No.18『優しくする必要のない人間だって存在する』
学校に到着し教室を覗いてみると、まだそこまで人数は揃っていなかった。俺の危惧していた多くの人間が既に来ていて、ガラッと扉開けた瞬間クラスの連中の視線が俺に向き、『あ、お前来たんだ』的な目をされるということにはならなくて助かった。
まぁ少人数でも若干その空気は流れるんですけどね。さっきまで仲良さげに会話してたのに、俺が入ってきた瞬間静かになって横目で見ながらコソコソ何か言ってらっしゃる。うぜぇ、何よりもそんなことを気にしてしまう自分が一番うざい。
「よっ、
「俺より早く来てて早いんだねって皮肉か?」
「違うよ。おれ、絶対葬哉来ないと思ってたから。ありがとう来てくれて」
おい眩し過ぎて見えねぇよ。来てくれてありがとうってお前、聖人君子過ぎんだろ。
でもな聖柄。
「他人に優しくするのも良いけど、優しくする人間はしっかり見定めた方がいい時もあるからな」
「え? どういう意味?」
「いんや、なんでもねぇよ」
強いて言うなら、クラスのゴミから学校のカースト上位者へ向けてのささやかなアドバイスだよ。世の中、優しくする必要の無い人間だっていることに気付け聖柄。
俺はそれを口にはせず、心の中でだけ忠告したが横で俺と聖柄の会話を見ていた掌がぽっと何気ない調子で言った。
「優しくしてあげるに値しない人もいるってことを言いたいんだよね
この女、なかなかわかってるじゃないか。俺の言いたいことがしっかり伝わっている。まさにその通りだ。再び俺の中で掌の好感度が爆上がりした。
しかし掌さん、相変わらずどこかで聞いたことのある声をしている。会話はしたことないはずなんだけど、どうしてか聞き馴染みがあるんだよなぁ。
「えー、おれそんなつもりないんだけどな」
「だって人に甘く、自分に厳しい具現化したみたいな性格してるじゃん」
「それを言うなら
「私がなーに?」
聖柄の物言いに突然俺の後方から反応する
俺はホッとしてふと春夏秋冬の顔を一瞥してみると、何やら悔しそうな顔をしていた。……コイツ、俺を驚かして『んぅっ!?』って言わせる気だったな? 性格ブスの道突き進み過ぎじゃないですかねチミ。
「あ、来てたんだ朱々」
「おはよ。ていうか朱々今日髪型違う! 可愛いー」
「うん。たまにはね〜」
そういう春夏秋冬の髪は確かにサイドポニーに結われていた、いつかの俺がプレゼントした淡い虹色をしたシュシュで。
チクショー、これごときでちょっと嬉しくなっちまうとか、
俺が過去の黒歴史に浸っていると、やかましい声と共にやかましいアホがやって来た。
「うぃ〜っす! おっ、まだあんまし人来てないな! あぁ! 朱々髪型がいつもと違う!!」
「えへへ〜、そだよー。でもごめん、そのくだりさっきしちゃった」
「うわっ、マジかよ一足遅かった感じ〜?」
春夏秋冬は『しちゃった』のところで首を少し斜めに傾け、イタズラが成功した無邪気な子供のような笑顔を
流石は吉岡里帆似(表)と新垣結衣似(裏)の顔を瞬時に切り替える女といったところか、本当に春夏秋冬は様々な表情を使い分ける。喜怒哀楽はもちろん、先ほどのように無邪気な子供のような顔をしたり、こちらがため息すら出てしまうほどに美しく
内面さえ知らなければ、やはり諏訪のように惚れてしまうのも当然のことなのかもしれない。
……いや、内面さえと言うのは違うか。今の俺は性格ブスだけを知っている穢谷葬哉ではない。何故人気を欲し自分を高めるのか、その理由を本人から教えてもらった穢谷葬哉なのだ。
春夏秋冬が誰にも話したことのなかった話を聞いた人間として、その事実を考慮に入れないなんて俺の中に僅かに有る常識と道徳が許さない。
春夏秋冬の内面は一体どっちが本物なんだ。それともどちらも本物なのか。もし彼女の性格ブスが人気を欲する過程で出来上がったものなのだとしたら、それは母を越えるために人気を欲するという大きな目的を達成することにおいて必然、非意図的に生まれてしまうものと言い換えることも出来る。
であれば。
彼女が仲良いフリをしているヤツらの愚痴暴言を叫びながら教室で机椅子を殴る蹴るしてストレス発散するのは仕方がないことで。無意識のうちに周囲の空気を操るように行動することも仕様がないことなのかもしれない。
思い返せば確か春夏秋冬は父親に少し苦手意識があるとのことだった。自分のことをちゃんと見てくれていないと。母親の死んだ七歳の頃から本当の自分を内に隠し、味方相談役は誰もいない状態で自分を追い詰め高め人気者になるのだと自身を言いくるめてきたのだ。よくもまぁ今まで破綻せずに生きてきたもんだ。それだけ母の死から受けた影響が強かったのかもしれないが。
