第10話 実戦へ

 今日は何事もなく終わるかと思っていた。

 だが、町のサイレンとニュースは敵の襲来を告げた。


『ディザスター09が出現しました。付近の住民は速やかに避難してください』


 空から来た大きな鳥のような怪獣がすぐ近所の山へ降り立ち、両手の大きな鉤爪で山林を薙ぎ払い始めた。


「大変! 山の自然が!」

「出撃するのじゃ!」


 博士の声を受けて桃乃はすぐに自分のロボットへと走った。すでに出撃を経験済みなので彼女の動きは早い。

 律香は戸惑ってしまった。


「出撃ってどうやるの?」

「とりあえず射出台に立てばいいんじゃないか?」


 昨日いきなり打ち出されたことを思い起こせば、気の進まない隼人だったが、このまま活躍をしないわけにも桃乃を一人で行かせるわけにもいかなかった。


「分かった」


 隼人の指示で律香はロボットをそこに移動させて立たせた。

 隣から桃乃が呑気な顔で通信を送ってくる。


「今日もいっぱい活躍しようね、隼人さん」

「ああ」

「もう、もーちゃんは呑気なんだから」


 そんな呑気な事を言っていられるのも今のうちだけだった。


「発進じゃ!」


 博士が言うのと同時、二体のロボットは空高く打ち出された。


「ううう、うわあああ!」


 桃乃と隼人にとってはもう慣れたものだったが、律香は慌ててしまった。


「どうすればいいの!? これ、どうすればいいの!?」

「落ち……」

「落ち着いて、りっちゃん! こうやって着地すればいいんだよ!」

「ええええええええ!」


 隼人も驚く桃乃の動きだった。桃乃は何と自ら地上に向かって飛んだのだ。地上の山で暴れている災獣へと向かって。


「あいつ、いつの間にあんなに操縦が上手くなったんだ」


 もうすっかりロボットを自分の物として使っている者の動きだった。

 反面、律香はまだ何も分かっていなかった。


「どうすればいいの? お兄さん」

「落ち着け。桃乃でも出来るんだ。簡単だろ」

「うん……」

「とりあえず操縦桿を握って。その調子」

「うん」


 律香は操縦桿を前に倒す。するとロボットの背の翼が広がった。


「何か羽が広がったんだけど。いいの?」

「いいんだ。ロボットのコンピューターが操縦をサポートしてくれているんだ」


 隼人も二号機は初めての体験だったが博士の言葉の受け売りをそのまま話す。ここで慌ててしまっては小学生にも笑われてしまうだろう。

 隼人は年上として気を強く持って、律香のサポートをすることにした。

 律香は少し安心したように肩の力を抜いた。


「分かった。上手くやってみせるから見てて」

「おう」


 律香は操縦桿を操作して地上を目指した。暴れている災獣の近くに桃乃が着地して何かポーズを取っているのが見えていた。

 律香が隼人に訊ねてくる。


「あの災獣、倒していいんだよね?」

「ああ、みんなを困らせる悪い奴だからな。お前だって何回も避難しただろ?」

「うん、それなら!」


 律香は何かを決めたようだった。素早く操縦桿を動かすと、自分から災獣の元へと跳びこんでいった。

 翼を広げたまま体当たりをする。跳ねられた災獣は地響きを立てて横に転がった。


「お前、思い切ったことするな」

「だって悪い奴だもの。倒さなくちゃ」


 律香は律香で思うところがあるようだった。一回上に飛んでから着地する。一体の災獣を二体のロボットが囲んだ。

 その時だった。


「民間人は下がってください!」

「後は国防軍の仕事です!」


 国防軍のロボット達がやってきた。かっこいい博士の造ったロボットに比べると、いかにも地味なロボット達だった。

 彼らはやってくるなり嫌そうな言葉を吐いた。


「うげ、ロボットが二体に増えてる」

「あれも博士が造った物なのか?」

「決まってる。あんな物を造る人が他にいてたまるものか」


 その身勝手に聞こえる言い分を聞いて、律香が振り返って隼人に訊ねてきた。


「お兄さん、あれも倒していいの?」

「いや、後で無理難題を吹っ掛けられるだろうから止めとけ」


 昨日の博士と長官のやり取りを思い出してしまう。何か問題を起こせば二人の矛先がそのまま隼人に向かってくるだろう。冗談では無かった。断固阻止だった。

 幸いにも律香は問題を起こすような子では無かった。


「分かった。国防軍はみんなのために働いてくれてるんだものね」


 だが、彼女は慎重であった故に出遅れてしまった。すでに桃乃が動き、国防軍も行動を開始していた。


「ハヤトサンダーキック!」


 桃乃のロボットの蹴りが災獣に向かって放たれるが、敵は翼を持っている。その翼を広げて空へ逃れた。


「撃て! いっせい射撃だ!」


 国防軍のロボット達は銃を撃ちまくるが全く通用していなかった。


「無傷だと!」

「そんな馬鹿な!」


