第3話『アタシはもう一度……!』

No.11『休日にデート』

 二月某日。俺は春夏秋冬と一緒にお出掛け、俗に言うデートをしている。もちろん誘ったのは俺からだ。

 ちゃんと自分の気持ち、考えを言葉にして伝えなくてはいけないということは重々承知している。一二から信じていると言われた以上、この問題を解決するにははっきり口にすることが一番手っ取り早い。

 それでも俺は一縷いちるの望みに賭けたかった。セックス以外にも俺と春夏秋冬の間には何か愛を伝え合う別の方法があるんじゃないかと、信じてみたくなった。

 言葉にすることを恐れ、逃げていると言われれば何も反論はできない。さっきも言った通り、俺だってそれは問題解決、俺の蟠り、モヤモヤを晴らすには最適解だと思う。

 けれど、その結果どちらに転ぶかはわからないわけで。俺は春夏秋冬のことを嫌いになったわけではない。何度も言うように現状を維持したままの関係が良くないと言っているのだ。

 だから今日、このデートで何も得られるものがなければ、その時はこの関係性を終わらせること覚悟で言葉にしよう。


「おぉ~、結構いいじゃない! 似合ってる!」

「そうかぁ? 俺こういう系の格好初めてなんだけど……」


 俺は試着室の鏡に映った自分の全体像を見て、首を傾げる。白い薄手のパーカー、その上からデニム生地のスプリングコートという今までの人生でしたこともない小洒落た出で立ちだ。もちろん俺は選んでいない。春夏秋冬のコーディネートである。

 似合っていると言ってくれる春夏秋冬とは対照的に俺としてはこの服装に自分が見合っている自信がない。お洒落になろうと思ってお洒落な服を買いにお洒落な洋服店に入ると、なんだか自分が浮いているような感覚に襲われ、結局服を買わずに撤退してしまう。これ、陰キャが一度は抱えるジレンマな。


「大丈夫だってば。服に着られてる感もないし」

「似合ってるとしても、着慣れてないからなんかハズいんだよ」

「何それ。着慣れてないって新しい服なんだから当たり前じゃない?」

「いやこういうタイプの服を着慣れてないって意味で……」

「あ、すみませんコレどう思います? 似合ってますよね?」

「おい話聞けよ」


 俺の言葉を遮り、店員さんを手招きする春夏秋冬。店の人間に聞いたって似合ってますねしか言わねぇんじゃねぇの、そっちは服を買わせたい側なんだし。

 そう思っているとやって来たハンサムな店員は案の定『いいと思いますよ!』と爽やかスマイルを浮かべた。


「ほら、似合ってるってさ」

「うーんまぁいいか。これ買うわ」

「えぇマジ!? 選んどいてなんだけど、結構高いよ?」

「ふっ、その誰が選んでくれたかってのが大事なんだよ」

「え……なに、なんで急にキザキャラになるわけ? しかも若干なりきれてなくてダサイタいし」

「う、うるせぇ!」


 やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。でも実際春夏秋冬が選んでくれた服というだけで俺個人としてはかなり価値のあるものになる。

 インドアの極み乙男オトメンな俺にこんなシャレた格好して外出する機会はほぼないと言っても過言ではないが、こういうイマドキの若者的な服を一着くらい持っていても悪くないだろう。今日みたいなたまの外出で着りゃいいんだし。

 俺は試着室のカーテンを閉じ、着ていた服を脱いで元々着ていた私服に着替えなおす。そして春夏秋冬の選んでくれた服を綺麗にたたみ、試着室を出た。するとすぐに春夏秋冬が近付いてきて、何やら俺の手に持つ買おうと思っていた服を奪った。


「じゃ、会計は私がするわね」

「は? え、なんで?」


 俺はいきなりの謎の奢り宣言に戸惑い、動揺してしまった。


「修学旅行のこととかあって穢谷の誕生日全然祝えてなかったから、これ誕生日プレゼントってことで! ダメ?」

「いや、それは構わんけど、金あんの?」

「こっちは二百万お小遣いもらってんのよー?」

「あれ使っちゃっていいのかよ……」

「穢谷のためになら母さんも喜ぶと思う。てか喜んでくれないと困るし」

「そ、そうか。んじゃ、よろしく頼む」

「うん」


 表面上はいつもと変わらない普通の調子だ。だけどそれはどこかぎこちなく、何か違和感のあるものでもあった。

 何なんだろう、この物足りなくて寂しい感じは。上手く言い表せないが、やっぱり違うのだ。確信を持って何がとは言えないけれど、春夏秋冬との会話はこうじゃない、これではない……。