とまぁこういう言い方をすれば、春夏秋冬に非は一切無いように見える。
だがしかし、愚痴暴言を吐いている時点で春夏秋冬の方が絶対悪だと言ってしまえばそれで話は終了。非は全て春夏秋冬にある。
だから春夏秋冬について問われたら今のところ俺はこう答えるしかない。外見はパーフェクト、内面ハーフ&ハーフだと。
つまり捉え方によっては彼女は母の死に屈せず自分を高める強い女性でもあるが、母を越えるという名目で人に悪口を言うことを自分の中で承認している女でもあるわけで。結局、何もかも人がどう捉えるかの主観が全てなわけなのだ。
じゃあ、俺は俺の主観で見たときに春夏秋冬朱々という女の子をどちら側に捉えるのか。春夏秋冬を悪と捉えるか、はたまた春夏秋冬を善と捉えるか……。
多分、どう悩んでもどれだけ思考を巡らせても結果は同じだと思うけど、俺は春夏秋冬を善だと捉える。いつも春夏秋冬は猫被って周囲に周囲の求める春夏秋冬朱々を見せる。猫被りの完璧を演じている春夏秋冬朱々は自分の本心を口にはしない。自分の本心は二の次で自分の思ってることとは違うこと、つまり嘘を吐くことで周囲を取り巻く空気を操る。
だから春夏秋冬は常に嘘を吐いて生きているのだ。俺はそれが嫌いだった。嘘を吐いてまで人気を求める意味もわからなかったし。嘘を吐いてストレスまで溜めて人気者になる意味もわからなかったから。
そんな中で春夏秋冬は俺に唯一あの話をしてくれたのだ。母親が死に母親を越える人気を得たいという話を。
悪口、暴言以外で彼女の本心、核心を見聞きして身内贔屓なのかもしれないけど、俺は彼女を悪だとは捉えられない。
俺は彼女を、彼女の愛する青春を殺してやると何度も息巻いてきた。
でも今は、それなのに今は。彼女が人気者であってほしいと、そう思ってしまっている。これが嫌いで常にいがみ合っていた春夏秋冬の核心に触れ、俺の春夏秋冬への感情が変化した結果である。
認めよう。俺は春夏秋冬を応援したいのだ。いつまでも人気者でいて欲しくて、それでいて俺とこの曖昧な関係性で良いから関わりを保っていて欲しいのだ。例え俺が春夏秋冬と中学時代に交わした、俺は春夏秋冬の好きな青春を殺すべく、そして春夏秋冬は人気者を貫き通すという勝負とも取れる約束に終止符が打たれたとしても、俺は彼女に一緒にいて欲しいんだと思う。
好きでもない、付き合ってほしいわけでもない。ただ、このまま現状を維持したい。嫌っていたはずで変えなくてはいけないと、壊さなくてはいけないと思っていた馴れ合いの関係でもいいから、この状態でいたい。
それが俺の春夏秋冬をどう捉えるかという自問自答から出てきた本心だ……。
「おーいどしたんだ穢谷! スッゲェ顔してるぞ!」
「は? なんだよスッゲェ顔って……」
「いっつも暗い顔なのになんか、雰囲気違うんだよ!」
「でも諏訪が指摘した瞬間にいつもの顔に戻ったね」
スッゲェ顔ってなんだよ。語彙力皆無かお前。
俺が諏訪への目線をギラつかせているうちに、クラスの連中は続々と集合しだした。俺は先ほどまで会話していた輪の中にヤンチーギャル
程なくして文化祭の準備が始まり、小道具音響照明などの裏方とステージに上がる演者で別れた。小道具の製作をしながら横で演者のセリフ練習を見ているうちに、時刻は午前近くになり休憩になった。
「珍しいわね」
「おぉ、春夏秋冬か。珍しいってなにが?」
自販機にひとり飲み物を買っていると、またも唐突に後方から春夏秋冬が声をかけてきた。
俺の問いに春夏秋冬も自販機に小銭を入れながら答える。
「準備始める前のあの顔のこと。諏訪がスッゲェ顔って言ってたヤツよ」
「あー、アレか」
「私、あんたがあんなに清々しい顔するなんて思わなかったわ。なんか悩みでも解決したの?」
「……清々しい顔か。俺そんな顔だったんだな」
「え、自分でわかってなかったの?」
わかってなかったよ。何せ清々しい気持ちになったのは久々過ぎて自分が清々しいと感じていることに気付いていなかったんだから。
「うんまぁ、解決したって言うかようやく結論を出せたって感じだな」
「相変わらず的得ない言い方するわね、まぁいいけど。んじゃ、私先戻ってるから」
そりゃ的を得ない言い方するしかないだろ。
あの約束、お前の勝利で終わったんだぞとは言えないからな。
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