No.12『最高級スイート過ぎると庶民は楽しめねぇ』

「お話は終わったよーだね!」

「あぁうん。終わったわよ」


 時は満ちたと言わんばかりの顔をした雲母坂きららざかさんに、温度差バリバリある冷めた目で応じる

 しかし雲母坂さんはそんな従姉姪いとこめいの様子など気に留めず、俺に向かってスマホの画面を見せつけてきた。


「さっきマネージャーからメッセージ送られてきたんだけど、劉浦高の校長先生から穢谷けがれや葬哉そうやくんにだって。なんか、今日泊まる場所の連絡みたいですよ」

「あー、そうか。俺今日ホテルなんだった」


 春夏秋冬と平戸ひらどさんに会った衝撃でそのこと完全に忘れてた。


「穢谷くんホテル用意してもらってるのw? 羨ましいなぁw。ボクなんて昨日から事務所のかったーいソファだぜww?」

「まぁ俺は明日起きたらすぐ帰るんで。言うてほんの少しの贅沢ですよ」


 それも人の金でだ。人の金で出来る贅沢ってホント良いよなぁ。

 何が良いって贅沢するにはどうしても費用がかさんでしまうものなのに、自分の手持ちを一切使用せずにそれが出来てしまう。なんか余計わかりにくくなった気がするけど要は奢りって最高だよねってことです。


「マネージャーは車で送っていくよって言ってるけど、どうしますか?」

「あー、いやいいよそこまでしてもらわなくて。観光も兼ねて歩くから」

「そうですか。それじゃあ送迎は無しということで連絡します!」


 雲母坂さんはビシッと敬礼し、スマホを耳に当てながら部屋の外に出ていった。


「えぇー、穢谷くん帰っちゃうの?」

「さみしーい。もっと私らの愚痴聞いてよー」

「ふっ。こっちは願ったり叶ったりだな! お前らみたいな小汚いタレント共のことなんかもう知らん!」

「うわ、ひどっ!」

「やっぱとっとと帰れ中途半端顔!」

「サイテー男〜!」

「イイ……もっと罵って欲しい///!」


 などとゴチャゴチャうるさい女性陣。その表情が笑顔なのを見るに、そこまで本気で寂しがってもいないようだし、最低だとも思っていないようだ。そして最後のヤツはやっぱりただのドMだと思う。

 ふと、隣に立つ春夏秋冬を一瞥してみると、何やら俺に今すぐにでも人を殺しそうな目を向けている。と言うかもう俺が殺されちゃうんじゃないかぐらいの鋭い眼光をしていらっしゃる。

 何でそんな目を向けられているのか、もちろん重々承知だ。ついさっきの今なのだから。全く俺ってば、反省っ!

 とにかく俺は片手を枕営業タレント勢に挙げて言う。


「えっとー、それじゃホントにまた」

……?」

「じゃあな!」


 春夏秋冬さんもうガッツリ嫉妬感情前面に出すんですね。怖いので是非ともやめて頂けると嬉しいです。

 幸いにも女性陣たちは『バイバーイ』と挙動不審な俺の様子を気にすることもなく手を振り返し、春夏秋冬の方も不満げな顔は変わらなかったが、それ以上のアクションは起こさなかった。


「あ、はーい。わかりましたお疲れさまでーす」


 第二会議室を出ると、雲母坂さんがちょうど電話を終えたところだった。今回はちゃんと普通のマネージャーさんを付けてもらえたのかな。


「あ、葬哉くんありがとうございます。みんなすごい元気になったみたいです!」

「まぁ、元からアイツら元気だった気がせんでもないけど」

「あはは! そーですかねー?」


 いやどう見てもそうだったでしょ。こう言っちゃなんだけど、あれほど枕営業に対して余裕のあるクズギャルは初めて見たよ。

 というか滅多にいるようなキャラじゃないはずなのに、あの部屋の中に同じような思考の持ち主が複数存在していたのだ。ずっとあそこにいたら悪い方向に感化されてしまいそうだ。

