第20話 災獣に搭乗したパイロット

 外は騒ぎになっていた。警報が災獣の出現を告げている。


『ディザスター15が出現しました。付近の住民は速やかに避難してください』


 人々は直ちに避難し、町はやがて無人の静寂に包まれた。


「え? 災獣!?」


 地図に書かれた町外れの工場前まで来て、良子は焦りを見せて町の方を振り返った。

 戻るべきか行くべきか。迷う時間はそう無かった。工場の敷地内の地面が大きく左右に別れて中から何かが飛び上がろうとしているのが見えたから。


「逃がしませんわよ。うちのクラスメイトを良からぬ道に誘い込もうとする悪の輩ども!」


 正義感に溢れる恐れを知らないお嬢様は躊躇なく前進を選ぶ。勢いよく走りこんで、その穴から現れようとしている物体に向かってダイブしていった。




 崩れゆく建物から脱出して、隼人はバイクをさらに走らせて、念のために少し距離を取ったところで止まって振り返った。

 自分達まで避難所に避難するわけにはいかない。戦う者として現場の状況を見定めることにする。

 その判断はすでに災獣との戦いを何度も経験してきた桃乃と律香も同じだった。

 隼人のバイクから戦う者の瞳をして戦場を見た。

 走って逃げてくる途中で、国防軍のロボット達とすれ違っていた。彼らは果敢に現場に向かう。


「輪廻様は災獣と一体となられたのだ」

「この星に救いを」


 町ではまだ避難していない災獣教団のメンバー達が祈りを捧げていた。それを見逃す国防軍では無かった。

 相手が何者であれ、人々の安全のために国防軍は活動しているのだから。ロボットの手を差し伸べる。


「まだ民間人が残っていたのか」

「早く避難を」


 いくら信心深い人達でもロボットの腕に掬い上げられてはどうしようもなかった。

 数人残っていた教団のメンバー達は次々にロボットの手で集められて大型車に乗せられて強引に避難させられていった。

 国民の安全を確保し、戦場へと国防軍が駆けつけた場所には敵の姿はなく、現場にはただ高層のビルが建っているだけだった。

 手毬も国防軍の一員としてレーダーが示す場所を見る。

 それが示すのは隼人達の脱出してきたばかりの災獣教団のアジトのあったビルだ。

 近くに何かが潜んでいるのかもしれない。国防軍はレーダーと目視で敵を探した。


「敵はどこだ?」

「あっ! ビルが!」


 探し求めていた敵はすぐに現れた。ビルを崩して巨大な災獣が姿を現したのだ。

 災獣が現れたことは今までに何度もあるが、さすがに町中のビルの中から現れたのは初めてのことで、国防軍は驚きつつも警戒した。

 それはただの災獣ではない。その内部には輪廻がパイロットとして搭乗している。

 彼女の手元には時間を掛けて調整を行い、災獣との完全なシンクロをさせることに成功した操縦装置がある。


「行きますよ、レオン。計画を元の正常な道筋へと正すために」


 操縦桿を操作し、名前を呼ばれた災獣が答えるように吠える。操縦士とロボット、その組み合わせの強さはこれからは人だけの物ではない。

 輪廻は目の前にいる国防軍のロボットとそれに乗っているだろう人間を見下し、災獣を前進させる。

 ディザスター15。人々にそう呼ばれた災獣レオンはただの怪獣ではない。それは輪廻とともにこの星にやってきた始まりの災獣なのだ。

 その力は地球に設置したシステムから生まれた今までの災獣よりも強く大きい。

 それを証明するように力強く行動を開始した目標に向かって、国防軍は一斉に攻撃を仕掛けるが全く通用していなかった。

 煙の晴れる中を巨大な災獣は平然と向かってくる。不気味な牙と爪をちらつかせながら地面を揺さぶり前進する。

 国防軍は警戒しながらも逃げることはしなかった。


「くっ、こいつにも攻撃が効かないのか!」

「我々も博士のロマン理論を元に技術を向上させてきているのに!」

「やはり博士がいないと」

「無い物ねだりをしてもしょうがないでしょう!」


 国防軍の一員として叱咤しながら手毬も焦りを滲ませる。

 この災獣は何かが違っていた。すぐに分かった。無駄に暴れることをしないのだ。まるで知性を持った戦士のように国防軍と対峙している。

 災獣が近くのビルを殴って砕き、破片が国防軍のロボットへと降り注いでくる。

 浮足立ちそうになりながらも国防軍は何とか隊列を維持したまま攻撃を仕掛けていく。

 外で上がる火花を無感情に見つめたまま、輪廻は右手の操縦桿を前に、左手の操縦桿を後ろへと倒した。


「あなた達はわたし達の脅威にはなりません。どいてください」


 災獣が大きく尻尾を一振りした。長い尻尾が戦場を大きくなぎ払っていく。

 敵を円形に包囲していた国防軍はたちまちのうちに総崩れとなり、辺りには土煙が立ち込めていった。


「こんなものですか」


 つまらない作業だと思ってしまう輪廻。人間とはもっとやれるものだと思っていたのだが、勘違いだったのだろうか。

 考える少女の乗る災獣の腕に火花が上がった。国防軍のロボットはまだ抵抗を続けるようだ。

 低く唸るレオンの言葉を輪廻は受け取った。


「そうですね。せっかく調整したのですからもう少しテストを続行しましょう」


 前進し振り下ろす災獣の爪が国防軍のロボットの腕から銃を吹き飛ばした。




 隼人は苦々しく思いながら国防軍のロボット達が災獣にやられていく様を見ていた。

 あの災獣は明らかに今までの災獣と違っていた。

 ただ強い力で本能のままに暴れているだけではない。明確に思考して敵を打ち倒そうとする意思のある動きを見せていた。

 手毬と同じ結論に隼人は至っていた。そして、このままではまずいという予感も。


「まずいな、このままでは」

「隼人さん! あたし達も出撃しないと!」

「早く! ぴーちゃんのところに!」

「そうだな」


 パイロット達に促され、隼人が再びバイクを走らせようとした時だった。不意に上空から声が降ってきた。


「工場まで戻る必要は無いぞ」

「なんだとう!?」


 博士の声だった。

 予期せぬ上からの声に、隼人は思わず大口を開けて見上げてしまっていた。桃乃は目を煌めかせ、律香は困惑に眉を顰めて空を見た。

 空に巨大な飛行船が飛んでいた。誰の船かなど考える暇も無く、そこから再び博士の声が響いた。


「ロボットを持ってきたぞ! 受け取れ!」


 飛行船の下部のハッチが開き、そこから二体のロボットが投下されてきた。桃乃と律香のロボットだ。

 ロボット達は自動でバーニアを吹かし、すぐ傍の地面に着地した。

 初めての時の事を思いだして隼人はつい愚痴ってしまう。


「操作しなくても着陸できるんじゃねえか」

「ありがとう、お爺さん!」

「もーちゃん! 早く!」

「うん!」


 パイロットの二人はもうすっかり慣れた動作でそれぞれのロボットに乗り込んでいく。


「それじゃあ、隼人さん。行ってきます」

「おう、行ってこい」


 見送って、隼人は呆れた息を吐いていた。


「爺さん、最近ロボットを造っていないと思っていたら、あんな船を造っていたのか……」


 飛行船は町の上空を静かに飛んでいた。



 

 輪廻にとって敵とはやってくるロボット達だった。

 だから、空を飛んで近づいてきていた飛行船の存在には気づいていても、そちらに攻撃を仕掛けることはしなかった。

 だが、目標はそこから現れた。不意を突かれたことに構う必要はない。敵は向こうからやってくる。ならば迎え撃つだけだ。

 輪廻は意識をすぐにロボット達のいる戦場へ戻した。

 桃乃の乗るハヤトサンダーと律香の乗るぴーちゃんが災獣のいる場所に向かって突っ込んでいく。


「博士のロボットが来るぞ!」

「道を開けろ! 蹴散らされるぞ!」


 手前にいた国防軍は慌てて道を開けた。災獣までの道がクリアとなる。

 いつもは迷惑な博士のロボットが今では救いだ。

 桃乃と律香は敵を目視し、輪廻の方でも求めていた相手を見つけていた。


「現れましたね。脅威となるのはあの二体だけです!」


 迎え打つ災獣が炎を吐く。戦場を壁のように火線が走っていく。


「りっちゃん!」

「うん!」


 桃乃と律香は迫ってきた炎を左右にそれぞれ交わし、桃乃が剣で斬りかかった。

 だが、災獣の手から剣のような突起が伸び、防いでしまった。


「え!?」

「もーちゃん、下がって!」


 災獣の振る剣を下がってかわす。すでに銃を構えていた律香がすぐに発射した。

 だが、その銃弾は災獣の腕に現れたシールドに防がれてしまった。


「そんな! なんで!?」


 二人が驚くのも無理は無い。今までこれで通用していたのだから。

 だが、今の敵には通用しない。今の災獣は考える頭を、優秀な操縦士を乗せているのだから。

 輪廻は冷静に相手の動きを見切っていた。


「その攻撃はすでに知っています。この戦いを経てわたし達はさらなる進歩を遂げられるかもしれません。好敵手に感謝を。今度はこちらから行きますよ!」


 災獣が突っ込んでいく。剣を振り、盾で銃弾を防ぐ。律香は盾を押し出されて突き飛ばされ、跳び掛かる桃乃に向かって炎が吐き出される。

 小学生の攻撃など全てお見通しとばかりに戦況は一方的に行われていった。

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