 なかなか答えの出ない悩みに悶々としているうちに、春夏秋冬は会計を終えた。紙袋を俺に手渡し、ニコッと微笑む。


「はい、誕生日おめでとう。遅れてごめんね」


 可愛い。愛おしい。やっぱり好きだ。

 それなのに、どうしてこうものだろう。


「朝から結構歩いたし、どっかで休むか?」

「うん、いいよ」


 と言ったはいいものの、時刻は正午近い。この時間からフードコートやら喫茶店やら行っても混みまくっているに違いない。

 どこかに人が少なくて落ち着ける場所はないか……。




 △▼△▼△




「で、結局ここにきちゃうわけね。でも普通に気が楽になっちゃうのがなんか悔しいわ」

「まぁもう俺たち常連並みにお世話になってるし、身体がここに居座り慣れちゃってんじゃねぇの」


 俺と春夏秋冬がやって来たのは、月見さんのバイトするファミレス。人気にんきがないから人気ひとけもないのか、人気ひとけがないから人気がないのか。どちらにせよ、いつ来てもこの店は大抵ガラ空きだ。

 デートで行き先に迷った時、ここに来れば二人っきりになれるしオヌヌメだぞ! んだけどあんまりガラ空きの時に行き過ぎると人いつもいないなぁ、経営はうまくいってんのかなぁと謎の心配をし始めちゃう可能性があるから要注意だぜチェケラ。


「なんか頼むか?」

「あー、じゃあとりあえずドリンクバー」

「了解」


 俺はベルを押し、ウェイトレスさんを呼ぶ。するとやって来るのはやっぱり。


「お待たせいたしました。ご注文はお決まりですか?」


 予想的中、一年くらい前からずっと研修中と名札に書かれたままの店員さんだ。このファミレスの研修が異常に長いのか、はたまたこの人が見た目に反して(真面目そうな『THE・学級委員長』みたいな女性)めちゃくちゃポンコツなのか。


「ドリンクバー二つとこの苺サンデーひとつ」

「ご注文繰り返します。ドリンクバー二つと濃厚ベルギーチョコと苺&バナナパフェですね」

「あ、はい……」


 あれ、俺ここで前に同じヤツ頼んだ時はサンデーって言われたんだけど。しかも同じこの研修中ウェイトレスさんに。正解どっちなのよ。

 程なくしてパフェが運ばれてきた。運んできたのは先ほどの研修中の人ではなく、月見つきみさんだった。


「お待たせしましたーってなんだ、お前らか」

「どうも」

「お久しぶりです月見先輩」

「あ、そういや聞いたぞー。お前ら付き合ったんだって?」

「うふふ、そうですよ。驚きました?」

「そりゃ驚いたよ。一二に聞いた時は全然信じられなかったもん」


 月見さんが俺と春夏秋冬が休日に二人っきりだということにつっこまないというのも変だし、俺から聞いたというのもいつどこでと追求がありそうだからなのか、月見さんは一二から聞いたことにして自然と俺たちが付き合っていることを知っていると春夏秋冬に明かしてきた。

 

「どっちから告ったんだよ、やっぱ穢谷か~?」

「あー、まぁ無理矢理俺からさせられたって感じですね」

「ちょっと何よその言い方! 私は穢谷の本当の気持ちが表に出てくるよう誘導してあげただけだよ?」

「誘導て……。無理矢理って言葉を繊細にして言っただけじゃん」

「もー照れなくていいって。気持ちは伝わってるから」

「照れてねぇよ!」

「ハハハ。相変わらず仲良いなぁ」


 小さな口論を繰り広げる俺と春夏秋冬を見て、愉快げに言う月見さん。春夏秋冬は照れ隠しに微笑を浮かべ、『ちょっとお手洗い』と言って席を立ち上がった。

 春夏秋冬の姿が化粧室に消えると同時に、月見さんは春夏秋冬が座っていた席に腰を下ろし、真正面から俺をジッと見つめてくる。何か言われることを察した俺は居住まいを正した。


