第6話 雨、朝
静かな気配がする。
鼻の奥が冷たくなるような、瞼の裏にすっと風が吹き込むような。
ゆっくりと、目を開ける。
カーテンの向こうから、湿り気を含んだ空気が流れ込んでくる。
薄暗い天井が輪郭を帯び始める頃、雨の音に混じって、遠くから小さな足音が聞こえた。
それはだんだん近づき、ドアの前でぴたり、と止まる。
そっ、と音をたてないように、静かにドアが開いた。
「…和?」
控えめな声が耳に届く。
俺は、そっと目を閉じた。
「…まだ寝てるかな」
ふわり、と彼の匂いが濃くなった。
じっと見られている気がする、そう思うか思わないかのうちに、何かが前髪に触れた。
優しく、穏やかに撫でられる感触。
再び眠気に襲われ、意識が遠のきそうになった、その時、
唇に温かいものが触れた。
咄嗟に目を開けてしまった。
睫毛が触れ合いそうな程の距離。
目が合い、悠生はうわっ!と声をあげて飛びすさる。
「……和、」
起きてたの?
俺は布団に潜り、目だけ出して頷いた。
悠生の頬は赤く染まっている。俺の頬も、同じ色をしている気がした。
「起きてるなら言ってよ……、」
恥ずかしそうに目を逸らして、頭の後ろを掻く彼を真っ直ぐ見られない。
「……雨だね」
窓を見上げながら呟くと、
「……うん」
せっかく遊園地行こうと思ってたのになあ…。悠生が心から残念そうに言う。
「……悠生」
俺の声に、ん?とこちらを向く彼を、小さく手招きする。
不思議そうに近寄る腕を、ぐっ、と引き寄せた。
「わ、何す、」
その唇を塞ぐ。驚いて逃げようとする舌を捕らえた。首に腕を回すと、観念したようにおずおずと舌を絡める。
そのままベッドになだれ込んで、貪るように絡め合う。息と息を混ぜ合わせるように。
「……もう、」
悠生が俺を見下ろして、微笑む。
「……遊園地よりも、楽しいこと…しよ、」
俺も微笑みを返して、再び絡め合った。
これくらいの薄暗さが、今の気分にはちょうど良いな、と思った。
狭いベッドに並んで転がって、天井を見ながら、悠生ととりとめのない話をする。
世界で一番簡単で、でも一番壊れやすくて、一番幸せな時間。
「…せっかく朝ごはん作ったのに、もうとっくに冷めてるよ」
悠生がちょっと怒ったように言う。
「…ごめんな、」
でも良かったでしょ。言った途端に、腹にパンチが飛んでくる。割と強めの。
「…いってえ」
「和が変なこと言うから」
「別に変なことじゃないだろ、何が良かったかなんて言ってねえし」
「…変態」
「…お前も大概だろ」
「…うるさい」
いじけて布団に潜ってしまう。
可愛いなあ、ほんとに。
また怒られるから、口には出さずに、さらさらの直毛を撫でる。つむじからちょっと黒くなってる、茶色の髪。
しばらくそうしていると、
「………、……」
小さな寝息が聞こえた。
「……え、」
嘘だろ…。
「……まじか……」
そっと布団をめくると、長い手足を縮めて眠る、俺の愛しい人がいる。
「………」
その寝顔を見つめる。半開きの口元が、少し動いた。
「…可愛い」
今は聞こえてないから、いいか。
額を撫でると、ぴくりと少し鼻が動く。
さっきのお返し。
優しく、唇に触れる。
「…先食べちゃおうかな」
悠生に布団をかけながら、ベッドから降りる。
…いや、やっぱり待っていよう。
2人で食べる朝ごはんの方が、きっと、いや絶対に美味しいから。
ねえ、和。 いろどり @obdain
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ねえ、和。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます