第2話 信号
誰もいない、深夜の交差点。
白と黒の道路に、真っ赤な光が落ちている。
「…ねえ、和」
「…ん?」
隣に立つ恋人が、小さな声で囁く。
「…なんでもない」
「何だよ、」
少し笑いながら見上げると、彼は珍しく真剣な表情をしていた。
「…どうした?」
「…和はさ、俺たちの関係って、…社会的には認められない、って思ってる?」
「…え」
一瞬、返事に困った。
「…なに、急に」
「だって、…いつもこんな時間にしかデートしないから、」
「………」
直後、信号が青に変わった。
歩き出そうとして、ぐいっ、と強い力に引っ張られた。
振り向くと、今にも泣きそうな、でも怒っているかのような表情の目に捉えられる。
「…ごめん」
「…なんで、謝るの」
「………、」
だって、夜に散歩しようって言うの、いつも俺だから。
人目を気にしているのは、悠生よりも俺の方だ。
「夜の散歩も好きだよ。…でも、ほんとは、…もっと和と、堂々とデートしたい」
恥ずかしそうに、でもはっきりと言うその顔を、正面から見ることができなかった。
「…和は、嫌なの?」
「いや、嫌とかじゃなくて、…その、」
曇りのない目に覗き込まれ、胸が苦しくなる。この瞳を傷つけずに、自分の気持ちを伝えるには、どうすればいいだろう。
「…悠生、」
視線を上げると、困ったような顔で俺を見下ろす悠生のそれと交差する。見下ろされているのに、全く威圧感を感じないのは、彼の優しい眼差しのおかげだろう。
「俺だってほんとは、悠生と昼間からデートしたいし、…手繋いで歩きたい」
俺が話すのを、彼は真摯に聞いている。
「…でも、…勇気がないんだ、」
臆病だから。お前と、悠生と付き合ってるって、世間に示す勇気は、俺にはない。
俯いた俺の頭に、ぽんぽん、と暖かさを感じる。顔を上げると、目の前の恋人は微笑んでいた。大丈夫、伝わってるよ、というように。
「…よかった」
「…え?」
「和も、俺と同じこと考えてたんだな、って」
そう言ってにこり、と笑い、ちょっと俯きながら、手を差し出す。
「…はい」
「………」
俺は無言で、差し出された手を取った。
悠生の熱が、手のひらを通じて伝わる。
「…行こっか、」
きゅっ、と握られて、歩き出そうとするその手を引いた。
「…?」
振り向く不思議そうな顔に、信号機を指差す。
「…あ」
また、赤になっちゃったね。悠生が楽しそうに笑う。その笑顔が、俺の幸せそのものだ。
この幸せを、悠生を守るためなら、何だってできる。誰に何を言われようとも。
包まれた手を軽く握ると、きゅっ、と握り返される。愛情の証。
いま、目の前の信号が、青に変わったら。
俺たちはまた、ふたりで前を向いていける。
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