第四章 桃乃と律香と遊ぶ日曜日

第14話 隼人の夢

 隼人は暗闇の中にいた。

 自分以外は誰もいない黒い空間の中で、国防軍のロボットに乗って一人で操縦をしていた。

 隼人は愛おしく思いながら自分の手元を、ロボットを見下ろした。


「俺は決めたぜ。俺の相棒はお前だってな」


 無骨で味気ないデザインの量産型のロボットだったが、今ではこれが隼人の愛機だ。

 万人が動かせるように造られたロボットのレバーは実に自分の手に馴染んでいて、思い通りにロボットを操縦することが出来ていた。隼人はこれこそが自分のために造られたロボットだと実感することが出来た。

 そう、いくら性能が優れていても、博士の造ったロボットのように自分が操縦出来なければ意味が無いのだ。


「いつまでも爺さんのロボットを待っているわけにはいかないもんな」


 もっと早く決断するべきだったのだ。ロボットに乗って活躍したいだけなら国防軍に入れば良かったと。

 操縦を続ける隼人の傍から声がする。知っている少女の声だ。高校の頃から付き合いのある。


「隼人、やっと決心してくれたんだね」


 暗闇の中から手毬が現れて隼人の決断を祝福してくれた。

 隼人は熱い心を宿した正義の眼差しをして頷いて答えた。


「ああ、俺もやっと分かったぜ。これからは国防軍として戦っていくぜ!」


 そう決意を込めた声を発した時、目の前の暗闇から博士が現れた。いつも自信に溢れて自分勝手で傍若無人な博士がなぜかこの時だけは浮かない顔をしていた。


「残念じゃな、隼人。今造っている三号機が完成したら今度はお前に乗ってもらおうと思っていたのじゃがな」

「え!?」


 隼人は自分の耳を疑ってしまう。

 二回も戦いとは無縁の小学生なんかにパイロットを任せて、祖父は満足した顔を見せていたのに。もう訓練に励んできた孫のためにロボットは造らないのではと思っていたのに。

 博士の隣に桃乃と律香も現れて、隼人に向かって訴えてきた。みんな残念そうで悲しそうな目をしていた。

 桃乃は言う。


「隼人さん、国防軍に入っちゃうんですね」

「いや、俺は……」


 寂しそうな顔をする桃乃の隣で、律香も残念そうにしていた。


「お別れなんですね。お兄さんとは一緒に頑張っていけると思ったのに」

「いや、だから俺は……」


 その時になって隼人はやっと気づいた。自分の間違いに。

 だが、もう国防軍のロボットに乗ってしまっていた。

 手を伸ばそうとした隼人の体を背後から捕まえた腕があった。手毬かと思ったが違っていた。藤岡長官の腕だった。


「げ、おっさん離せよ!」


 隼人は振りほどこうともがくが、長官の腕はびくともしなかった。

 何とか逃れようとしながら、隼人は長官の傍に立つ手毬に助けを求めた。


「助けてくれよ、手毬!」

「ごめん、隼人。お父さんに見つかったらもうどうしようもないよね」

「どうしようもなくねえよ。この!」


 隼人は何とか逃れようとするが、長官の腕は固かった。彼は真面目な顔をして吠えた。


「逃がさんぞ、空崎隼人! 国防軍のロボットに乗ったということは国防軍に入る意思表示をしたことと同じ!」

「同じじゃねえよ!」


 隼人は反論しようとするが、長官は聞いちゃいなかった。将を射んと欲すればまずは馬を射よという言葉があるが、彼はそれを実践するつもりだ。

 元より彼の狙いはパイロットとしてはそこそこの技量である隼人ではなく、優れた技術力を持った博士なのだ。

 長官は挑発するように暗闇の中に立つ博士に向かって言った。


「残念でしたね、空崎博士。隼人君は我々国防軍がいただきました。あなたも早くこちらに来ることをお勧めしますよ。わっはっはっ!」

「いや、だから俺は国防軍に入るなんて一言も……」

「一緒に頑張ろうね、隼人」

「手毬まで。だから俺は……」

「隼人さんが決めたことなら、あたしも応援します!」

「向こうでも頑張ってください! お兄さんならやれますよ!」

「違うんだ! 桃乃! 律香あああ!」


 そこで目が覚めた。




 天気の良い明るい朝だったが、起きた隼人の気分はどんよりと曇っていた。


「何て夢を見るんだ……」


 国防軍のロボットに乗ったから乗っている夢を見たのだろうか。気にしていたことが現れたのかもしれない。


「駄目だな。しっかりしないと」


 呟いて身を起こして横を見ると、桃乃と目が合った。何で小学生がこんなところに。

 隼人は無言で彼女と見つめあってしまう。


「…………」

「……おはようございます、隼人さん」

「お前、なんでいるの?」

「今日は日曜日だから朝からお邪魔したんです!」


 はきはきとした良い返事だ。小学生ながら選ばれしパイロットである桃乃は朝から元気だった。


「ん、そうなのか。これは夢か」


 ぼんやりとした気分のままそう結論を付け、隼人は蒲団を横にどけて立ち、着替えを始めることにする。

 夢の少女がなぜか手の平で顔を覆いながら、指の隙間から目を丸く見開いていた。


「隼人さんの体……」

「ん、何か付いてるか?」

「いえ、失礼しました!」


 桃乃は慌てて部屋を出ていった。そこで隼人はやっと気が付いた。


「夢じゃなかったのか……」


 そして、考える。桃乃が来ていた理由を。


「日曜日の朝から何をしに来たんだ……なんて考えるまでもないか」


 桃乃はロボットに乗れる才能を持っている。考えられる可能性なんて最初から一つしか無かった。


「ロボットに乗れるんだもんな。そりゃ朝一番からうちに駆けつけてロボットに乗りに来るよな」


 自分だって乗れたらすぐにでも行くことだろう。

 災獣の現れていない朝に、派手に外で動き回って町に騒ぎを起こすわけにはいかないだろうけど。

 自分の思い通りに動かせる気持ちの良い乗り物を手に入れた桃乃の気持ちは良く分かる気がした。

 そう少女のことを想像し、隼人はリビングに向かうことにした。

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