第18話 狙われた少女達

 小学校の授業はいつも通りに行われていった。災獣が現れなければ世界は平和だ。退屈とも言えるかもしれない。

 チャイムが鳴り、放課後になった。

 素早く帰る準備を整えた桃乃のところに、いつものように律香がやってきた。


「もーちゃん、またあのお兄さんのところに行くつもりなの?」

「そのつもりだけど? りっちゃんは今日は行かないの?」

「わたしは……どうしようかなあ」


 考えても結論は決まっている。桃乃が行くなら自分も行くと。隼人のことも別に嫌っているわけでは無かった。

 律香がその答えを口にしようとした時だった。その場にあまり話したことがない人、クラス委員の黄瀬良子(きせ よしこ)がやってきて声を掛けてきた。

 彼女はいつものように偉そうに腰に手を当ててふんぞり返って言う。


「桜田さん、あなた最近小学生にふさわしくないことをやっているそうね」


 その偉そうな物言いに、桜田桃乃は少し不服そうに口元を歪めて返答した。


「やってないよ。ちょっと知っている人の家に行っているだけ」

「知っている人ね。それはいったい誰なのかしら」

「ちょっと、もーちゃん」


 桃乃がうかつなことを言わないように釘を刺そうとする律香。だが、良子の強い眼差しで睨まれて黙ってしまった。

 彼女の親は町の権力者なのだ。桃乃がうかつなことを口にすれば、町を上げて隼人の迷惑になりかねない。

 律香は慎重に桃乃と良子の様子を伺っていたが、考える頭は桃乃も持っているようだった。

 軽はずみな言葉を口にしない桃乃に向かって、良子は話を続けた。


「最近学校の周りで不審者が現れていることはあなたも知っていますよね? 怪しい人に声を掛けられてもついていっては駄目ですからね」

「よっちゃんは心配しすぎだよ。隼人さんは何も怪しくないよ。ね? りっちゃん」

「わたしに聞かないでよ……」


 確かに危ない人ではないと律香は思う。むしろ今では桃乃からアタックを掛けられて彼の方が困っているぐらいだと思っている。

 だが、町の権力者を親に持つ委員長に向かって、隼人は良い奴だと断言しろと言われても律香は困ってしまうのだ。無責任な責任は取りたくない。

 桃乃と律香の態度が気に入らないかのように、良子は強気に鼻を鳴らした。


「とにかく。このクラスで一番危なっかしいのは桃乃さん、あなたなのですから。わたしは学級委員としてしばらくあなたを見張らせてもらいますからね」

「ええーーー」


 桃乃は迷惑そうに声を上げる。律香は少し考えてしまう。

 前の日曜日は朝一番から隼人の家に乗り込んでしまった。それからいろいろ遊んで、国防軍を差し置いてロボットに乗って活躍もした。

 桃乃は最近調子に乗りすぎているぐらいだったから仕方ないかと結論付けたのだった。




 昇降口で靴に履き替えて外へ出る。

 いつもは二人だが、今日は三人だ。

 その三人目とは言うまでも無く、偉そうに目を光らせている黄瀬良子だ。

 桃乃の隣が彼女に取られてしまって、律香は少し気落ちしてしまった。

 桃乃は隣を歩く良子を気にしながら話し掛けた。


「よっちゃん、どこまでついてくるつもり?」

「もちろんわたしの気が済むまでよ」

「ええーーー」


 それはいつまでだろうか。桃乃にも律香にも計ることは出来なかった。

 桃乃は前を向いて校門の辺りを気にした。


「今日は隼人さん来てないかなあ」

「あのお兄さんも毎日来るほど暇じゃないでしょ」


 実際彼は毎日来ているわけではない。たまに会うし、桃乃から会いに行くこともあるけど。

 町はずれの工場も今ではすっかり行き慣れた場所だった。歩きなら少し遠いが、自転車に乗っていけば問題無い。

 今日は彼は来ていないようだった。桃乃はしょんぼりした様子で校門を通り抜けた。


「今日は来てなかったか」

「また三人乗りするわけにもいかないでしょ」

「三人乗りってどういうこと?」


 良子が声を上げ、律香が良子がいるのに軽口を叩くべきでは無かったと思った時だった。三人の前に人影が差した。

 一瞬、隼人が来たのかと思って桃乃は喜んだ顔を上げるが、その表情はすぐに固まった。良子と律香も同じように表情を強張らせた。


「やあ、君が桃乃ちゃんだね。ロボットのパイロットをしている」

「災獣を倒しているいけない子だ」


