第21話 ヒーローの出撃
隼人は苦虫を噛み潰しながら見ているしか無かった。出来ることは博士に連絡することぐらいだった。手を焦らせながら携帯を取り出し、電話する。
「爺さん、何か手は無いのか? このままじゃ桃乃と律香が輪廻の野郎にやられちまうぞ」
「手はあるぞ。三号機が完成した。それを見せるために飛んできたのじゃが、ちょうどいい見せ場が来たのう」
「三号機か……」
どうせ他の奴がパイロットなんだろうなと思うと隼人は落胆のため息を吐いてしまった。そんな場合では無いだろと頭を振って煩悩を振り払う。
桃乃達を助ける手段があるなら打つべきだ。早く加勢を。そう催促する前に電話の向こうで声がした。
桃乃のクラスの委員長が博士についてきたのだろう、彼女の声だった。
「お爺さん! どういうことか説明してくださる!?」
「うるさい! 黙っておれ!」
選ばれるのは彼女だろうか。ならば後は任せればいい。隼人は電話を切って優しい眼差しをして戦場に目を戻した。
桃乃と律香は苦戦をしていたが、よく粘って戦っていた。三号機が来れば挽回することは可能だろう。そう思っていた時だった。電話が鳴ったので、隼人は前ほど焦ることなく手に取った。
「もしもし、爺さんか? 三号機はまだか?」
「隼人か。それが困ったことになった」
「困ったこと?」
博士に困ることなんてあるのだろうか。隼人は不思議に思って訊ねた。博士は言う。彼にしては珍しく重々しい口調で。
「その三号機なんじゃがな……」
「まさか出撃できなくなったとか言うんじゃないだろうな?」
そんなことになったらさすがに焦る。博士の返答はそれを否定するものだった。怒鳴って言う。
「そんなヘマをわしがするものか! ロボットのコンピューターがな……お前がパイロットだと言うんじゃよ」
「そうか、俺がパイロットか。それは困ったな……って」
隼人は言葉の意味をたっぷりと呑み込んでから、電話に向かって叫んだ。
「それのどこが困ったことなんだよ!」
「わしは桃乃ちゃんの友達が良かったんじゃー!」
「俺だって友達だよ!」
「しまった! それが失点だったのか!」
「失点なんかじゃねー!」
言い合いをする隼人と博士。そこにさらに良子が加わってくる。
「あれは何!? 災獣だわ! お爺さん、早く避難しないと!」
「うるさい! お前は黙っておれ! とにかく三号機を下ろすから後はお前の好きに使え!」
「おうともさ!」
船からロボットが投下されてくる。少し荒っぽく地面に着陸した黒塗りのシャープなロボットに乗り込んで、隼人は素早く起動を済ませた。
桃乃と律香がやっていたのを見ていたので、すぐに勝手が掴めた。付き合ってきたのは無駄ではなかった。
隼人は操縦桿を握り、モニター画面に映し出された敵を睨む。相棒に声を掛け、今走る。
「行くぜ。お前の名前はハヤトマシンだああああ!」
今度のロボットは速い。性能が上がっているのか隼人の実力か。一瞬のうちに距離を詰め、回転する拳を災獣に向かって突き出した。
予期せぬ第3のロボットからの攻撃を輪廻は読み切れなかった。
「あのロボットは何? くっ、キャアアア!」
まともに食らって災獣はビルを崩しながら倒れた。
心強い助っ人に桃乃と律香は顔を輝かせた。
「隼人さん! 来てくれた!」
「お兄さん! 遅いよ!」
「おう、悪かったな」
「そのロボットは……?」
桃乃が不思議そうに訊ねる。隼人は照れくさく鼻を掻いてから堂々と答えた。
「俺のロボット、ハヤトマシンだ!」
「なら、あたしがもうハヤトを名乗るわけにはいきませんね」
「ん?」
桃乃は呟き、手元で何らかの操作を行った。それはすぐに済んで桃乃は顔を上げた。
「あたしの名前はこれからハヤトサンダー改め、モモノンです!」
「ロボットの名前、代えられたのかよ!」
「はい!」
桃乃と隼人のいつもと変わらない明るい雰囲気に、浮足立っていた律香も落ち着いて穏やかな息を吐いていた。
「本当にもーちゃんはもう」
和やかな空気の中、敵が立ち上がる。輪廻は怪訝そうに呟いた。
「なんです? なんで、ロボットが増えて……」
「行くぜ! ここからが俺達の活躍の場面だ!」
「はい!」
三体のロボットが向かっていく。災獣は迎え撃つ。
「二体も三体も同じです! わたし達の力なら! レオン!」
輪廻は巧みに操縦桿を動かし、災獣に意思を伝達した。
「あのロボットも同じ種類ならパワーも同等のはず……これで!」
災獣の剣と盾が付き出され、桃乃が繰り出す剣と律香の撃った銃弾をそれぞれに防いだ。
「まずはこれを処理して次に……」
見切っているはずだった。だからこれで防げるはずだった。だが……
「いけえええ!」
「やああああ!」
二人の気迫が爆発となって膨れ上がり、押し勝った。桃乃と律香は災獣の剣と盾をそれぞれに吹っ飛ばして破壊した。
輪廻は驚愕し、うろたえるしかなかった。
「なんで? 計算と違う!? ロボットの性能が上がったわけではないでしょう!?」
