第9話 彼女を連れてきて二号機に乗せた
風を切り、バイクは道を走っていく。
幸か不幸かお巡りさんには会わなくて注意されずに済んだ。
昨日来たばかりの町はずれの工場の前まで来て、桃乃は元気に弾むような足取りで止まったバイクから降り立った。
「到着! 着いたよ、りっちゃん」
「何でそんなに無駄に元気なのよ、もーちゃんは」
友達の無邪気な様子に、律香は呆れながら呟くしかない。隼人が声を掛けてくる。
「バイクぐらいで参ってたら、ロボットには乗れないぜ」
「そんなのどうでもいい」
風を切って走っている間に、高ぶっていた気分がすっかり抜けてしまったようだった。
律香は冷めた思いで立っていた。
「早く行こうよう!」
桃乃が元気に先を促してくる。
「もうなんでもいい。早く済ませて帰ろ」
律香は諦めのため息を吐いて、元気な親友の後をついていくのだった。
昨日乗ったばかりのエレベーターを降りて、三人で広大な地下の部屋に行った時、確かに昨日のロボットの隣に新しいロボットが出来ていた。
桃乃は目を輝かせてそれを見た。
「凄い! これがりっちゃんロボなのね!」
「そうだ。これがりっちゃんロボだ」
「勝手に変な名前を付けないでよ……」
何だか仲の良いカップルに付いてきたような場違いを感じる律香。こんな交際を認めるわけにはいかないが。隼人が訊ねてくる。
「じゃあ、お前には何か良い名前の案があるのか?」
「そうね……」
二人の好奇の視線に見つめられながら律香は考える。やがて決めた。
「ぴーちゃんとか?」
「ぴーちゃん?」
桃乃が疑問に目を丸くし、隼人が言う。
「お前、もーちゃんとかぴーちゃんとかそんな名前好きだよな」
「ほっといてよ! なんでもいいでしょ。名前ぐらい」
律香が名付け親としての重要性を理解してないことを叫ぶ。まあ、ロボットの名前はそれに乗る者が好きに決めればいい。
隼人は小学生の言葉をあまり気にせず、ただの興味本位で訊いた。
「何でぴーちゃんなんだ?」
「ん? 鳥みたいだから」
そう言われて隼人と桃乃が改めてそのロボットを見ると、確かにそのロボットには翼のような物が付いていた。
「お前、よく見ているな」
「気づかなかったよ」
「よく見なくても見えるじゃない。もーちゃんはもっと周りを気にしてよ」
そんなことを三人で話し合っていると、博士がやってきた。
「パイロットを連れてきたようじゃな」
「ああ、律香だ。名字は何だっけ」
「青井律香です。もーちゃんがお世話になってます」
律香は行儀よく頭を下げて挨拶した。ロボットに乗るパイロットが来てくれたのが嬉しいのだろう。博士は機嫌よくニコニコしていた。
「最近の子は礼儀正しいのう」
「何で爺さんには礼儀正しいんだ」
隼人は世の理不尽を呟いた。
そんな孫の事は気にせず、博士は先を促してきた。
「早速じゃが、お主にはあの二号機に乗ってもらうぞ」
「わたしに乗れるんでしょうか?」
律香はさすがに戸惑っていた。小学生の女の子がいきなり連れてこられてロボットに乗れと言われているのだから無理もないかもしれない。
「大丈夫。りっちゃんなら乗れるよ!」
同じ小学生の桃乃はとても乗り気だったが。
博士は隼人に向かって言ってきた。
「隼人、昨日のようにりっちゃんに乗り方を教えてあげなさい」
「仕方ねえな。行くぞ」
隼人は彼女を促し歩き出すが、律香が立ち止まったままなのに気づいて、引き返した。
「まさか今更になってびびっているのか?」
「びびってるわけないじゃない」
「じゃあ、乗るぞ。お前のぴーちゃんにな」
「うん……」
律香は緊張の面持ちで頷き、隼人と一緒に二号機の傍の昇降機に乗った。
「頑張ってねー」
桃乃に笑顔で見送られ、上に昇る。律香は不安の面持ちで呟いた。
「ここ高くない?」
「桃乃は平気だったぞ」
「もーちゃん、絶対おかしいよ」
「いいから早く乗れ」
「うーん」
律香は迷いながらもコクピットに乗り込んだ。中は暗い。座席に座って見ていると、隼人が外から声を掛けてきた。
「スイッチがどれか分かるか?」
「そんなの分かるわけないじゃない。こんなの初めてなんだし」
「だよな」
隼人は少し嬉しそうに声を弾ませて中に乗り込んできた。律香は迷惑に思いながら少し横にずれた。
「ちょっと狭いんだけど。これ一人乗りでしょ?」
「桃乃には昨日こうやって教えたんだぞ」
「もーちゃん、勝手なことばかりして……」
律香は呟きながら友達の事を思い出す。隼人は素早く計器類に目を走らせた。
「基本的には桃乃のと似たようなもんだな。同じ爺さんの造ったロボットなんだから当然か」
隼人はスイッチの一つを指さした。
「それが主電源だな。入れてみろ」
「はい」
言われたままに律香は緊張に顔を強張らせながらもスイッチを押した。緊張に気持ちが高ぶっていたせいか敬語になっていた。
計器類に光が灯り、モニター画面が外の景色を映し出す。広い地下室や見上げている桃乃や博士の姿が見えた。
見られている視線を感じながら、律香は指先でロボットの名前を入力する。隣で隼人が少し驚いた声を出していた。
「本当にぴーちゃんって打ちやがった」
「どうでもいいじゃない」
