第2話『『ウチら三度の飯より恋バナ大好きなの!』』

No.5『バスの中でドギマギ』

 八月二日。早朝六時三十分。学校の正門前バス停。『RYUHO volleyball』とプリントされた練習着を身に纏うバレーボール部の生徒たちの端に混じる俺と春夏秋冬。

 いやはやマージで眠い。普段の学校行く時だってこの時間に起きないってのに。もう布団の中から出たくない。

 今日から四日間夏休みの強制労働、バレーボール部の合宿のお手伝いが始まる。

 部員はみんな陽キャばかり。キラキラと眩しい爽やかな笑顔を浮かべ、ぺちゃくちゃ飽きずにずっとお喋りしている様子を横目に、俺はボソッと呟いた。


「なぁ……やっぱり俺帰っていいか……」

「は? ダメに決まってるでしょ。それに穢谷けがれや忘れたの?」

「何を」

「この合宿で諏訪すわと仲直りするっていう大事な目的をよ!」


 春夏秋冬は腰に手を当ててビシッと俺の顔に向けて指をさして言う。相変わらず俺のやった誕プレはその手首に巻かれている。いや別に結んで欲しいとかじゃないんだけど……。


「仲直りっつったって俺とアイツそもそも仲良くないし」

「だったらせめて無害認定されるまでになって。でないと私としても気が休まらないのよ」

「いやだからそんなに気にすんなよ、お前らしくもねぇ」

「うぅ〜……そうじゃなくて!」

「おぉ……っ。なんだよ」


 ぐんと顔を近付けてきた春夏秋冬。さすがは陽キャ、人への接近力半端ない。


「私はあんたに助けられたってことになってるのよ。わかる?」

「うん」

「その助けられたままの状態でいたくないのよ、私は。特に穢谷とは公平に対等で、もしくは私以下でいてほしいから」

「おい。公平対等までは良いとしても私以下ってなんだ」

「ようは貸し借り無しのフラットな状態に戻したいの。前も言ったでしょ、このままだと諏訪からあんたの悪い噂が流れてクラスに居づらくなるわよ」

「うーん、クラスのヤツにどう言われようがどうでもいいんだよなぁ」


 俺だって喋ったこともないクラスの連中のことボロカス悪口言ってるし。


「とにかく! 私が色々手を回すから、穢谷も合わせて」

「はいはい、わかったわかった」

「『はい』は一回ね」

「黙れ」


 俺は春夏秋冬の説教口調にイラっとして、一言辛辣に返答しておいた。いつもならここから口論になっておかしくないのだが、周りのバレー部たちの目を憚って口を噤んだようだ。


 いやはやそれにしても、今日から四日間かぁ。もう憂鬱を通り越して諦めの段階にまで来てる俺としては、さっさと四日間終わらせて平穏な夏休みを満喫したい気持ちでいっぱいなのだが……四日って結構長いよなぁ。トータル九十六時間だぜ。そんだけありゃカップヌ〇ドル千九百二十個作れる。別にそんなカップヌードル好きな訳じゃないけど。


「お。お前ら二人が校長先生の仰っていた助っ人か!」


 突然俺と春夏秋冬に近付いてくるひとりの男、多分顧問(名前は知らない)。春夏秋冬は振り返る一瞬で表情を裏(ガ〇キー似)から表(吉岡〇帆似)に変化させた。その速さはわずか一ミリ秒。そして満面の笑みで自己紹介する。


「はい! 二年六組、春夏秋冬ひととせ朱々しゅしゅです!」

「同じく穢谷けがれや葬哉そうやでーす……」


 安定で無愛想の極み乙男オトメンな俺を見て、はぁと何故かため息を吐く春夏秋冬。顧問の方は大して気にしてないようで、頷いてまた口を開いた。


「一応、マネジャー二人の仕事を手伝ってもらうことになると思うから――」


 とそこまで口にしたところでこちらに全力疾走で駆けてくるひとりの男子部員を発見し、顧問の言葉が止まった。


「すんませーん! 遅刻しました~!」


 と朝っぱらから大声で叫ぶのは、先日俺をボッコボコにしてきた男、でしゃばり王子こと諏訪すわである。何を隠そう俺たちはコイツひとりのためにこうしてバスの前で待たされていたのだ。

 それにしても……運動部のプライドなのか何なのか知らんけど、何故バスの中で待たない? わざわざ外で待つ必要あるか?


