第32話 悪魔の双陽

 時は既に逢魔が時、何の因果か紫苑しおんの花の色に染まった岸壁を二人の鬼が、空気を切り裂き奈落へと向かう。


 恐らく破壊された地熱発電から舞い上がった大量の水蒸気が、薄い雲を発生させ、ミー散乱とレイリー散乱の絶妙な加減により生じた現象だろう。


 これも奇妙な縁、すぐ近くにはアデニ氏が眠る墓標がある。手向けの花がこんな争いまみれで申し訳ないが、せめて花言葉如く追憶する事が無いようD.Dとの因縁は断ち斬り、紫苑の別名、鬼の醜草おにのそこぐさの如く、古き詩にもあるよう墓を護る鬼として、紫苑とその彼女から託された想いを護って見せよう。


「なぁっ! さっさと、くたばったらどうだっ!」


「お前こそっ! 行きが上がってるように見えるがっ!」


 万有引力に拘束され、時速にして凡そ急激に高度を落としていく最中、アキラとD.Dは互いに悪態をつけられるほどの余裕を見せている。


「ユラナっ!! 頼むっ!!」


「分かっているっ!」


 ユラナが銃槍ドラゴンイーターを引抜く。

 

 アキラの肩に捕まり、背中に脚を置く。


「何をっ!」


 言葉の強弱からD.Dが動揺を見せた刹那

 

 ユラナはアキラの背中を土台にして、蹴り上がる。


 手と脚を大きく広げ、身体を大の字にして空気抵抗を高め、アキラ達と寸毫の距離を得たユラナは、体のバネを使い宙返りした後、銃槍を構え、発砲――



 視界を端を横切る寸刻の光。


「何処を狙っているっ!」


 計6発の弾丸が発射されるが全弾外し、D.Dに鼻で笑われる。


 笑っていられるのも今のうちだ。ユラナの狙撃の腕は確かだ。的を外すことなどあり得ない。


「これでいいのよっ!」


 アキラは銃剣、天羽々斬を握る手へ更に力を込める。


 地面が眼前へと迫り、衝突まで二秒――


〈――佐保春霞サホノハルガスミを、実行する〉


 大地に叩きつけられる衝撃はTNT換算にして凡そ1kg弱、鉄筋コンクリートの構造物を倒壊させられる程の衝撃を受け、反作用にで、何度も地面を弾むアキラの身体を私は分厚い気体の層を発生させ、即席のエアバッグで包む。


 アキラは地面を転がりながら、衝撃を殺しつつ、四肢と銃剣を使い、体勢を立て直した。


 状況を確認すべく直ぐ様顔を上げ、落下地点を目視するが、その場所は粉塵が立ち込め、D.Dの姿は確認が取れない。


 まぁ、この程度で倒せるなら苦労はしないが――



 案の定、粉塵が次第に晴れていくと、抉られた地面から、黒い腕が伸びて隆起した地面を掴む。


 擦れる砂利の音が再び緊迫感を呼び起こした。


「しぶてぇヤローだ……」


 むくりと起き上がり、平然と頭を振る程度の素振りしか見せなかったD.Dにアキラは毒づいた。


「まだまだ、俺を殺すにはエネルギーが足りないな」


 傷を負っていた筈の肩はいつの間にか塞がり、立ち上がったD.Dは軽々と漆黒の両手剣ツヴァイへンダーを担ぎ上げる。


「なあ? 戦争が起きやすくなる条件ってしっているか? いくつかあるが、リアレートの場合、貴重な資源の集中と階層性や社会的複雑さの増大、それと集団的アイデンティティの確立がそうだな」


 どの口が言うのか――


 最後の集団的アイデンティティは、D.Dの仕業だ。リアレートの富裕層や中間層に対し、貧困層が憎しみを抱くように仕向けた。


「戦争ってのは、歴史を見れば分かることだが、社会的条件が変化することで集団殺戮の動機と組織が生れ、言わば個々がもつ本能ではなく集団がもつ社会性により生じるもの、故に戦争を起こしたくば、社会的に仕向ける必要がある」


「あら、そう? なら、そのせいで貴方は死ぬのよ」


 電磁加速砲により真紅の電光を纏ったが弾丸がD.Dを襲った。


 アキラが落下の衝撃で地面を転がっている最中、ユラナはオブジェクトで緩やかに着地し、そのまま地面に伏せ、銃槍ドラゴンイーターで狙いを定めていた。


「何度やっても同じだっ!!」


 D.Dは爆炎を両手剣で凪ぎ払う。


 着弾の瞬間、やはりD.Dは両手剣や甲冑をカーボンファイバーに構造変化させ防いでいたようだ。落下の衝撃を耐えられたのもそれが理由だろう。


 だが――


「ガッ――!?」


 突然起きた六方向から放電現象。真紅の稲妻がD.Dの身体を貫き、衝撃のあまり倒れかけた身体を突き刺した両手剣で支える。


「こ、これは液体金属……か?」


 D.Dは両手剣や身体中に付着した銀色に輝く液体に気付いた。


 ユラナが弾丸に仕込んでいた液体金属が導体となり、電流が彼を襲ったのだ。

 

 絶えず貫き続ける雷撃が遂に膝を付かせるかに思われた。


「……だから、こんなものは無意味だといっただろっ!!」

 

 甲冑の色が無色透明のダイヤモンドに変え、その絶縁性に雷撃が弾かれた。


 癇癪を起こし、凪ぎ払った両手剣が巻き上げた粉塵が、何かに阻まれ黒煙を上げ焼失する。


「……何だ?」


 虚を付かれたD.Dように、一瞬D.Dの動きが止まる。


 先程までD.Dを貫いていた雷光は、その向きを上空へと変え立ち上っている。


 電磁障壁――


 落下の最中、ユラナが敢えて外したのは、光子を内包した弾丸を地面に打ち込み、電磁障壁を発生させる為であった。


「ダイヤモンドが絶縁体ってことは知っているだろ。いつまで、こんな無意味な――」


「それだけじゃないのよ」


 ユラナが黒い金属筒を二つD.Dを点にして、それぞれ対角の方向へ放り投げる。


「何をする気だ?」


 それは好奇心か、警戒のあまりか、放物線を描いて落ち、転がるD.Dはじっと眺めていた。


 パンッ――


 ユラナの掌を合わさり、軽快の音がなる。


 それは起因、起爆の合図。


 金属筒が破裂し閃光が包んだ後、白銀の極寒の冷気と黄金の灼熱の熱気が、渓谷に充満していく。


 金属筒の内一つはナノテルミットの焼夷手榴弾サーメート、酸化剤である酸化モリブデンと還元剤であるアルミニウムをナノ粒子にすることにより、還元しながら高温に達するテルミット反応の反応速度を劇的に高めたもの。


 もう一つはカリウム原子からなる超低温量子気体を内包した手榴弾。レーザーと磁気を用いて、格子状に整列させ、原子が元の位置にとどまるのに適したエネルギー状態を作ることで、絶対零度の気体を作り出した。


「……|La Ruota della Fortuna《ルオータ デラ フォルトゥーナ》」


 炎と冷気が輪を描き始め、エネルギー循環を始める。


 上空へと昇っていた稲妻は、その向きを変え、D.Dを中心に輪を描き、目が眩むほどの輝きを放ち始める。


 温度の異なる二つの熱源が生み出す可逆熱サイクル。第二種永久機関と言われるカルノーサイクルに限りなく近いものを生み出し、ユラナはそのエネルギーから大量の電力を生み出す。


