プロローグ
『新たな出会いは予想外』
九月一日。この日は俺の通う
夏休みが長い方が良いかと問われれば、大半の学生が『Yes』と答えるだろう。しかしながら人間の心理は面倒なことに、ある一定の固有期間が長ければ長いほど、終わるのが憂鬱になってしまう。夏休みに限らず、友との別れ、身内の死などなど。期間の長さとその際に生じる様々な感情の大小は比例関係にあると言える。
事実、俺
『以上で二学期始業式を終了します。一同、礼』
名前も担当教科も何年生担当なのかもわからない教師のマイクを通した声で、直立し校長の話を聞いていた生徒たちはまばらに腰を折った。
あぁー、本格的に学校が再開されてしまう……。ヤダなー、ダルいなー、夏もう一回ループしてくんないかなー。トラックに轢かれて蛇の能力手に入れて秘密組織に加入して敵に立ち向かって負けてループしてくんないかなー。来年の夏に期待しよう。
そんな風に非現実世界に心を置いて憂鬱感を紛らわせながら、教室に戻り帰りのHRでベラベラ喋る担任の話を軽く流していると。
『二年六組の
驚いた。いやまぁ放送の内容はいつも通りなんだけど、一学期は必ずHRの終盤か放課後にこの放送が流れることが多かった。それなのに今回はまだHRが始まって間もない時間帯にお呼びがかかったのだ。
それをわかった上で呼んだのだとしたら、何か急ぎの用事でもあるのだろうか。
「ほれ、呼ばれた二人はさっさか行けー」
俺と春夏秋冬を交互に見て、担任がしっしっと手を振る。そんな邪魔者みたいにしなくてもいいじゃないですか先生〜(名前は知らない)。でもまぁここでどうでもいい話ずっと聞かされるよりかはあっちでテキトーに校長の話流してる方が楽だし良いんだけど。
俺は席を立ち上がり、ショルダーバッグを肩に掛ける。春夏秋冬の方も同じく立ち上がって荷物をまとめている。
「朱々も可哀想にねー」
突然、教室中に聞こえるデカい声が響いた。発信源は春夏秋冬の前の席。それはその声の主が元より声がデカいのではなく、意図的に声のボリュームを大きくしているのだ。
「え? なんで私?」
「だって、あんなヤツといっつも一緒に呼ばれちゃってるじゃん。超サイアクでしょー? あーしだったら嫌過ぎて不登校なっちゃうわー」
「ちょっと
とぼけた声音で問う春夏秋冬に、此処ちゃんは俺の方を横目で見ながら言った。誰だよ此処ちゃん……と言いたいところだが、俺はこのゴリゴリのがっつりギャルJKを知っている。クラスメイトだけど珍しく知っている。春夏秋冬の陰口を叩いていた春夏秋冬の友達もどきのひとりだ。ちなみにあたふたとギャルを宥めている横の席の女、
ということはつまり、二人は俺があのヒールを演じていたのを目の当たりにしている人物であり、
「……」
俺は一秒ほどギロっとギャルに睨みを利かせ、刺々しい雰囲気と化した教室を後にした。せめてもの抵抗として睨んでみたけど、此処ちゃんの目怖過ぎて一秒が限界でした。
△▼△▼△
教室を出て校長室に向かっていると、程なくして春夏秋冬が俺に追いついた。
「穢谷さぁ、もう少し何かしら反応しなさいよー」
ムスっと唇を尖らせて文句を垂れるこの女、
「いっつも私がただのボランティアだからって言って誤魔化してるんだからね? まぁ今回は
「へー、アイツらがなんでまた」
「あんたが二人にボランティアって言ったんじゃないの?」
あぁそういや夏合宿の泊まり部屋でそんなこと言ったような気がするな。
「にしてもHR途中で呼ばれるなんて初めてね。あのゲス女、せめて放課後にしろっての」
「仕方ねぇだろ。あの人俺たちの予定なんか考慮してねぇもん」
「……ちょっとあんた、今の現状に満足しちゃってない?」
「満足っつうか、まぁ慣れちゃってるなぁ」
一学期に劉浦高の校長、
回数を重ねると言えば、俺とコイツも馴れ合いが多くなった。嫌い合っていたのに、共に行動することが多くなったせいで、一緒にいることに慣れてしまっているんだ。慣れた結果馴れ合いが多くなってしまったのだ。
「私は満足してない。この状況が卒業まで続くなんて考えられないわ」
「そうか? 俺には卒業式ギリギリまでタダ働きさせられてる様子がくっきり目に浮かぶけどなぁ」
「いつかあの校長の弱みを握ってやるのよ! そしたら形勢逆転でしょ?」
