を予想していなかっただけに、ただただ押し黙ることしかできなかった。
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