「これはパルス電流っ!! 磁場閉じ込めかっ!! まさかっ!!」



 そして漸く気付いたようだ。


 アキラは銃剣、天羽々斬を上段に腕を交差するように構え、D.Dを挟んで反対側のユラナは両腕を上げ銃槍ドラゴンイーターを大上段に構えている。


 電撃も冷却も衝撃も加熱も効果がない。ならばどうするか――


「炭素の融点は3800℃だったよなっ!? それを超える熱量なら、いくらなんでも耐えられねぇだろっ!!」


〈階層性ディスバランサ起動、凝縮ウィークボソン解放、水素生成開始〉


「それに今、ガンマ線は遮られて、誰にも観測されないのでしょう? 気を使ったつもりが仇になったわね?」


三重水素トリチウム生成……完了、重力子解放〉


『二人ともグルーオンの保護が持つのは凡そ12秒だ』


『二人とも息を合わせて』


 二人のきっさきに三重水素のプラズマが灯される。


 その小さな火球はまさに小さな太陽と言えるほど、眩い光を放つ


 二人は重力波で一気に一気に加速し、それを電磁障壁へ突き刺した。


 弱力型磁化標的核融合オブジェクト


『――天照アマテラス


『Cielo del sole《太陽天》――』


 電磁障壁内部に二人の双陽が侵入した刹那――


 爆発的に膨張する火球を、瞬間的に私とケェリィアで重力波による2GPaの圧力を均一に掛ける。


 空間と光の筋がD.Dへと一気に収束し、一瞬の煌めき――


 1億5000℃の灼熱の双が全てを蒸発させ――


 重々しい衝撃が大気と大地を激しく震わせた――


 全ての音を呑む激しい閃光――





 そして、私が見たのは星空であった。


 暗転の後、叩きつけられる衝撃を受ける。


 静寂の中、骨が砕ける音が響く。


〈何だ――〉


〈何が起こった――?〉


〈反撃を受けたのか?〉


〈しかし認識出来なかったぞ――〉


〈アキラはどうした――〉


 私は神経接続の状況を確認する。


〈接続が切れていない……な〉


〈ということは、生きている!!〉


 私はアキラの身体にメディカルチェックを掛けようとした矢先――


「――ガハっ!!!」


 アキラは覚醒と同時に噎せ、鮮やかな真紅の飛沫が霧のように飛んだ。


 不味いぞ、肋骨が右肺に突き刺さり、肺挫傷を起こしている。潰れた肺に血が溜まり先程からまともに呼吸が出来ていない。


「……紅……」


『喋るなっ! 動くなっ! 片方の肺が潰れているんだ。今、止血を試みる』


 緋々色鎧ヒヒイロノヨロイは破壊され、量子残量も残り僅か。


 私は一先ず止血のため肺の損傷部分に向けオブジェクトで雷撃を撃つ。


「――ぐっ!!」


 アキラは激痛のあまり悶絶し踞る。 マリアがこんな雑な応急処置を見たら何と言うだろうな。


『手荒ですまん』


「……いや……ユラナは……?」


 そんな状態で自分より他人の心配か。相変わらずだな。


『少し待て』


 私はユラナ達の安否を確かめるため、ケェリィアに信号を送ると直ぐ繋がった。


〈……無事か?〉


〈何とかね……アキラは?〉


〈生きているが、肺に肋骨が刺さり、今止血したところだ。ユラナは……〉


〈この娘も、一先ず生きているわ。だけど……その……ね……〉


 言葉を濁し始めるケェリィア。口調から察するに確かに重症なのだろうが、また別の含意があるように思える。


〈アキラにこっちを見させないで貰えるかしら?〉


〈どうした?〉


〈まぁ、紅にはいいか……左腎臓が潰れて、血……がね? ほら? 分かるでしょ?〉


〈ああ、そういうことか……〉


〈こんな状況でも、やっぱり恥ずかしいと思うから〉


〈分かった……〉


 さて、この地面を鮮血で染めながら、朦朧とした意識まま、立ち上がろうとしている馬鹿はどうしてくれようか。


『動くなと言っただろうっ!! 死ぬ気かっ!!』


「……ユラナは……?」


『腎臓が潰されたらしいが、生きている。行くな、察してやれ』