「休日にデートまでできてんだから、セックスだけってこともないんじゃねぇの?」

「……それがそうもいってないんですよねぇ」

「どういう風にいったらお前の思い通りになるわけ? 正直、今の感じを見てたら普通に上手くいってると思うんだけど」


 どういう風にか。そう言えば考えたこともなかった。結局俺はどこを目指しているんだろう。現状を変えたらその後、どうすればいいんだろうか。そもそも変えれる前提で話してるけど、もし変えることができなかったら、俺と春夏秋冬は一生この関係を続けていくことになるのか。

 俺が腕組みしてうーんと唸ると、月見さんはため息交じりに言った。


「ま、アタシにとっちゃそんな風に悩めてるのが羨ましいけどな」

「悩めてるのが羨ましい?」

「初めての彼女で、初めての恋人がいる生活……何が正解で何が間違いなのかわかんないんだろ?」


 月見さんの言葉は疑問系でこそあったが、核心を突いているようだった。そしてそれは完全に図星だった。何が正解で何が間違いなのかわからない、まさしく今の俺だ。

 身体でしか愛を感じようとしない現状が良いことなのか悪いことなのか、俺は勝手に悪だとしたがその判断は正しかったのか。彼氏として彼女に寄り添うべき、であればやはり突き放すようなことはせずに復讐を手伝うべきなのではなかったか。


「こないだ言いかけてまた今度ってなってた話あったじゃん? あれの続き。アタシはさ、彼にばっかり愛してもらってたんだ、好きだよカッコいいねって言われてアタシばっかり愛されてるなって実感してた。でもアタシからは全く好きだってことを伝えられてなかった。自分ばっかりで彼のこと全然考えてなかったんだよ」

「それは、旦那さんも不安だったでしょうね」

「うん、そう。後から考えて、アタシはそれにようやく気付いた。アタシは自分のことを好きだって言ってくれる彼が好きなだけで、本当に愛していなかったんじゃないかって……まぁそれは今はいいんだけど」


 月見さんは春夏秋冬の注いできたドリンクをがぶ飲みして一息つき、すぐに言葉を継いだ。


「何が言いたいかってーと、お前はまだ恵まれてるってこと。アタシみたいにバカじゃないからちゃんと周囲と他人と、そして今の自分が見えてる。そうじゃなきゃ今そんなに悩んでない」

「……」

「だから、もっともっと悩め。んでちゃんと正解を導き出せ。アタシみたいにはなるなよ、いいか?」

「……はい」


 たった一年とは言え、この人は人生の先輩だ。そしてこの人は俺以上に様々な思い、経験を重ねている。そこらの十八歳よりもたくさん苦労を重ねていることは今までの付き合いで知っている。

 その上で俺だけにくれた言葉だ。絶対蔑ろにできない、してはいけない、するわけもない。ありがたく胸に留めておこう。


「そう言えば月見さん。こないだその元旦那さんがいたって言ってましたよね。あれどうなったんですか?」

「ん……逃げられた」

「あぁ、そうでしたか」


 逃げられたということは、本人であることには間違いなかったということなのだろう。月見さんの話を聞く限りでは、その元旦那さんとやらが妊娠したと言っただけで雲隠れするようなひどい人だという想像ができないんだが……。


「いらっしゃい。一名? タバコ吸います?」


 奥の方で接客テキトー店員さんが来店者を案内している声が聞こえてきた。フランクすぎて本当に店員なのか疑わしいレベルだ。初めて聞いたよファミレスで『いらっしゃい』って。『ませ』まで付ける時代はもう終わったのか。

 月見さんは客にウェイトレスが席に座ってサボっていると思われるとまずいと思ったのか、パッと椅子から立って厨房の方へと戻っていく。

 がそこで。


なりくん!?」


 何やら以前にも聞いたような固有名詞が聞こえ、俺は喫煙席と禁煙席を分ける磨りガラスからひょこっと顔を出してみる。そこには丸眼鏡をかけた男が月見さんを見て、驚愕といった表情をしていた。

 これはもしや、またも邂逅を果たした感じですかね。

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