「遅い諏訪! 全員を待たせてるんだぞ! 部全体に迷惑をかけていることがわかってるのか!」

「す、すみません!」


 うっわ、諏訪くん情けねぇ、顧問からのガチ説教じゃないすか~w。写メりてぇ~。やっぱ外で待ってて正解だったな。じゃないとこれは見れなかった。


「せんせーい。そろそろ出発しないと予定狂っちゃいますよー」

「ん、あぁそうか。諏訪、お前には後で話をする」

「はい……」

「よしみんな乗れー。出発するぞ」


 マネージャーと思しき女子の発言で、顧問の教師は腕時計を見、乗車するように指示を出した。ぞろぞろとバスに入ってゆく部員達。

 俺もそれに続こうと足を踏み出すも、春夏秋冬に服を引っ張られ、止められた。


「いい? 昨日私がラインで送った通りの作戦でいくわよ」

「えー、あれマジでやんの……」

「安心して。流れに任せとけば何とかなるはずだから! 多分」


 多分かい……。




 △▼△▼△




 その後バスに乗り込み、発車してから高速に乗り、20分ほどが経った。乗り物酔いガチ勢を自負する俺は結構本気で窓際の席を陣取るつもり満々だったのだが、今回は違った。


「ねぇねぇ、穢谷けがれやくんってさ。よく見たら結構かっこいい顔だよね!」

「え? 俺?」

「あー、それは確かに。なんて言うのかな、中途半端なイケメン?」

「ちょw。それは失礼でしょー!」


 俺は、一番後ろの席の真ん中に、物理的に肩身狭く座っているのだ。しかも先ほどから慣れなれしく喋りかけてくるマネージャーの女子ふたりが左右の隣に位置し、そして両側の窓際に春夏秋冬と例の我がクラスのイケメンくんがそれぞれ座っているのである。イケメンくん、バレー部だったんですね。


「中途半端なイケメン、俺にとっちゃ褒め言葉だけどな」

「え、マジw?」

「ほらもんめ〜、穢谷くんに気ぃ使わせちゃったじゃん! 四日間うちらマネジの手伝いしてくれんだから、もっと感謝しないと!」


 とそんな感じでわちゃわちゃ小うるさいこの両隣に座るマネージャー二人。初対面で話したことない俺にも何の気なしにベラベラ喋りかけてくるのを見るに、そうとうな陽キャであることがわかる。こういう類の連中とは距離を置いて、話しかけられても返答しないというのが普段の俺なのだが、今回はそうともいかない。

 というのも、これが春夏秋冬の諏訪と仲直り作戦のひとつなのだ。青春女王春夏秋冬曰く、を埋めることが第一段階だとのこと。諏訪の仲の良い人間、つまりバレー部の人間たちとそこそこに会話する仲になっておくことで、諏訪に俺への敵意を和らげる作戦らしい。


「手伝うってことになってるだけで先に言っとくけど、俺は体力ゴミカスだから力仕事確実に無理だぞ。あんま期待されても困る」

「えー、マジで? でも確かに身長高い割にはちょっと細身だよね」

「そんなこと言って実は細マッチョなんじゃないのぉ~?」

「……っ!?」


 そんなことを言いながら俺の腕をがっつり握ってくる右隣のマネージャー。なんてこった……こんなにもさらっとボディタッチしてくる女が存在するのか。当然ボディタッチ慣れしてない俺は、何とか真顔で平然を装ったものの、内心は心臓バクバクだ。

