No.13『バカッターは死……無期懲役で一生後悔しとけ』
いやはやいやはや……。まさか、自分から公共の面前でハグしにいっちゃうとは。自分で自分のやったことに驚いてしまう。
私、自分で思ってる以上に
悔しいことに、穢谷が他の女の子と接していると普通に嫉妬してしまった。たかだか穢谷がちょっと他の女の子と話すくらいで猛烈に嫌な気持ちになった。穢谷がそっちに
建前はまぁ少しくらい女の子と仲良くするのは良いけど、あんまりベタベタしないでよみたいにしてるけど、本音を言えばもうとにかく私だけの彼であってほしい。
私以外の異性と話してほしくないし、近付いてもほしくないし、何なら私以外の異性と目も合わせてほしくないまである。
穢谷は冗談で言っていたのかもしれないけど、好きになった女の子のことは二十四時間常に考えるっての、マジで実践してほしい。
てかもう一緒住みたい。学校二人でサボって一日中イチャイチャしときたい。さっきのハグも出来ることならもう数十分はしときたかった。いやもうそのままキスしたかった。
過去に恋をして誰かと付き合った経験皆無の私には、これが正しい彼女としての思考なのかわからない。嫉妬して当たり前なのかな。
それよりもさっきのハグ、穢谷はああ言ってくれてたけど、重いとか思われてないだろうか……。
あー、私はまた要らぬ心配を。穢谷のことをもっと信用しよう。
そして自信を持とう。私ほどの優良物件はいない。だからフラれるなんて有り得ないと。
……昔あんなにいがみ合ってたのが嘘みたいだなぁ。私はいつからこんなに穢谷のことを好きになっていたんだろうか。
ところどころ好きになってしまっているのかもしれないと思う節はあった。でもその度にそんなはずはない、何かの間違いだと自分の気持ちに嘘を吐いてきた。
結果的に、嘘を吐けば吐くほど抑えている気持ちは取り返しが付かないレベルの大きさにまで膨れ上がり、そしてあの夜に繋がる。
今思えばきっとかなり前の段階で、具体的に言うなら夏休み前のあの日、私を庇ってくれたあの時に私の気持ちは決まっていたのだ。
なんか結うの恥ずかしいから普段は左手首に巻いているこのシュシュ。これをプレゼントしてもらった時にはもうガッツリ惚れちゃってたのかもしれない。私がただ認めなかっただけであって。
私がもっと素直な性格だったら、エッチするより先に付き合うのが早かったのかな。
刹那、私のポケットのスマホが揺れた。見てみると、メッセージが一件。
『本社に戻った。朱々も戻って来てくれ』
父さ……
一歩一歩進み、本社ビルへ近付く度にこれから私から逃げた偽父さんと話をするという予定が現実となって近付いてくる。その都度、何故か心拍数が上がっていく気がした。
どうやらのこのこここまでやって来たクセに、私はまだ覚悟を決められていないらしい。
頼ることの出来る大人がいないキツさ、大変さは十年前から知っていたはずだけど今は子供、未成年の無力さを本当に痛感させられる。
子供ってホント、大人がいないとなーんにも出来ないのよね。それに悔しさを感じられないのは、きっと私の心がある程度成熟しているからなんだと思う。
そういう人は私以外にもたくさんいるはずだ。穢谷だってそう、自分が無力な未成年であることを自覚してるけど、『だから何?』というスタンスでいる。まぁ言ったら私たち世代はもう後数年もすれば酒も煙草もいける歳になって、名実共に成人を迎えるからなのかもしれないけど。
別に酒と煙草がオッケーになることが大人の定義だとは思ってない。人それぞれ大人だなぁと感じる尺度は違うし。ちなみに私は心にある程度の余裕があって、どっしり構えられるような大人に憧れる。
それに成人過ぎても馬鹿みたいにチャラけたマナーのなっていない人は大勢いる。バカッターがいい例だ。
