第31話 奈落への誘い

 戻ってきて早々、アキラとユラナとケェリィアから言葉責めに合う。


 3分遅刻したのだから当然だな。


 ケェリィアから戦闘データが転送される。私が離れた後の戦闘で判明したのは、D.Dは炭素の構造を巧みに変化させ、それぞれの物質的特性を使い防いでいたということだ。


 ダイヤモンドは破壊靭性には強くなく、900℃以上の炎であれば燃える。


 そのためアキラはオブジェクト〈火産霊太刀ホミスビノタチ〉を使用し、破壊を試みたが、D.Dは単純な炭素に構造を変化させ、炭素の融点は3800℃、故にあっさり防がれたとの事だ。


 突如、目の前のD.Dの身体が閃光と爆音に包まれる。


 硝煙と弾ける火花の中から、漆黒の両手剣を盾に身を伏せたD.Dが青白い眼光を光らせる。


 軌跡さえ残さない程の音速の弾丸。


 ユラナの量子型電磁気力オブジェクト「Fulmine cremisi真紅の稲妻」による電磁加速砲レールガン


 ユラナは倒壊を免れた二階建ての店舗の屋上からD.Dの死角を狙ったが、彼は両手剣を盾に形状変化させ、容易く防いで見せた。


 盾には格子状の模様が浮かんでいる。恐らくカーボンファイバーを格子状に編み込む事で高い破壊靭性を獲得することで防げたのだろう。


 他にも電撃はダイヤモンドの絶縁性に防がれ、冷却にたいしては懐からホウ素を取り出し超伝導状態を獲得。マイスナー効果により軌道を反らされ、逆に利用されたらしい。


『戦況は思わしくないようだな』


「ああ、どうにもこうにも、あの炭素の物質的特性のせいで全部防がれちまう。トドの詰まりってやつだ」


『なるほど……』


「やっぱり固すぎよ。あれ」


 屋上から飛び降りてくるユラナ。アキラは注意を惹き、ユラナが隙を突くという、二人が得意とする市街地におけるゲリラ戦を試みたが、不意を突くどころか帰って時間を与えてしまい対策を講じられたてしまった。


 故に近接戦闘を余儀なくされた。寧ろこれから策の事を考えると近接戦闘の方が都合がいい。


 だがそれを行うには責めて後10分、時間が欲しい。


『今、アースの指示でオリアーヌが動いている。あと10分時間を稼げ』


 煙を両手剣で振り払い、後腰から一個の立方体を取り出す。それは青みを帯びた灰色の金属の物体であった。


 スペクトルなどから90%の確率で鉛であることが、阿頼耶識の分析で分かったが、油断は出来ない。


 正体不明の物体にアキラは、ゆっくりと剣先をD.Dの目を向けて構える。攻防一致の天眼の構え。水の構えとも人の構えとも言うが、攻撃にせよ、防御にせよ、全ての動作の基点となる構え、それは彼の警戒心の現れだ。


 ユラナもまた左半身を前にドラゴンイーターを構える。これも攻撃にも防御にも転用出来る構え。


「そう身構えるなよ。こいつは武器じゃねぇ」


 そう言ってD.Dの立方体を握る手に一瞬稲光が走る。


 その立方体は微粒子へと分解され、立ち上る煙の如く大気中に霧散していった。


「これは鉛の主幹とした分子マシンだ。一定時間ガンマ線を遮断する。主要国の観測装置の中には、まだ生きているものもあるのでな。これ以上、派手に暴れると後々と面倒だ」


 D.Dの両手剣の剣先が二人に狙いを定める。


 剣先に青い稲光が走り、光の粒子が収束されていく。


〈照射範囲、直径5メートル。速度は光速、照射時間は30秒と推定〉


 V.Vとの戦闘で苦杯を喫した閃光、ガンマ線バースト。


 回避不可能かつ広大な照射範囲で厄介極まりない。


「アキラっ!」


 だが、準備時間を与えたのが運の尽きだ。


 ユラナの喚呼かんこにアキラは咄嗟に退しのき、すかさずユラナが前に出る。


 ユラナはドラゴンイーターを突き立て、レッグポーチから取り出したのは7本の開閉部の無い円筒の金属容器、それを頭上へと放り投げた。

 

