第3話 背中

[片想いの頃。]


「和…?」

蹲ったまま動かない俺の背中に、悠生の不安そうな声が降る。

「ねえ、和」

どうした?と正面に回り込む彼を避けるように、回れ右をしてそっぽを向いた。

「…何でもない」

膝に顔を埋める。

赤い目を見られたくなかった。

涙の理由は他でもない、今俺の後ろで困った顔をしているであろう、彼自身だから。

「…泣いてるの?」

「泣いてねえよ」

「嘘、泣いてるでしょ」

「泣いてないって」

もう、いいからほっといてくれよ。

思ってもないことばかり、口をついて出ていってしまう。どうして、俺はいつも素直になれないんだろう。

でも、たぶんあいつはわかってる。

俺の言葉が本心じゃないことも、そして、俺が今本当は何を望んでいるのかも。

しばらく後ろが静かになった、と思ったら、

「…よいしょ」

突然、背中が暖かくなった。

ほら、やっぱり。

「なんか、小さい頃もこういうことあったよね」

和覚えてる?背中合わせに座った悠生が、明るい声で言う。

覚えてる、に決まってる。確かあの時も、

「あの時さあ、和俺のケガのことで泣いてたんだよ、」

今日みたいに座ってさ。和ずっと泣いてて全然顔上げないから、俺まで寂しくなっちゃって一緒に泣いたんじゃなかったっけ?

彼の楽しそうな、懐かしそうな声が、背中越しに響く。

全部、覚えてるよ。

お前との思い出なんて、何一つ忘れるわけないじゃん。

言葉にならない思いが、背中を伝わっていく。

「それでさあ、俺ら泣き疲れて2人とも寝ちゃって。…和聞いてる?」

「………」

「あれ」

もしかして、寝ちゃった?

少し笑いながら、悠生が立ち上がる。

背中の温もりがなくなって、少し心細く思ったのもつかの間、今度は頭から全身が暖かいものに包まれた。

そのまま、ぽんぽん、と頭に2回。

固まって動けない俺を残し、足音が遠ざかっていった。

「……、」

彼の気配がなくなった頃、頭にかけられた上着をそっと手に取り、顔を埋める。

悠生の匂い。

懐かしくて、愛しい温もり。

「…、はぁ……」

この想いは、いつになったら伝えられるのだろう。

ぎゅ、と手の中のそれを握り締めた。

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