 まぁ彼女らの性格上枕営業の強要ということに対しての精神的ダメージはゼロのようだったが、心労が全く無かったと言っても嘘になるだろう。

 俺との数分間の会話で当初の目的であるメンタルケアが出来たかどうかは実際彼女らに聞いてみないとわからないけれど、美しく清々しいまでのクズに悪いヤツはいないという自論の元、彼女らの精神的疲労が少しでも取り除けられていたら幸いだ。

 俺としては久々に清々しいクズを感じられて気持ち良かった。クズ成分補給出来た。清々しいまでに隠す気ゼロのクズって、逆にめちゃくちゃ信頼おけるまである。いや、やっぱそれはないか。結局クズだし、すぐ裏切られそうだし。


「まーもう会うこともねぇだろーし、どうでも良いけどな!」

「イイねぇw! 穢谷くんのその超絶ドライな性格ボク好きだぜww」


 野郎に好きとか言われても何も嬉しくねぇー。東京では男にまで好かれるのか俺(自惚れ)。


「えと、それで葬哉くんが泊まるホテル、六本木にあるのでそこまで遠くないんですけど……かなりお高いところですよ?」


 雲母坂さんが『本当にここで合ってます?』的な顔をするので、俺は頷いて言う。


「うちの校長頭おかしいから大丈夫。お高いホテルなんだったらそこで合ってるよ」

「そ、そうですか。じゃあホテルの名前なんですけど……」

 

 雲母坂さんは俺にスマホの地図アプリを見せながら、ホテルへの行き方やチェックインの仕方などを説明してくれた。位置的には東京駅に戻る形になる。

 加えてここからそのホテルまでは歩いて行けなくもない距離なので、帰宅ラッシュでえげつい人の数となっているであろう電車を利用するのはやめた方がいいとの助言も。


「オッケー。ありがとう雲母坂さん。東京の街並みを見て回りながら、のんびり歩いて行くわ」

「私も一緒に行く。良いでしょ?」

「おぉ、そりゃ全然構わんけど。親父さんと話をしなくちゃいけないんじゃねぇの?」

「あの人にはこっちに戻って来たら連絡してもらうようメールしとくわ」

「そか」


 それで良いんなら俺はもう全然来てもらって構わないです。むしろ来て欲しいです、何なら一緒の部屋に泊まりたいです。


「東京の夜の街は怖いからね〜w。春夏秋冬ちゃん、穢谷くんをホテルまで見送ったら、途中道行く人に話しかけられても一切応答せずに戻ってくるんだよw。何されるかわかんないからねww」

「はーい」


 初めて平戸さんの口から先輩っぽいアドバイスが飛び出した。サイコ先輩にも良識が一切無いわけではないようだ。夜の東京が怖いということが良識の範疇なのかどうかは定かはではないが。


「今日は私の頼み事を聞いていただいて本当にありがとうございました! せっかくの東京、色々観光して帰ってくださいね!」

「あぁ、そうするよ。……春夏秋冬、行くか」

「うん」


 そうして俺は雲母坂さんにひらひらと手を振って、春夏秋冬と共にオリカープロモーション本社を後にした。

 さらばだ、絶賛炎上中会社よ。




 △▼△▼△




 オリカープロモーション本社を出ると、空はすっかり黒一色と化していた。しかしながらちゃんと夜のはずなのに、一瞬夜ではないと困惑してしまいそうになるほどの異常な明るさがあった。

