第13話 追跡

 隼人はロボットを操縦して逃げる相手を追いかけていく。

 相手はなかなか速かったが、隼人は見失うことはしなかった。ロボットの性能は同じだ。ならば後、物を言うのはパイロットの技量だ。

 隼人は国防軍のロボットに乗るのは初めてだったが、操縦に戸惑うことは無かった。

 動かし方は分かっていたし、桃乃や律香のロボットに乗った経験も役に立ったかもしれない。

 問題があるとしたら準備や考えもせずにいきなり飛び出してきたことと講習を受けていないことだろうか。

 どちらも今問題にすることではない。敵が逃げていく。

 ここで逃がしては、手毬に申し訳が立たないだろう。

 便宜を図ってもらったのだ。借りを返す時だ。隼人は地理を気にしながら正確に相手を追い詰めていく。

 相手を市街地には行かせず、海に誘導した。

 狙い通りに海岸まで来て、そこで敵は振り返った。隼人も立ち止まる。

 うかつに踏み込んでヘマをすることはしない。ロボットを壊しても手毬の迷惑になるだろう。まずは様子を見ることにした。

 通信で男の声が話しかけてきた。


「よく私をここまで追い詰めたものだ。名を聞いておこうか」

「空崎隼人だ」

「空崎……そうか、お前があの空崎博士の孫か……フフフ」


 男は何がおかしいのか不気味に笑った。隼人は怪訝に問うた。


「何がおかしい」

「教えてやろう、災獣を脅かすロボットを造りし博士の血筋の者よ。我々は災獣を神の使いと崇める信者だ!」

「災獣が神の使い?」


 隼人にはわけが分からなかった。出現しては人々に被害を与えていく災獣がなぜ神の使いになるのだろうか。男の真意がどこにあるのか。


「相手が空崎博士の孫とあってはこちらも姿を見せねばなるまいな。見よ!」


 映像に映し出された彼の姿を見て隼人は驚いた。男が災獣を象った仮面を付けていたからだ。


「仮面を付けている……? まさかお前はライバルなのか!」


 隼人はアニメの知識でそう思ってしまった。

 仮面の男は不敵に笑んでいる。


「どうだろうな。災獣を崇める者と阻止する者、お互いの立場を考えればそう言えるかもな」


 同じロボットに乗った宿敵同士が対峙する。隼人は緊張に息を呑む。


「勝てるのか? このロボットで……」


 ロボットは同じだ。国防軍の地味な量産型のロボットだ。だが、パイロットとしての経験は今日初めて乗った隼人よりも相手の方が上だろう。

 仮面の男もそれが分かっているのか、余裕の態度を見せていた。

 勝ち目は薄いかもしれない。だが、やるしかない。

 隼人は決意して操縦桿を動かそうとする。だが、その時間は無かった。

 警報が鳴ったからだ。


『海岸地区にディザスター11が出現します。付近の住民は速やかに避難してください』


 すっかり耳に馴染んでいる放送が耳に届く。遠くだったら無視も出来ただろうが、そうもいかなくなった。


「すぐ近くじゃねえか」


 まさに今の自分達がいる場所がその地区なのだ。地区と言っても広いが、すぐ傍に現れてもおかしくはない。

 隼人は周囲を警戒する。仮面の男は警報を気にせず全く避難しようとはしなかった。ただ面白そうに含み笑いをしていた。


「輪廻様の仰られていた神の使いが来られたのだ」

「輪廻?」


 男に問いただす暇は無かった。

 敵はすぐに現れた。隼人のすぐ目の前、仮面の男の背後に。

 海面を割って派手に水しぶきを上げて、巨大な首長の海竜が海上に現れた。

 男は高らかに笑った。


「おお、来られたぞ。神の使いが!」

「まさかあの男が呼び出したのか!?」


 隼人は驚愕する。男はまるで召喚士のように堂々としている。

 海竜は左から大きく右へと首を振った。笑っていた男はロボットごと撥ね飛ばされて、横の地面に倒れた。

 ロボットは壊れたが男の命に別状は無さそうだ。普通のおっさんが目を回してのびていた。


「別にライバルでも凄い奴でも無かったのか」


 アニメと現実を一緒に考えてしまったことを隼人は恥じた。

 だが、のんびりしている時間は無い。脅威はすぐ目の前に迫っている。

 立ちすくんでいては、自分の運命も仮面の男と同じになるだろう。

 隼人はすぐに意識を男から災獣へと戻した。

 目の前にいた邪魔者を軽く排除した災獣が陸に上がってくる。隼人は汗ばむ拳を握りしめた。


「あれと戦えるのか? 国防軍のロボットで」


 相手は仮面の男を軽く一蹴した災獣だ。

 逃げた方が賢明だ。戦ったところで男と同じ運命が待っているだけだろう。それは分かっていた。だが……


「逃げるなんてヒーローらしくないよな!」


 そう決意し、向かうために操縦桿を倒そうとした時だった。

 聞き覚えのある声が空から降ってきた。


「国防軍のロボットは下がってください!」

「ここはわたし達に任せて!」


 現れたのは桃乃のハヤトサンダーと律香のぴーちゃんだ。

 警報を聞いてすぐに工場に引き返し、博士に言ってロボットに乗って出撃してきたのだ。

 二人とも国防軍のロボットに乗っているのが隼人だとは気づいていないようだった。隼人はおとなしく二人に場所を譲った。

 隼人が一緒でなくても、二人はもうロボットを自分の物として動かせていた。


「今日は隼人さんが留守なんですから邪魔しないでください」

「もーちゃん、あんまり先走らないでよ!」


 桃乃が剣を抜いて走り、律香が銃を構える。

 災獣は水流やヒレで応戦したが、博士の造ったロボットの敵では無かった。

 傍にいたから実感出来た。ロボットの性能の差を。

 斬られて撃ち抜かれた災獣が倒れていく。その姿が光となって消えていく。


「おお、神の光……」


 仮面の男の声は誰も聞いていなかった。

 戦闘はまったく危なげなく終了し、桃乃は国防軍に向かって敬礼してみせた。


「お勤めご苦労様です!」

「ほら、帰るよもーちゃん。失礼しました」


 二人はいつものように無邪気に飛んで帰っていった。

 隼人は見上げて、自分の思いに確信を抱いていた。

 そこに国防軍のロボット達が走ってきた。盗んだ男に銃を突きつけて黙らせる。通信で隼人に声を掛けてきたのは手毬だ。


「ごめん、隼人。泥棒の騒ぎと会議で出撃が遅れて」

「手毬、俺は分かったよ」

「え……」


 高校の時の同級生に向けて、隼人は男の笑みを浮かべた。


「俺、やっぱりヒーローになりたいんだ。国防軍には入れない」

「そう」


 手毬は短く答え、呟いた。


「隼人らしい答えだよ」


 そして、海面に浮かぶ夕日を見つめた。

 それは今日という日が終わったことを示していた。

 隼人が国防軍に一日だけ入った日だった。

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