No.4『いや別にそんなこと聞いてない』

「うーんと……。春夏秋冬ひととせくん?」

「なに」


 困った表情で頰をポリポリかく東西南北よもひろ校長が、春夏秋冬を呼んだ。


「どうして穢谷けがれやくんはこんなに不機嫌なんだい?」

「決まってるじゃん。泊まりで強制労働が嫌なのよ」

「えぇ〜……。でもわたし、しおりに書いといたよね? 読んでない穢谷くんが悪くない?」

「言っときますけど、俺は読んどいても不機嫌だったと思いますよ」


 校長室のソファをどっかりと陣取って座る俺の言葉に、校長は深く長いため息を吐いた。


「仕方ないだろぉ。もう決定事項なんだし、バレー部の顧問や部員たちにもマネージャーの助っ人が来るって伝えちゃったし」

「せめてその役は春夏秋冬だけにしろっての! 俺はバレー部みたいな陽キャ集団にゃあ近付きたくもないんです!」


 劉浦りゅうほ高校バレー部は、毎年春の高校バレーに届きそうで届かない。強いけどツメが甘い。そんな感じでこの地区ではそこそこ名が知れ渡っている。

 つまり……というのも変な話だが、運動部の人間は大抵が陽キャであり、その部活が強ければ強いほど陽キャ度(陽キャレベルの単位の意)が高くなる。


 運動部のうえに強いバレー部は必然的にスクールカースト上位者たちが多いのだ。

 そこに俺みたいな陰キャが助っ人として合宿に参加するとか気まずいどころかその気まずさに耐えきれず死ぬ自信あるわ。


「まぁ行きたくないなら行かなくてもいいよ? その結果、君の留年はほぼ確実なものになるだろうけどね」

「チッ……。あんたドSにもほどがあんだろ。優しさってモンは持ち合わせてねぇのかよ」

「おいおい勘違いしないでくれたまえ。わたしはMにもSにもなれるよ? 営みの時は相手に合わせてあげる派だからね。ちなみに初めて処女膜を破った十五の時は……」

「やめてよせんせー。せんせーのそういう話聞きたくない。特に東西南北よもひろせんせーの」


 校長の言葉を遮って、心底嫌そうに春夏秋冬は顔を歪めた。対する遮られた校長はぶーっと口を尖らせ、不満気に呟く。


「なんだよそれー。わたしの初体験は聞きたくないっていうのー?」

「違うわよ。なんか、せんせーの口からそういう話を聞くと家族とテレビ見てる時に芸人がド下ネタかましたみたいな? 私はあんまよく分かんないけど多分そんな感じで嫌なの」

「えーなにそれ……超気まずいじゃん」


 あー、あるあるだよなぁ。家族とテレビを視聴中、キツめの下ネタが飛び出して茶の間の空気が凍り付くやつ。

 なかには下ネタ全然アリのご家庭もあるみたいだけど、日本のほぼ全国民が『家族とそういう話はちょっと……』っていう考えを持っているだろうから、芸人さんには是非とも控えていただきたい。


「いや今そんなことより合宿のことについて話がしたいんですけど」

「えぇいグダグダとうるさいなぁ君は。お前はせみか!!」

「なんだその雑なツッコミ。蝉じゃねぇわ!!」

「あー、とにかく! 合宿の件はもう決定事項なの! 変更不可! 君たち二人は明日から泊まりでバレー部の手伝いをするんだよ、いいね!?」

「チッ……融通ゆうずうの利かねぇ上司め」


 俺のボソっと言った悪口も右から左へと受け流す校長。対応が大人だ……。




 △▼△▼△




 その後、校長室を後にした俺と春夏秋冬の二人は並んで歩き、下駄箱へ向かっていた。


「あっ、まずい……っ!」

「……なに」


 下駄箱に着いたところで、突然春夏秋冬がハッと思い出したように口を開けた。


「今日定期の更新日だったのよ。ほら有効期限、今日の昼まで」

「うん。……で? 今から更新しにいきゃいいじゃん」

「わかんないヤツねぇ。私お金持ってきてないの!」

「え、俺に払えと!?」

「そんなこと言ってないでしょ。それともなに、払ってくれんの?」

「いや払ってやらねぇよ。定期って知らんけど何万とかすんだろ? 俺だって持ち合わせてねぇ」


 そもそも俺がコイツに定期更新代払ってやる義理も道理もない。


「ふっ、全国の学生共は定期なんてモン使わず俺のように自転車通学することをオススメするな」


 俺はドヤ顔で下駄箱横の自転車置き場から自転車を押しながらドヤ顔を決める。

 どうせドヤ顔ウザい死んでゴミカスぐらいのこと言ってくるだろうなと予想していたら、変なことに春夏秋冬は口を噤み、ジッと俺の自転車を見つめたまま動かない。


「あんた……二人乗り、出来る?」

「は!? おまっ、まさか乗る気か!?」

「だって私と穢谷、帰る地区一緒じゃん。少し乗せてってくれてもいいじゃない」

「いやでもなぁ……」


 男女の高校生が自転車二人乗りしてるっていうのは客観的に問題あると思うんですけど……。コイツ、周りからの目をウザいほど気にするくせにちょっとしたところでツメが甘いんだよなぁ。


「それとも、私に自転車ごと貸してくれる?」


 なんでこの女は自分がそこまで優遇される人間だと自信を持てるんだろうか。マジ何様? 




 △▼△▼△




 二人乗りと言えば、それこそ高校生カップルが楽しく会話しながら、ガタガタ道で『きゃっ!』『おい大丈夫か? しっかり俺に捕まってろ』『……うんっ///キュンッ❤︎』みたいな甘酸っぱい(?)シチュエーションがあったりする青春の代名詞と言っても過言ではないもの。

 というわけで(どういうわけだ)、俺と春夏秋冬は何故か色々ありつつ結果として二人乗りして帰ることになったのだが……。

 

「バカバカバカバカっ! なんでそっちにハンドル切るのよ! 私が落ちるってば!」

「っるせぇって! 初めてなんだからしゃーねぇだろ! こっちだってすげぇ精神力使ってんだぞ!」


 やっぱり俺に青春なんてものは似合うことないわけで。

 もちろん俺がサドルに跨り、春夏秋冬は後ろの荷台に座っており、元々の仲の悪さが由来しているのか、どうも上手くバランスを取ることが出来ない。ずーっとフラフラしてばっかりだ。

 

「おい春夏秋冬、俺に合わせろ。マジで転ぶぞ!」

「なんで私があんたに合わせなきゃいけないのよ! あんたが私の方に合わせてっ!」

「おいっ、バッカ揺らすなってっ!」

「キャァァァァッ!」


 派手に転んだけど、俺文句言われる筋合いはマジでないと思います、はい。

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