 尖端にそれぞれ、p、n、ΛラムダΔデルタΣシグマ、|ΞグサイΩオメガの文字のデボス加工が施されている。


 剣先が輝きを増し、眩む程の閃光が周囲を飲み込むのと同時――。


 各円筒の中心に切れ目が走り、粒子が放出される。


 ユラナの掲げた両手に粒子が収束していき、目の前に身の丈程の七色の七枚の壁が構築された。


 膠着系防御型オブジェクト、Dite's Wallsディーテの城壁。ユラナが扱うオブジェクトの中で最高の防御性能を誇るオブジェクト。


 我々を呑み込まんとしていたガンマ線は、七枚の壁に遮られ拡散し、軌道が変わった光は二人以外を呑込み、アスファルトを溶解させていく。


「……っ!」


 だが、亀裂が稲妻の如く走り、噛み砕かれるが如く、ガラスのような音を立て、破片をばら蒔き、一枚、一枚と割れていく。


 4枚目にしてようやく照射が衰えていき、耐えしのいだのも束の間。


「ユラナっ! 下がれっ!」


 アキラの喚呼、その場から飛び退く。


 衰えつつあった閃光の中から現れるD.D。彼の黒光りする両手剣が、残りの三枚の壁を薄氷の如く容易く叩き割っていく。


 硝子の如く煌めく破片が舞い、粉雪の如く霧散する粒子の中、アキラとD.Dは再び剣を交える。


 交差する白刃と黒刃、打ち合いが再開するかと思いきや、アキラは私の予測を少々裏切る行為に出た。


 打ち合いの瞬間、峰を己に向け、切先を地面に向け、D.Dの両手剣を刃先で滑らせるように受け流す。


 叩きつけられた地面が土煙をあげるが、直ぐ様迫る切返しに対し、アキラは受け流した体勢から天羽々斬を振り下ろす。だが――


「何っ!」


 その受け流しの動作は一度では終わらなかった。斬り合いの度、金属が擦れる人間が不快とする周波が響く。


 屠竜之技――。


 アキラが幼い頃、無法地帯の世を生きる上で育ての母親から教わった武術。時代の流れで全く意味をなさないという意味ではその通りであるが、伝説上の龍の鱗のような硬いものを斬る為に彼の母親が独自に特化させた。


 受け流す度、振り下ろす度、踏み込み、前に進むアキラの気迫と威圧と剣圧に押され、D.Dが徐々に後ずさっていく


 そろそろか――。


 なんと都合が良い。


 策を実行するにあたり、戦闘が大通で行われ、D.Dが丁度良く道路の中央線にいた。


 運など一欠片も信じていないが、この時ほどアキラの持つ幸運に感謝したことはない。


 いや――


『アキラっ! そのままD.Dを押さえつけろっ!』


 私は戦闘に最中、オリアーヌへとメールを送る。


 その内容を鬼面タクティカルマスクの内側に備え付けた画面に映し、それを見たアキラは鼻で笑う。


 振り下ろされる両手剣。受け流すかに思えたが、剣圧に押されたのか、切先が弾かれ、アキラの手から天羽々斬か零れ落ちてしまう。


 宙を空転する天羽々斬。



 アキラは弾かれた宙を舞う天羽々斬を掴み、そして緩やかな曲線を描く銀閃が天地を凪いだ。


 肩から先を切り落とすつもりで切れ味を調整したのだが、ようやく斬撃が入ったと思ったのだが、腕の付根部分を10㎝程の食い込んだ辺りで受け止められ、切り口からは鮮血が噴水のように吹き出している。


「……剣術ってやつか? それで? 出し物はもう終りか?」


 右鎖骨下動脈を越え、脊髄と腕を繋ぐ神経、頚神経叢けいしんけいまで達し、明らかに致命傷の筈だが全く動ずる気配すら見せず淡々とD.Dが語りかけてくる。


 それどころか両手剣を握るD.Dの腕の力はまるで衰える様子がない。この者の人体の構造は一体どうなっている。


 オリアーヌ、まだかっ!? 流石に量子残量が尽きかけているのだが――。 


「まだよっ!」


 頭上で宙を返りながら、ユラナが天羽々斬の峰に向けて重力加速と回転エネルギーを加えたドラゴンイーターを叩きつける。


 爆発に似た衝撃により土煙が巻き上げらるが、それでも交差した二人の刃はD.Dの肩を切断させるに至らず、半分ほどの所で食い止められる。



「もうネタ切れとは言わないよな?」


 晴れ行く土煙の中で、致命傷の傷を負いつつも全く動ぜず淡々と口を開くD.Dのはしぶとさは不気味を越え、最早恐怖さえ覚える。


 だが、そのしぶとさにも飽きてきた。


 ようやくか――


『いや――ここからが本番メインディッシュだ』


 遥か後方、都市の中心部より段々と近づいてくる地鳴り。


 立っていることさえやっとなほどの激しい揺れに襲われる。


「何だ?」


 爆発のような衝撃音の後、背後より迫り来るのは土煙、火山の如く噴き上げ、道路と空を二つに引き裂いていく。


 対峙する三者を噴き上げる土煙が呑込み――


「こ、これは――っ!!」


 土煙に包まれる中、突如道路が中央線に添って割れ始めた。


 リアレートは円型状の都市であるのだが、12枚のパネルの上に建物が建設されている。


 私はオリアーヌに頼み、その12枚のパネルの接続部を切離してもらったのだ。切り離されたパネルは大地溝帯の岸壁や地表に埋め込まれた補助支柱に支えられることになる。


 本来、地熱発電所の生産井と還元井である支柱を交換するためのほか、災害時の緊急措置のためのシステム。

 

 オリアーヌに補助電源装置を作動させて貰い起動させて貰った。今頃文句の一つや二つ呟いている頃だろう。


 発電所を破壊された現在、支柱は交換しなくてはならない。冷却水は全て蒸発し、本来火災が発生している筈だが、発電所が破壊された際、自動で支柱の隔壁が閉じられたことで何とか免れている。


「そんじゃあ、続いてのアトラクションは、片道5kmのスカイダイビングだ」


「馬鹿ね。そんなに短いと、ただの紐無しバンジージャンプでしょう?」


 じりじりと何もない空間が足元に迫るも、アキラとユラナは全く恐怖を感じるどころか、冗談口を叩くという余裕を見せている。


「……やってくれたなっ! お前たちも無事では済まんぞっ!」


 D.Dは肩に食らい付いた刃を引き離そうとするが、二人は更に力を込め、食らい付き離さない。


 遂に、足元が抜ける。


 身体がふわりと浮かび、奈落へと引摺り込むように、我等はD.Dを谷底へと招待した。

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