第8話 桃乃のフォロー

 時間はまだ朝だ。小学生を迎えに行くには早い。隼人は学校の終わる放課後の時間まで暇を潰すことにした。

 道路に出て、適当にバイクを走らせる。世界は平和だ。今日は日差しも良く、暖かな天候に恵まれていた。

 気持ちよく風を切って走っているうちに時間はすぐに過ぎていった。

 適当に立ち寄った店で昼食を済ませ、海岸沿いの道を走っている途中でバイクを止めた。

 海を眺める。静かだった。

 少し視線を横へ巡らせると、昨日桃乃と戦った湾岸のコンビナートが見えた。

 災獣が現れたのは何も今回が初めてのことではない。そこではすっかりと慣れた様子で復興の作業が行われていた。

 もしかしたら災獣よりも予期せぬロボットの出現の方が人々を驚かせたかもしれない。

 そのロボットが二体になったらどうなるのだろうか。

 隼人は少し想像してみるが……


「小学生のことなんざ分からない……か」


 隼人は律香のことはよく知らない。ただ妙に突っかかってくる奴だなと思っただけだった。

 彼女をロボットに乗せて何が出来るかは分からないが、桃乃のように予期せぬ才能をあるいは持っているのかもしれない。


「とりあえず連れていくか」


 彼女を連れて行けばみんな満足するだろう。考えるのは結果を見てからでいい。

 隼人はそう結論を出し、バイクを走らせて学校へと向かうことにした。




 小学校に今日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。放課後だ。

 子供達の声で賑やかになる教室で桃乃が帰る準備をしていると、友達の律香が声を掛けてきた。


「もーちゃん、帰ろう」

「うん、りっちゃん」


 立ち上がり、教室を出て一緒に廊下を歩いていく。

 桃乃が『また工場へ行こうか、あそこ少し遠いけど』と思っていると、その思考を読んだかのように隣を歩く律香が言ってきた。


「もーちゃん、もうあそこに行ったら駄目だよ。あの変なお兄さんに連れていかれたところ」

「どうして? 隼人さん良い人だったよ。ロボットの乗り方教えてくれたし」


 律香はどうしてか隼人のことをよく思っていないようだった。それが桃乃には腑に落ちない。逆に律香にとってはそんな桃乃の方が理解できないようだったが。

 彼女は不満そうに唇を尖らせて言った。


「もーちゃんは分かってないよ。男はそうやって油断させたところを襲ってくるんだよ。飴ちゃんくれるとかさ」

「襲ってくるのかなあ」


 桃乃は何故かわくわくとしていた。律香はそんな友達の呑気な様子にため息を吐いてしまった。

 それでも友達は自分が守らないといけないと律香は気を引き締める。

 上履きから靴に履き替えて、二人並んで昇降口を出た。

 律香は気難しそうに眉根を引き寄せて言う。友達に警戒を促す言葉を。


「あの男、まさか今日もいたりしないよね。もーちゃん、気を付けて……」

「あ、隼人さんだ。隼人さーーーん!」


 だと言うのに、桃乃はあろうことか自分から門のところで待っていた隼人の元へ声を掛けて走っていった。

 警戒も何もあったものでは無かった。隠れようとか逃げようとかそんなことを言う暇も無かった。


「ああ、もう。もーちゃんは、もう!」


 桃乃が行ったのなら律香も行くしか無かった。もう彼女に出来ることは桃乃が被害を受けないようにガードすることだけだった。

 桃乃は子供のように元気にはきはきとはしゃいだ声を男に掛けていた。天真爛漫な彼女らしい態度だが、この場合は過ぎた態度だと律香は思う。


「隼人さん、今日もロボットに乗せてくれるんですか?」

「いや、今日迎えに来たのはお前じゃないんだ」

「え? じゃあ、誰?」

「お前の友達の……」


 桃乃が怪訝に問い、隼人が言いかけた時だった。

 彼の視線がふと上がり、律香を見てきた。走り寄っていた律香は途中で足を止めて、彼の視線を見つめ返してしまった。

 何だか知らないが言いしれない悪感を律香は感じていた。

 そんな友達の気持ちも気にせず、桃乃が振り返り、笑顔で紹介してくれる。


「友達のりっちゃんです」

「知ってる。昨日会ったしな」

「そうでしたね」


 桃乃は嬉しそうに笑っている。隼人は気さくな友達のように声を掛けてきた。


「今日はあいつに用があって来たんだ。おい、こっち来いよ」


 律香は行きたくなかったが、桃乃が彼の所にいるので行くしかなかった。


「りっちゃん、おいでよ。隼人さんが用があるんだって」


 あろうことか桃乃まで誘ってくる。

 ここで無視をしたら彼に騙されて桃乃がどんな目に合うのか。いけないことを律香は想像してしまった。