「……違う……奴はまだ生きている……」


 アキラは爆心地となった場所へと目を向ける。溶解した大地から未だ燃え上がった炎が闇夜の中を煌々と照らし、立ち上る黒煙は闇夜に溶けていく。


『……やはり、そうなのか?』


「……ああ……あの……野郎……ダイヤモンドを……時間結晶……にしやがった……」


『何……だと……? 馬鹿なっ! ありえんっ! しかし、それが事実なら……』


 それであれば頷ける。


 時間結晶、通常、結晶、ここではえて3次元結晶というが、それは空間的に繰り返しのパターンを持っている。しかし時間の経過に対し、その構造は変わらない。だが、時間結晶は時間の経過に対し、刻々とその構造を一定のパターンで変化させていく。理論上、全体の系のエネルギーが保存され、熱平衡に達しない。つまり熱エネルギーは完全に遮断される。


 だが、熱力学で熱平衡において時間結晶が存在しないことが証明されている。

 

 アキラ曰く、阿頼耶識がD.Dの甲冑に大気中の窒素が取り込まれていくのを捕らえたそうだ。


 そして一定の周期で初期状態の戻る振動を刻み始めたとのこと。


 確かに視覚情報を再生してみると、そのように見える。


 どうやらアキラは右脇腹にユラナは左脇腹にD.Dの両手剣が食い込み、上空へと打ち上げられた。


 だが、窒素を使った時間結晶では離散的並進性しか得られない。熱力学的に非平衡、つまり不安定な結晶しか作れない筈だ。


 むしろ非平衡状態にし、通常の炭素より高温状態に達する時間を稼いだということだろうか。


 いや、1億5000℃の熱量に耐えられる訳がない。執行者には何か物理法則をねじ曲げる何があるとしか――


〈何だ……一体……この嫌悪感は……〉


 物理法則ではあり得ない現象について考察しいる内に、私を構成する根幹のようなものから込み上げてくるような、得体の知れない気持ち悪さを感じた。


 そして、やはり炎の中から黒い人影が現れる。


 甲冑は溶解し、久方ぶりに見せたD.Dの素顔、半身は焼け焦げ、片足を引きずっている。


「……危うく……死にかけたぞ……」


 燃え盛る炎を背にして鬼火のような青い眼光が我々に迫ってくる。


 アキラは野獣のような呻き声をあげ、全身を襲う激痛に耐えながら、天羽々斬を支えに立ち上がる。


 そんな時であった、数件の電子文書が届いたのは――


「……本当に……しぶといヤローだ」


「そいつは……こっちの……台詞……だ」


 私は悪態を付け合う両者を尻目に電子文書を確認する。


 息を切らせ、互いに文字通り、虫の息である二人。


 だが――これで終わる。


「……俺にも火星に待っている妻と娘がいるんだ……こんなところで倒れる訳にはいかねぇ……」


 何だ、それは――


 ふざけるなよ――


『貴様は待っている家族がいるのも関わらず、他の家族を奪ったのかっ!!』


「テメー……それが……父親の……やることかっ!?」


 アキラは義憤のあまり声を張り上げた性で、噎せ、喀血を繰り返し、膝を付く。

 

 D.Dは、それをただ無表情に我々を見下ろしている。


『だが、君の敗けだ。今、正式にリアレートの全住民のErcu加盟国への難民受入が完了した。無論、シオンもだ。難民である彼等を襲えば、Ercuを敵に回すことになる』

 

「――!!」


 我々を見下ろす青い瞳が見開かれる。彼の驚愕した表情をまともに見るのは初めてかもしれない。


 もう、彼にリアレートの住民を殺害することは出来ない。難民をErcuは全力で保護する。既に一個師団がこちらに向かっているとの情報を得ている。


 それだけではない。


『そして、たった今、アイシャ氏を首相に正当政府を立ち上げた。全Ercu加盟国及び全ERDU《欧州研究開発連合》加盟国の国家承認も下りた。つまり――独立だ』

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