「んな簡単に弱みなんて見せないだろー」
「そんなの探してみないとわかんないじゃない」
いやまぁ確かにそうかもしれないけどさ。東西南北校長に弱みってもんがあるのかどうかが問題だと思うんだよなぁ。春夏秋冬は有る前提で話してるけど、無い可能性を考えてなさ過ぎる。
「とにかく今後校長せんせーと絡むときは何か弱みがないか探り探りいくのよ。わかった?」
「はいはい」
「『はい』は一回ね」
「黙れ」
ポツポツと会話を交わしながら校長室までやって来た俺と春夏秋冬。春夏秋冬はノックすらせずに扉を開ける。本来であれば失礼極まりない行為で、生徒はもちろん教師たちにも猫被りな春夏秋冬なら絶対にしないのだが……もうこの感じも見慣れたもんだ。
「「失礼しまー、す……」」
室内に入った瞬間、俺と春夏秋冬は固まってしまった。奥の社長椅子にどっかり腰を下ろしている東西南北校長の前に立つ、ニヤケ顔の男。俺と春夏秋冬はその男に、会ったことがあった。しかも結構最近。
「おやおやおやw!? そのシュシュと生気のない目は見覚えがあるぞw! 電車で道を教えてくれた親切な二人じゃあないかww!」
そこにいたのは、夏休みの花火大会の帰りに電車で会ったあのニヤニヤ少年だったのだ。
「あ、ははは〜。こんにちは……」
「あれ、でも確か君たちは劉浦高じゃなくて
「あーいやまぁ、そうでしたっけ?」
春夏秋冬が前を向いたまま、後ろに回してきた指で俺の腹をツンツンしてきた。そして小声で叫ぶように囁く。
「どーすんのよ! 私が危惧した通りになっちゃったじゃない……!」
「いやでもまさかこんないきなり再会するとは思わねぇじゃん……」
俺と春夏秋冬がこの男に会いたくなかった理由。それは彼に自分たちの個人情報全て、嘘を吐いているからだ。学校も劉浦高校ではないと言い、名前もテキトーにはぐらかしていたのだ。
「穢谷……あの時言った偽名覚えてる? あの人心に刻んどくとか言ってたし、もしかしたら覚えてるかもしれないわよ」
「あぁ、えっと確か……」
俺が顎を摘んで思考を巡らすと、ニヤケ男がポンと手を叩き、俺と春夏秋冬を交互に指差して言った。
「そうそう、ヤマダくんとカミカワちゃんだったよね!」
「サトウとマエダですね。全然心刻んでねぇし……」
「いや君たちの名前は穢谷と春夏秋冬だろう?」
「「……」」
校長先生、もっと空気読んでくれ……。
△▼△▼△
色々な情報が飛び交い、ごちゃごちゃになってしまった状況を一度整理するべくソファに腰掛け、お茶を一服。そして改めて一から嘘ではなく真実をニヤケ男に話した。
「うむむ……ってことは君たち二人は実は劉浦高の生徒で、しかも名前はシマザキくんとムラカミちゃんじゃなくて、穢谷くんと春夏秋冬ちゃんってこと?」
「はぁ、まぁそうなりますね」
てかさっきサトウとマエダって言ったのにもう違うんだけど。この人俺より名前覚える気ない系の人なんじゃないか? 本名じゃないからいいんだけど。
「嘘吐くなんて酷いなぁw。なんでそんなことしたのさーw」
「いやー、ちょっとこっちに座ってるアホが知らない人に個人情報漏らしたくないって言ってきかなかったもので。私もそれに合わさせられちゃったんですよ」
「おい、お前それは言い過ぎだろうよ。てめぇだって嘘吐いたのには変わらねぇんだから同罪だろ?」
「はぁ? 一緒にしないでよ。嘘吐けよみたいな雰囲気醸し出してたのはあんたでしょ。私はそれに付き合わさせられたのよ。むしろ私は被害者でーす。加害者は今すぐ被害者に謝罪お願いしまーす」
「こんの
「はいもう今のハラスメント〜。女性には優しくしましょうね昭和脳の穢谷くん? はー、女に生まれて良かった」
ブルゾン春夏秋冬ドチャクソ腹立つんですけどー。
「ふーんw、カップルじゃないって言ってたのは嘘じゃないみたいだねww。彼女に向かって
バチバチと視線で火花を散らす俺と春夏秋冬を見てケラケラ笑うニヤケ男。
「そうですね。そこは信じてもらって良いですよ」
「むしろそれしか信じなくて良いですよ。この男は存在そのものが嘘みたいな、いや空気みたいなもんなんで」
「おい」
俺の短いツッコミにやれやれといった感じで両手を挙げる春夏秋冬。なんでお前がそんな『はいはい私が折れてあげますよ』みたいな雰囲気出すわけ? どんだけ自分中心に世界回ってんの?
