第5話 晴れ、朝
幸せな音がする。
例えば、遠くから聞こえる、誰かがピアノを弾く音。
子どもたちがはしゃぐ声。
好きな人が、朝ごはんを作る音。
音と一緒に、温かい匂いも届いたら。
ゆっくりと目を開ける。
眩しい、日曜日の朝。
真っ白な天井が、徐々に輪郭を帯びていく。
遠くからだんだん近づいてくる、少し裏返った大きな声と、バタバタという足音。
「和ーー!かーーずーー!!!」
バンッ、と大きな音をたててドアが開いた、と思ったら、布団越しに身体に衝撃が走る。
「かーずっ!おはようー!!」
「…………………………重い」
自分の声の余りの低さに驚いた。寝起きは良い方ではない。はっきり言ってしまえば悪い。
「起きて!ご飯できたよー!!」
「……………だから、重いって」
降りろよ、と布団の上の細い身体を引き剥がそうとするが、全然力が入らない。
「和が起きたら、降りる」
「…はい、起きる」
再び布団に潜ろうとする俺の肩を掴み、左右に揺さぶる。
「ねーーもう朝だよ?晴れてるよ?今日どこ行こうって言ってたか忘れたの?」
「……あーーはいはいわかってますよ、」
遊園地でしょ、と言うと、彼は心底嬉しそうに笑う。
「そう!!遊園地!!」
子どもか。朝から声の音量調節がおかしい。
まあいつものことだが。
「今日サーカスだって来てるし!行くしかないよ!ほら起きて早く!」
尚も激しく揺さぶられ、三半規管が狂いそうだ。
「わかった、わかったから、」
悠生の肩を掴むと、目の前にきらきらという効果音が聞こえてきそうな程輝く瞳がある。真っ直ぐに見つめるそれに、吸い込まれるように唇を近づけた。
触れる寸前で止めて、伏せた長い睫毛を啄む。擽ったそうにぎゅっ、と瞑ったのを胸に抱き寄せた。
「…おはよう、悠生」
「……、おはよ」
寝惚けてる振りは、たぶん気づかれてるけど。
「……ご飯冷めちゃうよ、」
早く行こ。悠生の頭が腕からするりと抜け出し、俺の手を取ってベッドからしなやかに降りる。引っ張られるまま、彼に従った。
部屋を出るドアの前で、ふいに悠生が立ち止まる。
振り向いた頬は、何故かほんのり赤い。
「…ん?」
顔を覗き込むと、俯いたままぽそり、と呟く。
「…おはようの、キス…」
「…さっきしたじゃん」
小さく首を振って、軽く下唇を噛む。その恥ずかしそうな表情から察して、
「…はいはい、」
少し俺より背の高い、その唇に背伸びする。軽く触れただけで赤く染まる、その頬に音をたてて、もう一度。
「…ほら、朝飯食べるぞ」
耳が赤いのを気づかれないように、すたすた歩く俺の後を、さっきまでの騒がしさが嘘のように彼は黙ってついてくる。
「…何作ったの?」
「……卵焼き」
「あとは?」
「…キャベツの、味噌汁」
「最高じゃん」
振り向いて、目が合った。
悠生はまるで朝日に向かって咲く向日葵のように、笑う。
「…早く食べよっ!」
手を取って駆け出すその背中が、俺にはとても眩しい。
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