第33話 禁断の切札
食料戦争――
人類史上三度目の対戦。
対戦というには憚れる醜い争いに過ぎないが、その対戦の残骸として、現在において問題となっているものがある。
それは所謂、無主地問題というものだ。
氷河期の到来により生じた食糧戦争や飢餓でその国の国民が全滅するなどして、政府が機能しなくなり、その国の資源は既に吸い付くされていたため、どの国家や組織も引き受けや実効支配せず、誰も占拠しなくなった地域が、現在において多数存在する。
世界地図上では空白として白く塗りつぶされ、文字通り何処までも白い雪原が続いていることから、
リアレートもそういった地域の一つだ。
現実のところ、リアレートは単なる一都市に過ぎず、現在まで国家承認どころか建国の表明すらしていなかった。
今回の場合、寧ろ独立宣言というより建国宣言と言った方が正しいと言える。
何故今まで建国の意思を示していなかった理由として、リアレート都市議会と優越するような権威、即ちレジスタンスとアデニ氏を長としていた集落が存在していたため、主権国家としての体を成していなかった。
だが、不幸なことにアデニ氏という長が亡くなった今、集落の権威は、シオンが代行している。そして仲違いしていた姉妹の関係が回復し、レジスタンスの方から歩み寄った形で、リアレートは宣言を行った。
「馬鹿なっ!! 知事……タメスゲン……あの猫野郎は、どこ行ったっ!!」
『彼なら失脚したよ。横領と企業誘致の賄賂の容疑でな。その口振だと、やはり何かしらの繋がりがあったのだな? 疑うのであればニュースを見せよう』
私はD.Dへ、ホログラムディスプレイを展開し、現在Ercu加盟国内で流れている映像を投影する。
あちこち包帯が巻かれたアイシャ氏の痛々しさとは裏腹に、凛々しくも逞しく演説する姿が映し出された。
〈……暴動、貧困、権威、主張……リアレートという都市は、今までそれら多くの板挟みの中に居ました。私の妹もまたそんな火中の中心に長いこと捕らわれていました……〉
〈……そんな妹ともう一度手を取り合えるようになれたのは、私の3人の友人のお陰です……〉
〈……彼等はリアレートに絆というものを教えてくれました……〉
〈……私がこの場に居れるのは、今も彼等が時間を作ってくれているお陰です……〉
アイシャ氏はこのように述べ、とアナウンサーが続けた後、タメスゲンの顔写真が映し出され、失脚のニュースへと切り替わる。
「……最初から、お前達は只の時間稼ぎをしていたということか……」
「……ああ……書類作成にタスクを取られたお陰で……阿頼耶識が殆ど使えなかったぜ……」
ケェリィアにその分を頼んでいたのだがな。ユラナの使用するオブジェクトはアキラの
やはり、無理であったか。
『すまん。苦労をかけた。相棒』
「いや……いつも世話かけてるな……相棒」
互いに労いの言葉もそこそこに、私はディプレイを静かに閉じる。
私はD.Dの目的に確証を得た段階で、戦闘では決着が付かないと判断し、戦闘自体を止める策を取った。
アースに渡した電子文書。あれにはオリアーヌへ各ブロックの
その中にはタメスゲンのAPHRPA系企業誘致における賄賂の実態を事細かに書かれていた。アースにはその資料をもとにして彼の逮捕を依頼した。
マリアにはシオンの診断の他、独立準備の為にアイシャ氏の説得を依頼していた。そして、彼女には更にもう1つ依頼したことがある。
「……なるほど、そうか……人工意識、紅……先ずはそいつをどうにかすべきだった……」
D.Dの震え彷徨う指先が向けられているのは私だ。
無論、アキラにとって私が弱点となることは分かっている。たが、それを補うだけの相互補完関係を……ではないな……友情を築いている。
「だが……まだ終わらない……軍が来る前に……お前達を始末……すれば……」
我々を殺害したところでもう遅い、意味が無い。半身炭化した身体で執念深く躙り寄るD.D。
仮初の妻子を持つアキラ自身には、その執念深さの根源が何であるか少し理解できたのかもしれない。
故に彼は深傷を負っている身体を無理矢理力を込めて奮い起たせ、銃剣を構える。
再燃する緊張感の最中。
無粋なロータ回転騒音が、岩壁に囲まれたこの空間に反響し掻き乱す。
『「来たか……」』
騒音の主はアキラのフロートバイク。乗せてきたのは銀髪紅眼の女性マリア。
「……やはり……牢は……解けしまったか……」
我々の戦闘を激化させ、その分演算を割けさせてしまえば、牢はその構造を保てなくなり自壊すると踏んでいたが、どうやら無事、思惑通りにいったようだ。