歳をとるだけとって中身は子供のまま。そういう馬鹿な若者がフューチャーされてしまい、その他のちゃんとしてる若者が嫌な思いをしなくてはいけないのだ。バカッターはみんな死……無期懲役くらいの判決受けて一生後悔しとけば良いのに。
ちょっと話がズレちゃったけど、要するに年相応の礼儀を弁えた、年上からも年下からも頼られる大人に私はなりたい。
そんな風に考え事をしているうちに本社ビルの前にまで戻って来た。
自動ドアを通り、受付のお姉さんに軽く会釈してエレベーターに乗ろうと足を動かそうとしたその時。ふと見覚えのある顔の男がベンチに座っていた。
目が合い、男はあれみたいな顔をする。がすぐに立ち上がり、小走りで駆け寄ってきた。
「き、君もしかして
「あなた、確かうちに張り込んでた記者の……」
「そうそう! 覚えててくれて良かったー」
ところどころ白色の混じった頭髪をぽりぽり掻いて嬉しそうに笑う記者。
母さんと過去仲良かったとか何とか言ってたけど、私にまで馴れ馴れしくするのは違うんじゃないでしょうかね。記者やってたらこんな感じになるのかな。心に入り込むために人との距離を詰める的な。
「いやー、やっぱりお母さんに似て美人だね。すごく面影ある」
「そう、ですかね……?」
母さんの昔の写真と自分を比べて見たことは何度かある。その度に全然似てないなぁと思っていたんだけど。
「……ここにいるってことは、父さん待ちですか」
「ん、あーやっぱりわかるよね。そう言う朱々ちゃんはどうしてここに?」
「ちょっとした用事です」
「ははっ。そっかそっか」
私の素っ気ない態度に記者は何故か嬉しそうに目を細める。この人は自分が私にそこまで好感を持たれていないことに気付いていないのだろうか。
「朱々?」
「……父さん」
後方から名を呼ばれ、振り返るとそこには偽父さんの姿があった。偽父さんはツカツカ早足で歩いてくると、私の前に立つ記者に訝しげな目を向けた。
「あんた、何の用だ」
「ちょ、そんなに睨まなくていいじゃないですか。朱々ちゃんとちょっと話してただけですよ。何もしちゃいませんってー。それに何の用で来てるかは、あなたが一番わかってるんじゃないですか?」
「俺は聞いてるんですよ。あんたが今回の件、彼女らに手を貸したそうですね」
「えぇそうですよ。なかなか面白い話だったんですけど、枕営業させられてた割には彼女ら平気そうにしてたんでねー。ちょいとばかし信頼性に欠けましたが、私は彼女らに賭けることにしたんです」
話の流れ的にこの人がさっき穢谷がメンタルケアとやらをしていたあの枕営業タレントたちの後押しをしているらしい。
「んで、本当にさせてたんですか? 枕営業」
「させていない。例えさせていたとしても言うわけがないだろ。もう帰れ、そして二度とこの会社の敷地に足を踏み入れるな。……さ、行こう朱々」
「おー怖い怖い。それなら外で出待ちはありですかー?」
記者の軽口を偽父さんは無視し、私をエレベーターへと促す。チラッと後ろを見ると、記者は文字に起こせるほどのことは何も聞けていないのにも関わらず、満足げな表情を浮かべていた。
「朱々、アイツに何も変なこと言われてないか?」
「うん。別に何も」
「それなら良いんだが」
偽父さんは正面を向いたまま、そう言ってエレベーターのボタンを押した。
やっぱり、私のことなんて全く見ていなかった。
△▼△▼△
「早速だが、まずは謝らせてくれ。本当にあの時は悪かった」
偽父さんは私がソファに座るや否や、立ったまま深々と頭を下げた。時間にして十秒ほどはその状態をキープし、その
「アレは俺が墓場まで持っていくべき話だった。母さんのことも、俺が血の繋がった父親じゃないってことも」
「まぁ……私もそう思う」
今更謝られてもって感じだけど、その気持ちが見られただけでも少し気分が晴れる気がする。