「教えてやるぜ! これが俺達の魂だ!」
隼人は拳を上げる。回転させて敵へと向かう。
「くっ、同じロボットです。そこから対処を」
殴りかかってくる拳を輪廻は災獣の腕でガードするが、大きく地面を削って後退してしまった。
「力負けしている!? 焼き払いなさい! レオン!」
災獣が口を開いて炎を発射する。爆発する炎の中で三人は下がらなかった。
地面から炎が吹き上がる中を、三機のロボット達は拳を合わせた。
「いけるか!? 桃乃!」
「もちろんです! 隼人さんの行くところなら!」
「どこにでも連れて行ってよ。付き合うから!」
「よく言った、二人とも。行くぜ!」
三機のロボットが光となって飛び立った。
その動きは輪廻の全く予想できないものだった。何でロボットが光るのかも何で今までと全く違う動きを見せているのかも全く理解出来なかった。
それはあるいは博士の語ったロマンというものかもしれなかった。
常識で計ろうとする少女はただ呆然とその綺麗に輝く力強いロボット達を見上げることしか出来なかった。
「なんなのあの光」
美しい輝きが空を巡って向かってくる。輪廻はその煌めきに苛立ちを感じ、切り札を打つことを決めた。
「ナインセンス!」
管理者には災獣のシステムが暴走して歯止めが効かなくなった時の為に、それを強引に力づくで調伏するための能力が与えられている。
それを攻撃ではなく災獣への援護の為に輪廻は使った。システムには何の欠陥も無いのにこれを使うのはこの星を任された少女にとって想定外であり屈辱的なことだった。
能力をバーストさせた輪廻の体から雷の力が放射され、エネルギーが体を満たす。少女の頭に狐のような雷の耳が生え、背から伸びた九本の雷の尻尾がコクピットの壁を貫き、そこから雷の力を災獣の体の中へ縦横無尽に走らせた。
災獣の中に力が漲る。
「撃ち抜きなさい! あの光を!」
輪廻のナインセンスの能力と意思と操縦の元に狂ったように吠える災獣の口から炎と雷の混合されたブレスが吐き出され、隼人達は連携を乱されて着地した。
「大丈夫か!? 桃乃! 律香!?」
「平気です。これぐらい!」
「戦いましょう!」
心強い仲間達だった。博士のロボット達は伊達や酔狂でパイロットを選んだわけでは無い。嫌でもそう認識できてしまう。
「いや、嫌でもねえな」
「え……?」
「お兄さん?」
「お前らがパイロットで良かったって言ったんだ。一緒に行こうぜ!」
「はい!」
「もちろんです!」
隼人の振り上げる腕が周囲のエネルギーを巻き込んで巨大なドリルとなった。桃乃と律香が支える。
輪廻は粟を食って叫んだ。
「何でドリル!? どこから!? もういいです。全部消し去れば同じこと!」
調査と報告を重視する彼女らしくない暴言を吐いて、輪廻は乱暴にペダルを踏んで操縦桿を押した。
災獣が雷と炎を乱舞しながら突進してくる。隼人達は冷静に迎え撃った。
「行くぜ!」
ドリルを前に出して三機のロボットが飛び出す。雷と炎を弾き飛ばして迫るそれを災獣の腕が受け止めた。
「こんなもので! 押し切れると思っているのですか!」
輪廻は操縦しながら自分の力を災獣に送った。
災獣から飛び出す九本の尻尾が巨大な紐となって回転するドリルを止めようと縛り上げに掛かってくる。隼人達は歯を食いしばって耐えた。
ロボットの外で雷と炎が乱舞する。
「あきらめるな!」
「あきらめません!」
「やあああああ!」
三人の意識を受けたかのようにドリルが回転を速め、縛ろうとしていた九本の尻尾を弾き飛ばし、災獣を後退させた。大ダメージで貫くとまでは行かなかったが敵に小さな傷を付けることは出来た。それで充分だった。
「行くぜ!」
隼人のロボットが飛び立つ。桃乃と律香も合わせて飛んだ。そして、三機のロボットは空で神々しい輝きを放つ光の鳥となった。
輪廻は迎撃しようとして動けなかった。それは災獣が動けなかったのか彼女自身が動けなかったのか、よく分からなかった。
ただ、この星では見た事の無い綺麗な光が飛んでいた。
気が付いた時にはその光が迫っていた。輪廻には何の対処も出来なかった。
光が災獣の体を貫き、輪廻は自らの敗北を悟っていた。
「ごめんなさい、レオン、みんな……わたしは自分の役割を果たせなかった……」
力尽きて災獣の姿が消滅していく。光の中で瞳から涙をこぼし、落ちていく輪廻の体を受け止めたのは隼人の乗るロボットの手だった。
「お前にはもう少し付き合ってもらうぜ。まだ聞きたいことがあるからな」
災獣のシステムについて知る少女。そこから何らかの今の災獣の現れる状況を改善する方法を聞きだすことは可能だろう。
瞳から涙をこぼし気を失っている少女はもう得体の知れない存在のようには思えなかった。ただの普通の女の子のようにしか見えなかった。
国防軍に絡まれて面倒にならないうちに。
隼人はすぐの帰還をすることにしたのだった。
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