マリアは
重症を負うこと予測し、牢が解けた場合には、彼女にアイシャ氏の説得した後、バイクに乗って貰うように依頼していた。
運転できない彼女の事を考え、フロートバイクには事前に、アキラの居るポイントへ向かうようプログラムを仕込んで置いた。
「アキラっ! 来たよっ!」
バイクから降りたマリアの足元の覚束無く。身体を左右に揺らし躓きそうになりながら駆け寄る――が、ふと脚を止まった。
アキラの傷付いた身体を見た彼女は、あまりの酷さに思わず口許を抑え、目も丸くし、その瞳も今にも泣き出しそうな色に変わっていく。
「……そんな……酷い……アキラっ! 動かないでっ! 今すぐ治療を――」
アキラはユラナが横たわっている方へ指を指し、動揺したマリアの言葉を遮る。
重症なのは臓器が一つ潰されたユラナの方だ。アキラの方の肺は挫傷により空気が洩れ、収縮するに留まり。止血を施したことと、TQX素体の再生能力により、若干であるが肺は元の大きさに戻りつつある。
「……俺より……酷い奴がいる……」
恐る恐るアキラの指した方向へと視線を注ぎ、血の海に横たわったユラナを見たマリアの顔は更に青ざめていく。
「そ、そんなっ!! ユラナっ!! こんなことってっ!」
頭を抱え激しい動揺を見せ始めるマリアにアキラは慰めることはなく。叱咤の言葉を送る。
「マリアっ!! ユラナを頼むっ!!」
「……っ!!」
アキラの叱咤に背中を飛び上がらせたと思いきや、自分の頬を思いっきり叩く。痛みで動転した自分を諫めたのだろう。
「ごめん。アキラ……ありがとう……」
彼女に冷静さを取り戻させたアキラには、彼女の微笑みと謝罪と感謝の言葉が送られた。
医師としての本分を全うしようと駆け出す背中にアキラの口許が緩む。
緊張が解けたからだろうか。アキラの身体の震えが不意に止まった。
脳内にエンドルフィン、血中にアドレナリンとノルアドレナリンが溢れ、過度な血圧の上昇、脈が力強いものへと変わっていさく。
闘争と逃避のために起こる人体の反応、抑制が外れ限界を迎えた身体に再び力が宿る。
「なぁ、お互い女房と子供を待たせてんだ。残業はこれくらいにしてさっさと終わらせようぜ?」
アドレナリンの興奮作用とエンドルフィンの沈痛作用により、痛みが和らいだのだろう。呼吸と口振りが一時的に取り戻す。
「紅、
……
一体、私は何度、
『気は確かかっ!? あれは未完成だっ!? 爆死したいのかっ!?』
益荒男――。
集落に訪れた最初の夜の日。対執行者との戦闘の為に開発していたオブジェクト。計算が破綻している故に私が何度もエラーを出した。完成度で言えば精々50%と言ったところだ。
これはTQX素体に張り巡らされた
量子回路内で粒子が亜光速まで加速させるため、暴走を起こせば肉体内部から爆発する。
危険は彼も承知の上なのだろう。量子残量も残り僅か、今現状D.Dの炭素の甲冑を破壊する手段なのは確か。
「頼む……紅」
懇願されたのはいつ以来だろうか。最早無意味に等しい闘いに何故そこまでする必要があるのか。
ようやく理解できた。
恐らく彼は束の間の友を縛る責務から、彼を解放させてやりたいのだろう。
『……分かったよ。だが限界は12秒。それ以上は
アキラの言葉に焚きつけられたのか、それとも覚悟を決めたのかは分からない。D.Dの口許にも笑みのようなものが見せ、再び全身を漆黒の甲冑に身を包み、アキラより明らかに重症な身体の筈の彼は両手剣を振り上げて見せる。
「……なあ? アキラ……最後に一つお前に頼みたいことがある……」
遺言なのだろうか。彼の口から語られるものは要領を得ないものであった。
「お前に敗北した場合……俺は執行者として相応しくないと見なされる。そしたら――」
「分かってんよ。後は任せろ」
「そうか。感謝するぜ……」
二人にしか分からないような会話の後、私はオブジェクト〈益荒男〉の起動シークエンスに入った。
〈光子解放……マイクロ波発生開始……高強度パルスレーザーのプラズマへの集光開始……プラズマウェークの発生を確認……粒子加速開始……〉
アキラは銃剣、天羽々斬を逆手に持ち替え――
D.Dはじりじりと間合いを詰め始め――
〈
火蓋が切って落とされる矢先――
「アキラっ!! 待ってっ!! それを使っちゃ駄目ぇぇぇっ!!」
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