 とそんな俺の心の内を悟ったのか、春夏秋冬がボディタッチ女に言う。


「ちょっとちょっと二人とも。穢谷くんはそんなに女の子慣れしてないんだから、勘弁してあげてよー」

「ちょっ、ヤダ朱々妬いてんの~?」

「はぁ~? 全然妬いてないし~!」

「わっ。ちょっと顔赤くしてんじゃーん!」

「むわぁ~、朱々顔も性格も良過ぎてムカつくー!」


 春夏秋冬の作るムっと唇を尖らせ、若干赤くなっている表情を見て、ひとりは冷やかしもうひとりは春夏秋冬の頭をワシャワシャ撫でる。仲のよろしいこって……。


「あ、そういや朱々さ」

「ん? なぁに?」

「夏休み前に彼氏出来たの?」

「えッ! なんで?」


 今度は春夏秋冬とは別の窓際に座る例のイケメンくんが春夏秋冬に訊ねた。春夏秋冬が首を傾げると、イケメンくんは春夏秋冬の手首を指して言う。


「そのシュシュ、夏休み入る前から付け出しただろ? 大事そうにしてるし、プレゼントかなって思ってさ」

「あぁ……そういうことかー」


 さすがはスクールカーストトップ勢のイケメンくんだ。周囲の人間の変化にしっかり気付く事が出来る洞察力の高さがうかがえる。


「まぁそんな感じだよ。友達からの……プレゼントなの」

「えぇ~、でも毎日付けるほど大切にしてるってことでしょ~? これは実に怪しいですなもんめさん?」

「そうですな夏込かごめさん。なんだか裏がありそうな感じですぞ~?」


 ニヤニヤと目を輝かせるマネジ二人組。うわぁ、苦手だわーこういう空気。なんて言うのかな、この無理矢理に恋バナに持っていこうとする三度の飯より恋バナ好きなJKのトークスタイル的な。まぁ俺はJKと恋バナした経験なんてないからこんなこと言える口ではないんですけど。


「もぉー二人とも勘繰り過ぎだってば!」

「だって朱々、他校のヤツからも告白されたりしてるらしいじゃん」

「実は他校の男とくっ付いてるのかなぁ~みたいな?」

「前も言わなかったっけ。私は高校時代は彼氏と遊ぶよりも友達と遊ぶを優先したいの」

「むーん、変なの~」


 納得いかないといった顔で首を捻る俺の左隣マネジ。まぁそういう考え持ったJKもおらんことないだろうから、苦しい言い訳ってわけではない。彼氏と青春したいって思うバカも入れば友達と一緒の方が楽しいって思ってるバカもいるだろうし。

 俺が春夏秋冬とマネジ二人組の会話を耳に入れながらそんなことを考えていると、突然はっと気付いたように再度右隣マネジが俺の肩を掴んできた。


「もしかして、穢谷けがれやくんって可能性もなきにしもあらずんば!?」

「はっ?」

「あぁ、そういや二年になってからちょくちょく校長室に二人で呼ばれてるよね!」

「あ、いやそれは別に……」

「あーーー! 何その反応! くっそ怪しいんだけど!」

「何を隠してるんだ穢谷くーん!! 白状しろ、楽になれるぞ~」

「いや、俺とコイツは……」


 俺は両サイドの陽キャからの猛烈な問いかけにどう返答していいか分からず、言葉に詰まってしまった。さっきまでの流れでまさか俺に話が振られるとは思わなんだ。JKのトークほんと怖い。しかも悔しいことに唯一の頼みの綱であるはずの春夏秋冬は何故かニコニコしらばっくれてやがるのだ。ついに頭おかしくなったんだろうか。


「あ、もしかしてシュシュも穢谷くんがプレゼントしてたりして!」

「だとしたらやっぱり二人って……?」


 マネジ二人組は顔を合わせてキャーとワザとらしく声をあげる。それにしてもコイツら声のボリュームすげぇデカイんですけど。この会話バス中に響き渡ってるんじゃないか?

 そこでふと、俺は自分にひとつの視線が向けられていることに気付いた。前の方の席に座り、横目でギロリと、明らかに悪意を持った目で、俺を睨んでいる諏訪の視線である。俺が諏訪の視線に気付き、目が合うとすぐに不満そうな顔で前に向き直った。

 この作戦、ホントに大丈夫なのか……。


「おれも気になるなー。シュシュプレゼントしたの、穢谷くんなの?」


 黙っとけイケメン野郎。

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