「お前がいいならいいけどよ」
「後で変えることとかって出来る?」
「知らんが、他に良い名前の案はあるのか?」
「無いけど」
「じゃあ、ぴーちゃんでいいか」
「うん」
律香は再び前を見る。唇を引き結んでそれっきり黙ってしまう。動こうとしない彼女に隼人は訊いた。
「動かさないのか? ぴーちゃん」
「動かしていいの?」
「そのために来たんだろ?」
律香は迷っていた。彼女には桃乃ほどの天真爛漫な度胸が無かったのだ。視線と操縦桿を握ろうとする手を迷わせながら、彼女は隣にいる隼人に訊ねた。
「わたし、ロボットの操縦ってしたことが無いんだけど。本当にわたしに操縦出来るだなんて思ってるの? お兄さん」
「桃乃は出来てたぞ」
「…………やってみる。言っておくけど、壊しても責任なんて取らないからね」
「ああ、思いっきりやってみろ」
律香は覚悟を決めたようだ。隼人にとっては自分のロボットでは無いので壊れてもどうでもいいことだ。
治したかったら博士が修理するだろう。
ただ律香が上手くロボットを動かしてくれて、爺さんが次を造る気になってくれればそれでいい。
律香は初心者が初めて運転をする顔つきで画面を見、両側の操縦桿を握ろうとして、隣にいる隼人を見た。
「そこにいられると邪魔なんだけど」
言われてみると、左手が隼人の体が邪魔になっていて操縦桿に届きにくそうだった。桃乃の時には全く意識しなかったことだった。
パイロットの邪魔をすることはない。隼人は素直な言葉を口にした。
「悪かったな」
律香は彼がどいてくれるのかと思ったが、彼の手はそっと彼女の腰の後ろに回されて、律香の体は持ち上げられて彼の膝の間に降ろされていた。
「え……」
律香は驚いてしまうが、彼は呑気な物だった。
「これで操縦桿、握れるだろ? 桃乃の時もこうしたんだぜ」
「確かに届くけど、どいて欲しかったんだけど」
「一人で平気か」
「……ここにいて」
言われてみると、こんなよく分からないロボットのコクピットで一人で残されるなんて冗談では無かった。
死なばもろとも。そんな気分になってしまう。ここまで連れてきた責任は取ってもらうべきだ。律香は気を強くして両手の操縦桿を強く握ってモニター画面を凝視した。
その手が静かにゆっくりと操縦桿を倒していく。隼人はじっと黙って操縦する彼女を見守った。
ロボットが動き始めたので、博士と桃乃はその場を少し離れた。
昨日はすぐに災獣が出現したのですぐに外へ放り出されてしまったが、今は何も起きていなかったので広い地下室を歩くことになった。
律香は両手の操縦桿を上手く動かしていく。最初はぎこちなく動かしていたが、次第に慣れてきて、彼女の手と顔にも軽さが戻ってきた。
ロボットは順調に歩いていく。隼人は感嘆に舌を巻いていた。
「上手いもんだな。初心者とは思えないぜ」
「どんな難しいのかと思ったけど簡単じゃない。これならもーちゃんでも出来るのは納得だわ」
「本当か? そんなに簡単なら、ちょっと俺にもやらせてくれよ」
「いいわよ」
隼人が軽い気持ちで言うと、律香は軽くオーケーしてくれた。上手く操縦が出来て彼女は上機嫌のようだった。こういうところは子供は素直だなと隼人は思う。
律香に代わって操縦桿を握って、隼人は緊張に体を強張らせてしまった。思わぬところで初めてのロボットデビューが来てしまった。これを動かしてしまったら、今日から自分もエースパイロットなのだろうか。
膝の上から律香が呑気に言ってくる。
「動かさないの? 簡単に出来るわよ」
「やってやるさ。頼むぜ、ぴーちゃん!」
隼人は覚悟を決めた。小学生でも出来る簡単な操縦だ。やってやれないことは無いと思った。
博士や桃乃にも出来るところを見せてやりたかった。
思い切って操縦桿を倒した。その途端、ロボットは派手にぶっ倒れてしまった。
「うわああ!」
「キャアア!」
悲鳴を上げる二人。
「大丈夫か!?」
「気を付けてよ、もー!」
「悪い」
幸いにもロボットの性能が良かったので二人とも怪我は無かった。
災獣と戦うことを想定されて造られたロボットだ。倒れたぐらいで壊れたりはしない。
通信を通して桃乃と博士が話しかけてきた。
「大丈夫ですか!? 隼人さん! りっちゃん!」
「何をやっておる、隼人! わしのロボットを壊す気か!」
「いや、俺でも出来るかと思って。って言うか、俺が操縦したってよく分かったな」
「分かるに決まっておろう! 選ばれたパイロットがこのような凡ミスをするはずが無いからな!」
「うぐう、凡ミス……」
こんなのはつまらないミスなのだ。言われて隼人はしょげてしまう。実際にやってしまったのだから何も言い返すことが出来なかった。
隼人の離した操縦桿を、律香が再び握ってロボットを立ち上がらせた。
「お兄さん、何だかよく分からないけど頑張って」
「ありがとう、お前って優しいんだな」
「んー、何だかもーちゃんと似たようなところがあるかも」
「俺と桃乃が? 似てるかなあ」
隼人は考えてしまう。
律香は苦笑して、再び操縦を試していった。
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