 現れたのが災獣の仮面をつけている怪しい人達だったからだ。どう見ても友好的な雰囲気では無い。

 良子が強気に前に進み出た。


「最近現れている不審者とはあなた達ですね!」

「何だよ。外野に用は無い!」

「あう!」


 だが、簡単に突き飛ばされて転んでしまう。相手は大人だ。いくら町の権力者が親にいるとはいえ、小学生の良子の敵う相手では無かった。


「教主様がお呼びになっているのはこの子とあの子だ」


 痛そうに腰をさする良子を気にせず、仮面の人物が桃乃と律香を指さした。一人が桃乃に、もう一人が律香に迫っていく。


「来てもらうぞ」

「おとなしくしていれば痛くないからね」


 怪しい手が迫ってくる。どうすればいいか分からなくて桃乃も律香も固まってしまった。その時だった。


「うちのパイロットに何か用か?」


 隼人が現れて怪しい仮面の人物の手を捻り上げていた。軽く掴んでいるだけに見えるが、相手は痛そうに声を上げていた。


「うげげ! 何だ、お前!」


 仮面を付けているので表情までは分からないが。

 求めていた助けが来て、桃乃も律香も顔を明るくした。


「隼人さん!」

「助けて! この人達が怪しいの!」


 二人の様子に隼人は息を一つ吐き、敵を睨んだ。


「歯を食いしばってろよ、お前」


 静かな忠告。獣のような眼光。パイロットになるために鍛えていた強い鉄拳が飛んだ。仮面の人物はなすすべもなく吹っ飛び、地面に倒れた。その強さに相手は震えあがった。


「何だお前は! お前のことは呼んでないぞ!」

「我々はその子達に用があるんだ! 邪魔をするな!」


 隼人が睨む。相手はそれ以上何も言えず竦みあがってしまった。

 仮面の男をライバルだと思ったこともあるが、今の隼人はそのような考えは持っていなかった。


「用があるならこっちから出向いてやるぜ。今日のところは帰って、お前達の教主様にそう伝えときな」

「くっ、覚えていろよ!」


 相手は情けない捨て台詞を残し、逃げていった。

 桃乃は隼人にすがりついて見上げた。


「ありがとうございます、助けてくれて」

「ああ、俺が教主ってふざけた野郎に話を付けてきてやるからもう何も恐がらなくていいからな」


 隼人がそう声を掛けるのを聞いて律香は安心の息を吐こうとするのだが、驚きの発言が桃乃から飛び出て吐こうとした息を呑み込んでしまった。


「それならあたしもご一緒します!」

「なんでよ、もーちゃん! 危ないよ!」

「そうだぜ、律香の言う通りだ」


 二人の言葉に桃乃は引き下がらなかった。


「だって、教主って人はあたし達を呼んでいるんでしょう? だったらあたしも会って話をしてみたいです!」


 桃乃の言葉を誰も曲げることは出来なかった。


「やれやれ、仕方ねえな。その代わり、危ないと思ったらすぐに俺の後ろに飛んでこいよ」

「はい!」

「もーちゃんが行くならわたしも行くしかないか」


 律香もそう決心する。いつもと同じように。

 行こうとする三人を止めたのは良子の声だった。


「待ちなさい! 勝手な真似は許しませんよ!」

「誰、こいつ?」

「うちのクラスの委員長です」

「よっちゃんの親は町の偉い人なんです」

「ふーん、そうかい」


 相手が町の権力者を親に持つ委員長と聞いても隼人は全く物怖じしていなかった。

 いつも国防軍の長官が相手でも傍若無人に振る舞っている博士を見ているから、偉い人の相手にも慣れているのかもしれない。

 桃乃はそんな大人の彼に頼もしさを感じた。

 堂々とした大人を相手にして、良子は少し怯みながらも指を突きつけて叫んだ。


「事情を説明してください。場合によっては訴えます!」

「やれやれ、仕方ねえな」


 隼人は頭を掻き、紙を取り出してメモを書き、良子に渡した。彼女は不思議そうにそれを見た。


「何です? この地図は? 意外と達筆ですね」

「そこに俺達の責任者がいるから。後の話はそいつとしてくれ。じゃあな」

「あ、ちょっと」


 バイクに乗って三人は走り去っていく。

 三人乗りを注意する間も無かった。

 良子は仕方なく地図に書かれた町はずれの工場に向かうことにした。

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