 だから、なるべく早く行って、ぎこちなく表情を固めながらも彼に向かって訊ねることにした。


「わたしに何の用があるんですか?」

「そう固くならなくていいぞ。ちょっとうちに来てロボットに乗って欲しいんだ」

「ちょっとうちに来てロボットに乗れと言われても……」


 ロボットとはそんな気楽に乗れるものなのだろうか。律香は考えてしまう。何といっても自分達は小学生なのだ。何のスキルも特別な訓練も受けていない。

 桃乃はと言えば、


「りっちゃんもロボットに乗れるんですか? すごーい」


 何て言って、興奮に目をキラキラさせている。隼人は


「桃乃に乗れるんだから、乗れんじゃねーの」


 何か適当な態度だし。律香はなぜ自分達がこんな境遇に置かれているのかよく理解出来なかった。

 自分達の適性も考えて、律香は正直な返答を口にした。呑気な桃乃と比べて真面目すぎる言葉を隼人にぶつける。


「気づいているんですか? わたし達小学生なんですよ」

「知ってる」

「何を今さら」

「もーちゃんは黙ってて」

「うむ」


 ぴしゃりと言われて口を噤む桃乃。隼人が頷き、桃乃が頷きを返していた。

 無言のやり取りを面白くないと思いながら、律香は言葉を続けた。


「わたし、ロボットなんて乗ったことないし、もうわたし達に構わないで欲しいんですけど」

「それは困る」

「困るって何が?」

「お前が選ばれたパイロットだからだ」

「何に選ばれたっていうの?」

「ロボットのコンピューターにだ」

「わけ分かんない。もーちゃん、行こ」


 律香は歩き出そうとするが、桃乃は動かなかった。のんびりした所のある彼女だが、この時ばかりは隼人の顔を見上げて毅然とした態度をして言った。


「りっちゃんが行かないと隼人さんは困るんですよね?」

「ああ、凄く困る。この世の終わりと言ってもいいぐらいだ」


 何せ律香が来て二号機を動かしてくれないと博士はもう三号機を造らないと明言しているのだ。逆に彼女が桃乃のような目覚ましい活躍を見せてくれれば、博士は調子に乗ってすぐに新しいロボットを造ってくれるかもしれない。

 何が良いことかは明白だった。ロボットが増えればチャンスが増える。律香の判断は隼人にとって非常に重要だった。

 そして、それは彼を慕う桃乃にとっても。

 桃乃は言う。律香が耳を疑うような言葉を。


「だったら行きましょう」

「「え?」」


 呆気に取られた言葉を隼人も律香も口にしてしまう。構わず桃乃は強く言葉を続けた。


「りっちゃんぐらい何人でも連れていってくれていいですから!」

「え!? いいの!?」

「ちょっと、もーちゃん!」


 律香は後ずさる。逃げようとして、その前に桃乃がさらに強く叫んでいた。


「早く! りっちゃんを捕まえてください!」

「おう!」


 桃乃に言われる形で隼人が素早く動いて律香の手を掴んでいた。律香が引っ張ってもびくともしない男の手だった。

 手を掴んだまま、隼人は怪訝に桃乃に問うた。


「本当に連れていっていいのか?」

「もちろんです! りっちゃんも分かってくれます!」

「ちょっと、もーちゃん! 分からないよ!」


 そんな気持ちは友達に通用していないようだった。

 桃乃は鼻息を荒くしている。隼人は覚悟を決めたようだった。


「じゃあ、友達の言葉に甘えておくかね」

「甘えないでよ! わきゃあ!」


 小学生の律香の体は軽々と隼人に抱え上げられる。そのまま荷物のようにすぐ傍に止めてあったバイクまで運ばれていった。


「助けて! ひとさーらーいー!」


 律香はもがくが逃げることは出来なかった。

 周囲の人々がさすがに何事かと思って足を止めて見ていたが、


「大丈夫です! りっちゃんはお兄さんが迎えに来たのに、お医者さんに行きたくないってごねてるだけですから!」

「もーちゃんの裏切り者お!」


 桃乃の巧みなフォローで気にせず通り過ぎて行った。

 隼人は律香の体をバイクの座席の前に降ろして、桃乃に振り返って言った。


「お前も来るだろ?」

「はい!」


 彼からの誘いに桃乃は満面の笑みで頷いた。


「律香のフォローはばっちり頼むぜ」

「任されました。りっちゃんはあたしの親友ですから!」


 親友とは何だろうか。桃乃と長く付き合ってきて、律香は始めて考えてしまった。

 桃乃が後ろの座席に乗り、隼人はバイクのエンジンを吹かせた。


「三人乗りでかっとばして行くぜ。しっかり掴まってろよな!」

「はい!」

「ああ、もう!」


 桃乃が元気に答え、律香はもうどうにでもなれという気分でしがみついて目を瞑るのだった。

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