 要するにどこもかしこも、右見ても左見てもギラッギラに照明が光り輝いているのだ。俺たちの地元も街の方に出れば少しは明るいだろうが、東京はスケールが違う。

 やっぱり流石は大東京様だ。日本のランキングは東京が一位で確定だな(当然)。

 そして俺と春夏秋冬はそんな眩しい東京の街を観光がてら歩いてホテルを目指した。スマホのナビに途中途中従わず、聞いたことある観光地的な場所を見て回った。

 従わずと言っても、修学旅行でも立ち寄る場所だ。あまり色々見過ぎて当日つまらないというのもアレなので、国会議事堂やら皇居やらナビの道から逸れ過ぎない程度である。

 まぁ結果的にデートのような形になって俺としては頭に大が付くほど満足だった。

 ホテルが近付いてきて、俺は触れていい内容なのか悩んでいた質問を春夏秋冬に投げかけた。


「今日、あっちからどんな話をしたいとか聞かされてんのか?」

「ううん、何も知らない。だから怖いんだよねー、何言われるかわかんないし」


 枕営業の強要が発覚したこのタイミングで話がしたいとの申し出だ。何か関係しているに違いない。

 もし関係無いにしても、この炎上で心揺り動かされた可能性はある。


「春夏秋冬はどう思う? 枕営業のこと」

「それは枕営業自体の良し悪しについて? それとも枕営業を強要してたっていうあの男について?」

「まぁ別にどっち答えてくれても良いけど、出来れば後者の方を聞きたい」

「そうねー。私は正直真実がどっちだろうとどうでもいいかな。あの男のことを私はもう赤の他人だと思ってるから。でも、そう思えてないから私はのこのこ東京にまで呼ばれて来ちゃったんだろうけどね」


 自分で自分に呆れてしまうといった感じで『でも』と付け加える春夏秋冬。思ってるではなく、正しくは思いたいなのだろう。

 客観的に冷めた目で私情を挟まず見れば、なんて健気で人を信じようとする子なんだろうか。

 父親だと思っていた人から自分のあまり喜ばしくない出生の話を聞かされ、自分は父親ではないとカミングアウトされた。それなのに春夏秋冬の中にはまだそんな父親もどきを信じようと、信じたいと思う気持ちが残っているのだ。今日こっちに来てほしいと言われて今日新幹線に乗ってまでやって来たのが良い証拠。

 本当に、これ以上彼女を傷付けないでほしい。恋人としてではなく、春夏秋冬朱々を知っている穢谷葬哉という一人間として切に願う。

 そうこうしているうちに、件の高級ホテル前まで辿り着き、お互い立ち止まった。

 春夏秋冬は名残惜しそうな表情を隠すことなく浮かべ、小さく胸の前で手を振る。


「それじゃあ、またね。おやすみ」

「おう。おやすみ」


 言って、春夏秋冬はクルリと踵を返した。もちろんながら俺も名残惜しいのは一緒で、春夏秋冬の背中が見えなくなるまで見ていようと思って、ジッとその場に立ち尽くしていた。

 がしかし。突然春夏秋冬がくるっと回転し、こちらを向く。そして闘牛のごとく猛烈な勢いで俺の胴体にタックル……否、ハグしてきた。


「春夏秋冬? どうしたんだよ」

「ごめん、ガマンできなかった!」


 俺の学ランに顔を押し当てたまま返答したことで、くぐもった声になる春夏秋冬。

 それでも彼女の気持ちは十二分に伝わった。俺も手を春夏秋冬の後ろに回し、優しく力を込める。


「いや良いよ。俺だってその、まぁ、結構抱きしめたいと思うことあるし」

「そーなんだ……意外だけど、嬉しい」

「そうか? 俺は好きになった女の子のことを二十四時間常に想い続けることで有名なんだぞ」

「ふふふっ。聞いたこともないわねー、どこで有名なのよ」


 そうして数秒間抱き合っていた俺たちだったが、どちらともなく離れ、今度こそ本当におやすみを交わした。あー、チクショー。超可愛い、自分が春夏秋冬に本気で惚れていると改めて実感する。

 春夏秋冬の温もりを感じ、心も身体もホクホクしていた庶民の代表のような俺がその後、一泊数十万する高級ホテルの洗礼を受けたことは言うまでもない。

 やはり最高級スイート過ぎると庶民は楽しめねぇ。

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