No.22『……どうだ? 最下層からの景色は』
春夏秋冬の涙が収まり、俺と春夏秋冬は沈みかけている夕焼け空の下、帰路を辿っていた。季節は気付けばもう冬、陽の光が見えなくなるに連れて冬特有の鼻をツーンとさせる冷たい夜風が運ばれてくる。
「本当に良かったのか? 母親よりも人気者になって葬儀を盛大にしたかったんだろ?」
「うん……それはもう、いいのよ。終わったことだし」
俺の問いに答える春夏秋冬の横顔はとても綺麗だった。俺の主観かもしれないが、孤独を感じている春夏秋冬は普段より一層美しい気がする。
「だけど、私の中では母さんはいつまでも尊敬できる人で自慢の母親よ。きっと私には母さんみたいな素質は無かったんだわ。ただそれだけ」
「……そうか」
春夏秋冬はなるべく軽い調子で言っているようだが、その声音はどこか悔しそうで、やはりすごく葛藤した結果決めることが出来た覚悟だったのだろう。やっぱり、コイツは強い人間だ。今日の出来事が無く、ずっと人気者でいられたのなら、多分母親を越えることが出来ていたはずだ。
俺が黙ると、今度は春夏秋冬が口を開いた。
「それよりも穢谷ありがとね、さっきは擁護してくれて。私、実は結構ビビってたんだ」
「ほーん。あんなにボロカス言ってたのに?」
「そうよ。あんなにボロカス言ってて、内心めちゃめちゃビビってたの。教卓の下で足ガクガクしてたんだから」
その様子を想像してみて少しクスッときてしまった。あれだけ人を傷付ける暴言と悪口叩いていたというのにその下ではガクブルだったなんて、良い意味で滑稽だ。
「あんたらドロップアウターには平気で悪口言えるのに、いざ教室の前に立って大勢を前にして、その大勢に悪口を言うって考えたら、足震えちゃったのよねー」
「まぁ、普通そんなもんじゃねぇか?」
俺がもし春夏秋冬の立場だったら、今まで仲良いフリしてた人間を傷付けるなんて怖くて無理だ。そもそも教卓の前に立つことすら出来なかったと思うし。
「あ、そう言えばさ。穢谷、なんでさっき拍手してくれたの?」
「……別に。拍手したい気持ちになったから拍手しただけだよ」
「ふーん、そっか。……アレ、普通に嬉しかった。ありがと」
今日だけで三回もコイツから感謝されてしまった。もう違和感は感じない。俺もようやく春夏秋冬からの『ありがとう』を素直に受け止められるようになってきた。
「てか、あんたらドロップアウターって言い方はおかしいんじゃねぇか?」
「え?」
「お前も、今日からドロップアウターだろ? 今やお前は俺たちと同じ底辺の、いや下手したらそれ以下の存在だぞ」
「ふふっ、そうね。そうだったわ」
心の底から楽しそうに笑う春夏秋冬。俺はそんな彼女に対して、こんな問いかけをしてみた。
「……どうだ? 最下層からの景色は」
春夏秋冬はゆっくりと目を閉じ、天を仰いだ。そして今度はニヤッと愉快げな表情で俺の問いにこう答えた。
「サイッテーかな!」
「……だろ?」
底辺を生きる人間の先輩として、俺は春夏秋冬へ得意げにニヤリと笑い返した。
明日からの春夏秋冬の高校生活は今までとは全く違ったものになる。クラスで空気のように扱われるかもしれないし、はっきりとイジメのようなものが始まるかもしれない。
これまで学校中の人気者として生活してきたのに、いきなりカースト下位へと転落した春夏秋冬がそんな生活を許容出来るかどうか、俺は少し心配なのだが、春夏秋冬が本当に強い人間であることを信じるしかない。これ以上彼女の身に何も起こらないことを祈るばかりだ。
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