第4話 事故

きっかけは、些細なことだった。


小学生の頃、悠生がまた宿題忘れて居残りになって、俺がちゃんとやってこいよ、帰り遅くなるだろって言ったら、

「じゃーかず先に帰ってればいいじゃん!おれのこと待ってないでさ!」

とか何とか言って、俺は悠生と帰りたかったから嫌だって言って、それで言い争いになって、

「かずのばーか!あほ!まぬけ!」

「ゆうきのばか、おまえのかーちゃんでべそ!」

悠生は俺の方を見ながら、後ろ向きに歩いてた。

「ちげーし、でべそはとーちゃんだ!」

「は!?」

思わず笑ってしまった、その時、

悠生の身体が一瞬宙に浮いたように見え、次の瞬間には、

目の前から消えていた。


ドォン!!!!!

何かが地面に叩きつけられる音で、

我に返った。

「………え?」

一瞬、何が起きたか分からなかった。


「…ゆうき?」

さっきまで彼がいた場所に走り、辺りを見回すと、

視界の端に、停車したトラックと、その横に人だかりができているのが映った。


「…ゆう…き…?」


「おい、しっかりしろ!」

「誰か、救急車呼んで!」

聞こえてくる声が遠かった。まるで、現実じゃないみたいに。

俺はそこに、ただ立ち尽くすことしかできなかった。頭は妙に冷静で、体だけが動かない。


俺が先に帰ってれば。

悠生と喧嘩なんてしなければ。


俺のせいで、悠生は事故に遭った。


悠生の左肩には大きな痣がある。

この事故でできた傷だ。

幸い命に別状はなかったものの、肩を強く打ち大ケガを負った。全治約1年。

俺は、彼の小学校3年の1年間を奪ってしまった。


意識を取り戻した悠生に会いに行くまで、俺の顔からは表情が消え、一言も話さなかった、らしい。事故以降の記憶は曖昧だった。

事故の瞬間のことは、鮮明に覚えているのに。

でも、病室に入り、悠生の姿を見た瞬間、たがが外れたように泣き出したことは、今でもはっきりと覚えている。

何度も何度も「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら泣き続ける俺に、

「かずのせいじゃないよ」

と言った悠生の笑顔を、俺は一生忘れない、忘れることはできない、と思う。

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