「まぁでもそっか。個人情報を簡単に晒さないように注意するのは、平和ボケしてる日本人にしては良い心がけだと思うよ。穢谷くん気に入ったw!」
「はぁ、そりゃどうも」
「うん。それじゃあ、ボクも自己紹介しようかな。ボクは
「「えっ!? 三年生!?」」
「そうだよーw。よろしくね〜」
ニヤケ男改め、平戸凶壱先輩が立ち上がり自分の両手を差し出してきたので、俺と春夏秋冬はそれぞれ握手を交わす。
にしても先輩かよ……。顔とか身長とか幼すぎるっつうかなんつーか、年下かタメだと思ってた。
「……あれ? そういやお前いいのかよ」
「あ? なにが?」
「いや、平戸さんの前で全然表モード、じゃなくて人気者キャラ演じれてないけど」
「あ……」
俺の指摘に、『やっべぇ……』と言わんばかりの表情をする春夏秋冬。普段の春夏秋冬は電車で平戸さんと会った時のように知らない人と絡む時は人気者キャラを演じる。それがさっきから出来ていないことに俺は今になって気付いたのだが、どうやら春夏秋冬本人も気付いていなかったらしい。春夏秋冬さん、さてはあなた夏休み気分抜けきれてないな。でもまぁ裏モード、素の状態で俺たちといることが多くなっているのも、表モードを演じることを忘れてしまう要因になっているのかもしれない。
ちなみに俺は心の中で勝手に表モード(吉〇里帆似)と裏モード(新垣〇衣似)と呼称している。そしてどっちかと言うと表モードより裏モードの顔の方が好きです。あくまで顔が。
「ん、もしかして春夏秋冬ちゃんの秘密のことw? それだったら、花魁先生からもう聞いてるから大丈夫だよー」
「えっ!? ちょっと待って校長せんせー、私の秘密喋ったの!?」
さっきからずっと黙っていた校長に、春夏秋冬が詰め寄る。いつもわちゃわちゃガヤを飛ばしてくるお喋りな人なのに、今日は珍しく静かだ。コピペしたみたいなニタニタ笑顔も少し固い気がしなくもない。
そんな普段とは雰囲気の異なる東西南北校長は、春夏秋冬の問いにゆっくりと口を開き、返答した。
「……平戸くんにも、わたしの仕事を手伝ってもらうことになってるんだ。だから君たちと同じ立場ってことで、君たちのことも話しておいたんだよ」
「嘘……平戸先輩、一体なんの弱みを……?」
「え~、それはちょっと秘密w」
「そんな! 私だけズルい!」
「いやいや安心してよ春夏秋冬ちゃん。ボクの弱みも知っておけば、自分の秘密をバラされる心配も無くなるって思ってるのかもしれないけど、ボクは人の秘密を花魁先生みたいにサラっと喋るような人じゃないからさぁw」
意地悪な笑みを浮かべて、校長を一瞥する平戸さん。
「平戸くん、言葉は慎みたまえ。わたしは教師で、君は生徒だ。対等な立場じゃないってこと、君に限ってわからないわけないだろう?」
「はーいw。それにしても変わっちゃったよね、花魁先生。昔はもっと初々しくて可愛い感じだったのに、今は掴みどころないって言うかさぁw」
「……昔の話は、やめて」
空気が凍るんじゃないかと錯覚するほど冷たい声音で校長は言い放った。俺も春夏秋冬も、明らかにいつもとは違う校長に生唾を飲んで固まってしまう。だが当の平戸さんは、まるで校長の反応を楽しむかのようにグイッと口角が上がっている。気味悪りぃ。
「まぁ兎に角そういうことだから。穢谷くん春夏秋冬くん、彼と仲良くしてやってくれ」
「「は、はぁ」」
「これからよろしくね穢谷くん、春夏秋冬ちゃん! そうだ。これからこの辺の街、案内してよw!」
「え、今からですか?」
「そーだよーw。花魁先生の仕事手伝い仲間として、二人とは早く仲良くなりたいんだっw! さっ、早く行こう!」
そう言って平戸さんに無理やり背中を押される形で、俺たちは校長室を後にした。
お喋りで常にニタニタと笑みを浮かべている気味の悪い感じ。東西南北花魁と平戸凶壱は、不思議なほど似ているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます