第19話 輪廻との会談

 その頃、高層ビルの最上階の部屋で。パイロットを連れてくるという任務に失敗したメンバー達は教主に報告を行っていた。

 正面の席に腰かけ、報告を受け取った仮面の教主は全く憤慨する様子も見せず、ただ静かにひざまずく部下に訊ねた。


「後からこちらに伺うと言ったのですね?」

「はい」

「では、待つことにしましょうか」


 教主は静かに椅子の背もたれに背中を預けた。

 待つと言ってもいつまで待つつもりなのだろうか。

 部下が計ろうとしても、仮面を付けた教主からはいかなる感情も読み取れない。

 災獣教団の教主、九遠輪廻は何を考えているのだろうか。その思考は従う者に過ぎない下々の者には全く想像も出来ないことだった。

 やがて彼女はぽつりと呟いた。


「もう来たようですね」

「え……?」


 メンバーが振り返る。その瞬間、扉をぶち抜いてバイクが飛びこんできた。扉の近くにいた部下達は慌ててその場を飛びのいた。

 バイクから降り立ったのは隼人と桃乃、律香だった。

 彼にやられたばかりの部下は震えあがって腰を抜かした。教主はただ静かに来客を出迎えた。


「ようこそ来てくださいました。滅ぼす前にあなた達に会いたいと思っていました」

「来てやったぜ。用があるのはこいつらだろうがよ」


 隼人の隣に桃乃と律香が並んで立ち、教主を睨む。

 明確な敵意を向けられても災獣教団の教主、九遠輪廻は全く動揺を見せなかった。ただ冷静に片隅で震えあがっている部下に命令した。


「大槻さん、お客様にお茶をお出ししてください」

「は……はい! ただいま!」


 大槻さんと呼ばれた人はこれ幸いと部屋の外へ飛び出していった。


「席へどうぞ」


 輪廻が席を促す。断ることもない。隼人と桃乃は堂々とその席に付き、罠ではないかと少し迷った律香も後に続いて席についた。

 お茶が出され、会談が始まる。

 正面で教主と呼ばれる人物を前にしても、隼人は全く臆せず相手に向かって言った。


「人と話すのに仮面を付けたままと言うのは失礼じゃないのかい?」

「これは失礼しました。教団ではいつもこれで通していましたので」


 災獣教団の教主、九遠輪廻はゆっくりとその顔に付けていた仮面を外した。現れた素顔を見て隼人も桃乃も律香も驚いてしまった。

 彼女が桃乃や律香とそう年の変わらない小学生ぐらいの少女だったからだ。

 彼女は災獣教団の教主という物騒な肩書を全く思わせない、澄んだ優しい顔をしていた。


「これでいいでしょうか?」

「ああ、あんたが災獣教団の教主、九遠輪廻なのか?」

「はい、そうです」

「災獣を神の使いと呼んでいる……?」

「そう言いましたね。しかし、本当は違うんですよ」

「違う?」


 隼人は訝し気に訊ねる。輪廻はただ涼やかに頷いた。


「はい、あなた達が災獣と呼んでいる物は我々の用意したこの星を整備するためのシステムなんです」

「どういうことなんです?」


 桃乃が身を乗り出して訊ねる。小学生の素直な質問に、輪廻は優しい瞳を向けて答えた。


「わたし達は宇宙を旅してきました。この星も立ち寄った星の一つです。星はそのままでは住むことが出来ません。整備する必要がありました」

「それで用意されたのが俺達が災獣と呼んでいる奴らなのか。この星をお前達の都合のいい環境にするために」


 唸るような隼人の声に、輪廻は全く表情を変えること無く答えた。


「そうです。彼らはシステムを置いて立ち去りました。わたしも彼らに用意されたシステムの一部。災獣の働きを見届け、この星の記録を行い、環境が整えば彼らに報告を行うのが、九番目の星に配置された管理者であるわたしに与えられた役割です」

「九遠の九番目の九か」

「そうです」

「あなたはそれでいいんですか? みんな災獣に苦しめられているのに」

「それがわたしの役割ですから」


 律香の質問に輪廻は答える。人々が災獣に苦しめられていてもそれが自然と言わんばかりの態度で。被害が出ていても何ともないと真顔で言ってのけた。

 人間らしい感情を見せない少女に隼人は言った。相手は見たままの気の優しい小学生ではない。人間ですら無いのかもしれないと思いながら。


「驚いたぜ。災獣を崇める教団のボスが災獣を使役する側だったとはな」

「わたしは災獣についての知識を彼らに語っただけです。それをどう受け取ったのか、崇拝をし始めたのは彼らの勝手に行っていることです。それも自然なことなのかもしれません。ただ、わたしにとっては教主という立場は不都合ではありませんでしたので乗らせていただきました」

「いけしゃあしゃあと言ってくれるぜ、この教主様はよ」


 語気を強める隼人の発言に、輪廻は優しい顔に僅かに微笑みを浮かべた。


「わたしの招いた話し合いの場にあなた達は来てくれましたからね。我々の脅威とみなしたあなた達と話をするのは、わたしにとっても必要なことだと判断しました」

「あたし達が脅威……?」


 その認識は無かったのだろう。桃乃が呟く。

 輪廻は話を続けた。敵意や脅威など何も感じさせない態度で。ただシステムとして会話を行う。彼女の顔は優し気だったが、そんな冷めた態度を感じさせた。

 まるでコンピューターと話しているような錯覚を隼人は覚えた。


「そうです。わたし達にとって予想外だったのは、あなた達の存在でした」

「わたし達の?」


 律香が目を丸くする。自分達が予想外と言われることこそ予想外だったのだろう。

 輪廻は頷いて話を続けた。


「国防軍だけならまだ良かったのです。わたしの計算ではまだ対処の可能な強さでした。彼らとの攻防はむしろわたしにとっては得難い教訓となって、より高いレベルでの目標達成を予感させるものでした」

「国防軍はお前にとっては良い経験値稼ぎだったって言うわけか」

「お互いにとってです」

「…………」


 隼人はやりきれない思いで拳を握った。手毬が頑張り自分も少しだけ参加した国防軍を良い経験値稼ぎの相手だと言われて良い気分になれるはずも無かった。

 その上で相手は自分の目標を達成すると言っているのだ。それは今の順調に災獣を倒せている状況がいつまでもは続かないという不穏の予感を隼人に抱かせた。

 戦況が今のまま続くのはいつまでだろうか。考えても分かるわけもない。輪廻の表情からは全く感情が読み取れない。

 今は話をすることにする。輪廻は何も気にすることなく優しい顔をしたまま話を続けた。


「しかし、あなた達は違いました。あなた達の強さはわたしをも驚嘆させるものでした。わたしはこの星を見届けるものとして、計画が順調に行えるよう、手を打たなければなりませんでした」

「それでその手は見つかったのか?」


 隼人は手に汗を滲ませながら訊ねた。輪廻は何の感情も見せないままただ機械的に静かに答えた。


「あなた達の強さの源は何かを考えました。それは人とロボットの結びつきです。人とロボット、それぞれは単独では何の強さも発揮しません。しかし、この両者が結びつくことで比類なき強さを発揮します。そこでわたしも同じことをしようと考えました」

「同じこと?」


 隼人は訊ねる。さっきから嫌な予感が高まっている気がしてならなかった。人形のようにただ淡々と言葉を述べる輪廻の顔からは何の考えも読み取れなかった。

 自分をシステムの一部と呼んだ彼女には何の感情も無いのかもしれない。輪廻は言う。


「災獣というロボットにわたしというパイロットを乗せます。そうすることで両者のパワーバランスは振り出しに戻るはずです。その調整が今、終わりました」


 輪廻がそう告げた直後だった。いきなり部屋が揺れ始めた。冷静に座ったままの輪廻の前で、隼人は慌てて立ち上がった。


「何だ!? 地震か!?」

「隼人さん!」

「キャアアア!」


 桃乃がしがみついてくる。律香もひっついてきた。

 冷静で落ち着いて座ったままなのは輪廻だけだった。慌てる人間達を見て、彼女は始めての感情らしいものを見せた。

 慌てる隼人達がおかしいかのように僅かに嘲る笑みを見せたのだ。


「わたしと話をしてくださってありがとうございました。これも得難い経験となるでしょう。会談は終了です。早くここから出た方がいいですよ。ここはすでにあなた達が災獣と呼ぶ物の中なのですからね」

「やろう!」


 輪廻の椅子の下の床が持ち上がり、彼女の姿が天井に開いた穴の上層へと消えていく。今の隼人に後を追う余裕は無かった。

 桃乃と律香が恐がっている。早くここを出ないとやばい。揺れはどんどん激しくなってきている。


「脱出するぞ!」


 隼人は二人を抱き上げ、バイクに乗って急いで外へと飛び出した。

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