第12話 国防軍の基地に行く

 次の日もいい日和だった。風も穏やかで絶好のロボットの操縦日和のように隼人には思えた。

 後は災獣が出現しないことを祈るだけか。

 リビングに行くと博士がのんびりと新聞を読んでいた。


「じゃあ、俺ちょっと出かけてくるからな」

「職安にでも行くのか?」

「友達と会う約束をしているんだよ。行ってくる」


 二号機を造って以来ゆっくりとしている様子の博士に声を掛けて行く。

 災獣も出現していない穏やかな昼下がり。

 バイクに乗って国防軍の基地に行くと、門の前で手毬が待っていた。


「ようこそ、国防軍へ」

「世話になるぜ」

「隼人がその気になれば、今からでも入隊試験を受けてもらうんだけど」

「それはまあ、おいおいな」


 隼人にはやりたいことがあるのだ。祖父の造ったロボットに乗って活躍するという。

 それは手毬も分かっているから、それ以上無理に誘うことはしなかった。

 隼人は手毬に案内されるままに基地の中へ入った。

 基地は関係者以外は立ち入り禁止になっているので、隼人一人では入れなかっただろう。

 身分を証明しろと言われても、空崎博士の孫が来たと騒ぎになったかもしれない。

 持つべき者は友達だなと思うのだった。



 

 手毬に案内されるままに歩き、辿りついた格納庫。

 ごく普通の工場の屋根の下に国防軍のロボットが並んで立っていた。

 辺りには数人の働いている人達がいたが、手毬と軽く挨拶しただけですぐに自分達の仕事に戻っていった。

 自分は新人だと思われてるのだろうか。構われないのは隼人にとってはありがたいことだった。

 並んでいるロボットの一台の前まで来て、手毬は隼人の方を振り返った。


「あなたに乗ってもらうのはこのロボットよ」


 飾り気のない地味なロボットを見上げて、隼人は感嘆の息を吐いていた。


「こうして見ると、量産型ってのも迫力があるな」

「早速乗ってみる?」

「いいのか? 講義やシミュレーションもやってないぜ」

「シミュレーションなら博物館でやったでしょ」

「まあ、それはやったが」


 あれとこれを一緒にしていいものだろうか。手毬がいいと言うならいいのかもしれないが。

 あの時は手毬がやけに凄い凄いと後ろで騒いでいたっけ。隼人は学生時代のことを懐かしく思い出し、今の現実と向かい合った。

 さて、あの時の実力がこれにどこまで通用するだろうか。


「本当にぶっつけ本番でやって大丈夫なのか? 怒られたりしないか?」

「隼人、わたしを誰だと思ってるの?」

「長官の娘。まさかその権限で……」

「違うわよ。ちゃんと許可を取ったから。仲間と練習をしたいからって」


 その仲間に国防軍とは全く無関係の部外者を入れるのはどうかと思ったが、手毬の好意を無下にすることもない。

 彼女が急かしてくる。


「ほら、時間も無いから急いで。夕方になったら父さん帰ってくるよ」

「ああ、分かった」


 隼人は覚悟を決めてリフトで上に上がって、コクピットに乗り込むことにした。

 博士のロボットに比べると、随分と小ぢんまりとして飾り気が無く感じたが、乗り心地は悪くなかった。手毬が通信で話しかけてくる。


「動かし方は分かる?」

「ああ、何も練習しなくて平気か?」

「あんたに講義をしても、多分わたしの方が教えられる立場になると思うわ」

「それも悪くは無いかもな。学生の頃を思い出すぜ」

「メカおたくめ」


 軽口を叩きあいながら隼人は操縦桿を動かそうとする。その時、騒ぎが起こった。

 一瞬、災獣が現れたのかと思ったが、そうではないらしい。

 人々の騒ぐ声が隼人の耳にまで聞こえてきた。


「ロボット泥棒だ! 誰か捕まえてくれ!」

「ロボット泥棒?」


 怪訝に思って声のした方を見ると、並んでいたロボットの一機が素早く走って格納庫の外へと出ていくのが見えた。

 通信機から手毬の声が飛ぶ。


「隼人! 捕まえて!」

「了解!」


 操縦の感覚をじっくりと確かめる暇も無かった。

 隼人は素早く操縦桿を動かして、戦う者の瞳をして走るロボットの後を追いかけた。




 その頃、桃乃はしょんぼりと肩を落として町外れの博士の工場からの帰り道を歩いていた。


「残念だよ、今日は土曜日で学校が昼までだったのに、隼人さんが用事で出かけてるなんて」

「そんなにお兄さんに会いたかったの?」


 横を歩きながら、律香が様子を伺うように訊く。

 桃乃はうつむいていた顔を撥ね上げて言い切った。


「うん! だって隼人さん、かっこいいじゃない! 会った日の朝の占いでも運命の出会いだって言ってたよ!」

「まあ、かっこ悪くはないかなあ」


 最初は隼人のことを不審に思い、桃乃を彼の手から守らなければならないと思っていた律香だったが、今ではそれほど悪い印象を受けているわけでは無かった。

 逆に桃乃の方の暴走を気にするべきかもしれない。律香は桃乃の顔を気にしながら言う。


「今日遊べなかった分はまた今度遊んでもらえばいいんじゃないかな」

「また今度か……」


 桃乃はその今度を考える。夜景が綺麗に展望できる高級レストランに自分達はいる。大人の社交場にふさわしく隼人と桃乃はお互いに正装した姿でグラスを打ちあった。

 甘い空気の中、隼人は桃乃を慈しむようなキラキラとした眼差しをして言うのだ。


「桃乃、昨日は遊んでやれなくて済まなかったな。その分、今日はたっぷりと遊んでやるからな」

「な……何をやって遊ぶんですか?」


 着なれないドレスを着せられて小学生の桃乃はもじもじしながら訊ねるしかない。

 隼人はそんな桃乃を安心させるような大人びた笑みを浮かべて言った。


「それはもちろん大人のあ・そ・び・さ。俺がリードしてやるから付いてこい。桃乃」

「はい! どこまでも隼人さんに付いていきます! うへへ」


 桃乃はだらしなく緩んだ笑みを浮かべている。隣を歩きながら律香はそんな桃乃の顔を見ていた。

 桃乃はどこに付いていくつもりなのだろう。律香は気になったが訊ねることは止めておいた。桃乃は幸せそうだ。邪魔をすることはない。

 ただ自分が気を付けないといけないと、友達のために思うのだった。

 隼人にその気が無くても、いつか桃乃の方から間違いを犯すのではないか。そんな予感もしてしまうのだった。

 無邪気な桃乃が妄想から我に返って訊ねてくる。


「隼人さん、どこに行ってるんだろう。まさか他の女の人とデートじゃないよね?」

「無い無い。あのお兄さん、全然もてそうな感じじゃなかったし」

「だよねえ」


 そんな他愛の無い話をしながら、二人は午後の道を歩いていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る