「それに朱々から逃げるようにっていうか逃げちゃってごめん。勝手にしろなんて酷すぎるよな」
「……」
「許してくれなんてことは言わない。今こうして謝ってるのだって俺のただの自己満足だ。でも、朱々を傷付けたってことは本当に悪かったと思ってる。それだけは、わかってほしい」
「うん。……わかってるよ」
本当の父親じゃなくとも、学費食費生活費諸々私に対してお金を使ってくれていたことには感謝しても仕切れない。
だからあれだけのことを言われて傷付きはしたけど、私はこの人を恨んではいない。むしろ母さんが人気を得ていた秘密も知ることが出来たから、良かったと言えば良かった。
強いてちょっと苛立つことは、一度は私をきっぱり見捨てたクセに今になってこうして平謝りしているところだ。今の偽父さんの態度を見て、整理していた気持ちも揺り動かされて乱雑になってしまった。
どうして急に私に優しくするのか。何故今になってここまで呼んで謝りなんてしたのか。
わからない。私はこの人のことを何も知らない。きっとそれはあっちだって同じなんだろうけど。
「話は変わるんだが、朱々は進路はどうするつもりなんだ?」
「大学受験するつもりだったんだけど、まぁ普通に無理かな。そんなお金無いし」
「やっぱりそうだよなぁ」
偽父さんは腕を組んでうんうんと何度か頷く。
「そこでなんだが……」
偽父さんはひとつ咳払いをして、改めるように私に向き直った。そして次いでこんなことを問うてきた。
「うちの事務所に所属して、モデルをやらないか?」
「も、モデル……?」
「そうだ! そうすれば、お金も稼げるから大学行く資金にもなるし、その
「ちょ、ちょっと待って!」
怒濤の勢いでまくし立てる偽父さんに、私は待ったをかける。偽父さんは立ち上がった私を見てキョトンとした顔で固まった。
「あなたは……私を母さんみたいにしたくて育ててたの?」
「え?」
「将来母さんみたいな人気者に出来るかもしれないって、そう思って私を今まで育ててきたの!?」
「い、いやそういうわけじゃ……」
「嘘……ッ! 今まで全然私のこと見てこなかったクセに今になって何!? 事務所がヤバい、自分がピンチの時に都合良く私を呼び出して! ふざけないでよ!」
すごく不愉快だ。自分がこの男に道具みたいに考えられていることに猛烈に腹が立つ。
私は母さんが死んだ十年前から、この男に家畜のように食べさせられていたのだ。この男の手のひらの上で踊らされてきたのだ。
コイツにとって所詮私は手札のカード、駒、人形であり、使える時が来るまで一切見向きもしてこなかったのに、満を持して今使われようとしているわけだ。
胸が苦しい。信じていたわけでもないけど、裏切られたような気持ちだ。
「ま、待ってくれ! 俺はそんなつもりは――」
「うるさい! 私は、モデルなんて絶対しない……! もう二度と私に近付かないで、関わらないで!!」
どうして今まで偽父さんが私を育ててくれていたのか。それが明らかになった今、私の心は荒れていた。
今は何も信じられない、信じたくない。私の身近の大人はみんな悪だ。こんな大人、
自分に降りかかる理不尽と不条理に、もう耐えられそうにない。ここでもまた、子供の無力さを痛感させられてしまった。
部屋の外に出ると、扉のすぐ横の壁に平戸先輩が寄りかかっていた。平戸先輩は私の顔を見て、いつもと変わらぬ不快感のあるニタニタ笑顔を浮かべて言う。
「ここからすぐ近くにネカフェがあるよ。変な男にはくれぐれも気を付けて泊まるようにねww」
サイコ先輩の笑顔を一瞥し、私は本社を飛び出した。そして平戸先輩の助言に従い、ネカフェで一夜を過ごした。
あくまで過ごしただけ。一睡も眠れはしなかった。
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