 敵が翼を広げて風を巻き起こしてくる。周囲の木々がざわめいた。桃乃がロボットをジャンプさせて跳び付こうとするが、敵は高度を上げてすり抜けるように避けてしまった。

 何回ジャンプしても届かない。


「そうだ、剣を出せば……」


 その分だけ相手は高度を上げてしまった。


「あ、飛べるんだった」


 気づいた桃乃が敵に向かって飛び立つ。蹴り返されて手を離れた剣が山に刺さった。

 戦場を見ながら律香が訊ねてくる。


「どう戦えばいいの?」

「何か武器があるんじゃないか?」

「武器か……」


 教えるまでもなく、律香はコンソールに指を走らせた。


「お前、操作の仕方分かるのか?」

「何か武器っぽいアイコンがあったから」

「そうか」


 ロボットは上手く律香に合わせて造られているようだった。操作の正しさを証明するように足から銃が跳び出し、ロボットはそれを握った。


「お前、銃が使えるのか」

「使ったことないけど」

「ならなぜそれを選んだ」

「知らないわよ。勝手に出たの」

「…………」


 黙っていても仕方がない。幸いにも敵の注意は桃乃と国防軍が引きつけてくれている。隼人は決断した。


「とりあえず撃ってみろ。一発だけなら誤射してもしょうがない」

「分かったわ」


 律香は慎重に狙いを付ける。そして、こっちに全く気が付いていない敵に向かって引き金を弾いた。


「ぐぎゃあああ!」


 翼を撃ち抜かれ、災獣は悲鳴を上げて地面に墜落した。律香は輝いた顔を上げた。


「やったわ。銃なんて簡単じゃない」

「ああ、よくやったな」


 後は桃乃の仕事が早かった。山に刺さった剣を素早く抜くと、敵に向かって跳躍した。


「ハヤトサンダースラッシュ斬!」


 斬られた敵は爆発して消滅した。戦いは終わった。


「さあ、帰ろう。隼人さん、りっちゃん」

「ああ」


 そうして、後の処理を何も出来なかった国防軍に任せて帰還した。




 博士の待つ地下室に戻って一息ついた頃だった。

 昨日と同じようにまた長官が怒鳴り込んできた。


「博士、いったいあの武器は何なのです? なぜ我々の武器の通用しない災獣を撃ち抜けたのですか!?」

「あ? エネルギーを回転させただけじゃけど?」

「それだけじゃ分かりません! きちんと説明してください!」

「うるさいのう。武器ぐらい自分で造れ」


 言い合いがまた始まった。大の大人達がわいわいギャーギャーと。長官は今度ばかりは切れたとばかりに机を叩いた。


「事態には国民の安全が掛かっているのですよ! 教えてくれてもいいでしょう!」

「今でも対処は出来ておるじゃないか。他にも優秀な技術者ならお前の所にもいくらでもいるじゃろう」

「それでもあれほどの物を造れる者はいないのです!」

「仕方ないのう。ロボットを造るコツ? みたいなの教えてやるからそれで帰ってくれるかの」

「おお、教えてくれるのですか!」


 博士が心底からうんざりした顔をして言うと、長官の顔はパッと晴れやかになった。


「では、技術者を集めて講習会を開く準備をしましょう! 日時と場所はどうします?」

「それには及ばん。すぐに終わるからの。じゃあ、言うぞ」

「はい!」


 長官はすぐにメモとペンの用意をして一言も聞き逃すまいと居住まいを正した。

 隼人にとっても興味のある話題だ。静聴する。桃乃と律香も場の空気を読んで黙ってくれた。

 静かになった場所で博士は語った。優れたロボットを造るコツを。単純明快にこれしかないとばかりに短く言った。


「ロマンじゃよ」

「は?」

「ロマンがあれば優れたロボットなどいくらでも造れるのじゃ」

「真面目に言ってください!」

「わしは真面目に言っておるわい!」


 また言い合いが始まった。また長引きそうだ。隼人は桃乃と律香を連れて外に出ることにした。


「隼人、お疲れさま」

「ああ、そちらさんもお疲れ」


 途中、国防軍として長官についてきていた手毬と言葉を交わす。少し歩いたところで律香が訊ねてきた。


「お兄さん、今の人誰ですか?」

「ん? 高校の時の同級生」

「お兄さんに同級生が!」


 それはショックを受けることなのだろうか。学校に通ったことがあれば誰でも同級生はいるものだろう。

 エレベータを降りて外へ出れば、空はもう暗くなってきていた。


「送っていこうか?」

「いえ、大丈夫です」

「三人乗りで逮捕されても大変ですしね」

「そうか」


 二人がいいと言うなら隼人が特に無理強いすることでは無かった。


「それでは、お兄さん。また」

「隼人さん、またロボットに乗って敵を倒そうねー」

「ああ、またな」


 そして、朝よりもずっと良い気分で去っていく二人を見送ったのだった。

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