エピローグ

『天下の時間様でも解決出来ないかもなぁ』

 文化祭明けの月曜日。私はいつものように目を覚まし、いつものようにひとりで朝食を済ませ、いつものように電車に乗って学校に登校した。

 文化祭の放課後にクラスの連中に向かって思いっきり悪口を吐きまくったからなのか、と言うか確実にそれが理由なんだろうけど、ライングループは退会させられてしまい、おそらくほとんどの人間にブロックされている。だけど自分でも驚いたけど、案外ショックじゃなかった。当然だろうなと思ってた節もあったし。

 一日人からラインが来なかったのが久し振りなくらいで、今のところ他には何も変わった点はない。ここまでは普段通りだ。

 と思ってたんだけど……。


 何やら電車に乗ってから周囲からの視線がすごい。うちの高校の制服着た生徒たちが私を見てはヒソヒソと何か話している。猛烈に不快だ。ヒソヒソ話以上に嫌いな話はない。

 それにしても一体何なんだろう。もしかすると既に私の腹黒話が出回っているのかな。だとしたらものすごい情報伝達スピードだ。ものの一日で私が腹黒であると少なくとも今電車に乗っていて私を見てヒソヒソ話している複数人には知れ渡っていることになる。しかも私はその複数人たちを全く知らない。一体どこから漏れたのか……諏訪すわっぽいなぁ。


 その後電車を降り、歩いて学校に向かう道でも劉浦高の生徒は私のことを大抵一瞥してきた。横目で見ては腫物を見る目で追い越していき、逆に私が追い越すと後ろでクスクス笑う声が聞こえてきたりと、今にもブチギレそうになる場面がいくつもあった。

 どうやら私が思ってる以上に噂は広まっているのかもしれない。噂って言うかがっつり事実なんだけど。


 だがまぁ気にしても仕方がない。そのうち収まるだろう。こういうのは時間が解決してくれる。時間様々だ。

 そんな風になるべく楽観的に考えるよう思考をシフトさせていると、下駄箱に辿り着いた。まずローファーを脱ぎ、それを手に持って自分の靴入れを開く。そしてローファーと上履きを入れ替えるため、ローファーを持った逆の手で上履きを掴んだその瞬間。


「ひぇ……っ!?」


 私は小さな悲鳴をあげてしまった。上履きがぐしょぐしょに濡れていたのだ。私の悲鳴に周りにいた何人かは訝しげな目を向けて、すぐ外方を向いた。

 一度ローファーを地面に落とし、再度上履きを持ってみると、やっぱり上履きは濡れている。とても履けるような湿り具合じゃない。靴入れの中は濡れた上履きから滲み出た水が溜まっていて、まるで雨の日のようになっている。

 どうしてこんなことに……。いや、理由はわかってる。私への悪意が無かったらこんなことしてこない。無差別にこんなことやってるんなら迷惑もいいとこだ。


「よー」

「あぁ穢谷……おはよ」


 突然後方から声をかけられた。振り向くと、そこにはとろんと眠そうな目をした穢谷がいた。

 穢谷は自分の靴入れから上履きを出して足を入れる。その穢谷の顔は平然としていて、眠そうな目に変化はない。穢谷の上履きは濡れていないようだ。


「なんでソレ持ったまま固まってんの?」

「あっ、いや! 何でもないの……ちょっとね」

「……ほーん」


 私は穢谷の指摘に何故か上履きを後ろに隠してしまった。穢谷はチラッと黒目だけ動かしてその後ろに隠れた上履きを見て、何も気付いていないような顔をして教室の方に行ってしまった。

 さっきは時間が解決してくれるとか腑抜けたこと考えてたけど、これはちょっと天下の時間様でも解決出来ないかもなぁ。

 濡れた上履きが当たり、お尻側のスカートがじんわり湿っていくのを感じながら、私は『ふぅ』と小さく息を吐き、上履きを床に置いて足を入れる。案の定、今度は靴下がじんわりと湿っていく気持ち悪く不快な感覚に襲われるのだった。




【Vol.5終了】

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