第30話 紅の画策

 悪魔達とひつじかいの乱戦が幕を開けた。


 三者の入り乱れる斬撃の応酬。アキラが懐に飛込み、両手剣をなしながら、空かさず入れ替り、ユラナが隙を付くを基本に、アキラ達は陣形を自然に組み立てていく。


 

 D.Dの斬撃は大剣が故の大振り故に、阿頼耶識による予測演算を使わずとも、先読みが用意で、躱すのも容易いが、それを補う装甲故に互いに致命傷を与えられない。


 さて、どうやって都市から引き離すか。


『アキラっ! 何をしてもかまわんっ! 先ずは彼を責めてこの場からでいい、引き離せっ!』


「わーてるよっ!!」


 都市の外周まで凡そ20kmある。さらには都市全てが彼の標的、我々の相手をすると言ってはいたが、隙を見せれば即に狙いを変えてくるだろう。


 同時にシオンの命も、順番など関係ない。後で辻褄を合わせればよいのだから。


『私に策がある。少しの間、時間を稼げ』


「……策ってなんだっ!」


「こらっ!! そこっ!! 無駄口を叩かないっ!!」


 振り下ろされた両手剣をアキラは半歩下がってそれを躱す。


 地面が砕かれ、粉塵の舞う中、懐へと潜り込む。


 不意を突けたと思ったが、D.Dもそれは読んでいたらしい。懐に入ったアキラの眼前へと膝頭が迫る。


 アキラは膝を曲げ、飛び上がり、衝撃を殺す。それどころかD.Dの膝に手を添え、反動を利用し頭上を大きく飛び越える。


 宙で身体を捻り、天地逆転のまま、蟀谷こめかみに狙いを定め、刃を振るう。


 外傷は与えないまでも、脳髄に衝撃を与え、昏倒させることは出来るはずであった。


 

 それはD.Dの下腕に容易く防がれる。


「――っ!?」


 アキラの身体モニタリングから伝わる手のしびれ。

 そして斬り込んだ刃から伝わる振動は金属とはまるで違う。


 先程まで黒光していた装甲は、硝子のような透明性を得て、違った光沢を帯びている。


 怪しく輝く眼光がアキラの捕らえる。


 注意がこちらに向いた。


 その勝機を見逃さない相棒をD.Dの身体越しに捕らえる。


 槍を構え突進してくるユラナの姿。

 


「――っ!!」


  

 アキラの時にも拾った同様の音波。


 脇腹に突き刺さった筈の刃は、装甲の表面で防がれている。


「――っ!! この感触、やっぱりダイヤモンドね」


 アキラも感じた独特の感触、ほんのわずかしか食い込んでいかない。むしろ食い込んでいるかすら怪しい。

 物質特性である粘り強さ、所謂靭性じんせいを全く感じられない金属とは異なる硬さ。


 デュークの踏込みが地面を砕く。


 罅割ひびわれ足元が隆起する。


 空気を砕き突き進む黒刃。


 水平に凪ぎ払らわれた両手剣が二人を襲う。

 

 「ぐっ!!」「うっ!!」


 斬撃自体は二人とも受け止めたが、踏ん張りが利かず、膂力に押し出され、間合いを取られてしまう。


 二人が再度間合いを図る中、私はユラナの人工意識、ケェリィアに暗号通信を送る。


領域を貸せ。量子もつれ通信エンタングルリンクだ。私は並列処理を行いアースの電脳通信する。その間アキラを頼む〉


〈はぁ!? なんで!? こっちも余裕無いわよ。二人分も賄えないわよ!? それに阿頼耶識なんて、バカスカ領域を喰うんだから無理よっ!!〉


〈10分、いや5分でいい。策がある。直ぐに戻る〉


〈……まったく、5分だけよ。それ以上はもたない〉


〈感謝する〉


 私はケェリィアとの調整を済ませ、アキラへ語り掛ける。


『策を講じる。アキラ、すまん。30秒だけ抜ける。その間ケェリィアがカバーする。それまでどうにか持ち堪えてくれ』


「はぁっ!? お前っ! ふざけ――」


〈並列処理開始――〉


〈EPRネットワークにアクセス〉


 私は量子もつれによる超高速通信ネットワークの電脳空間にダイブする。


 表示される情報の海、無数に漂う球体はドメインを表し、互いに接続を表す青白い光線で結ばれている。


 0と1と2が収束し、私の情報を表すアバターが構築されていく。


 私のアバターのフォルムは人型。着流しを羽織り、紅い焔のように燃える長髪。二本の角を有した鬼人。

 何故自分がアバターとして鬼人の姿を使っているかといえば、私は端からこの姿で生まれたからとい言いようがない。私自身の内部イメージを投影しているに過ぎない。


 そして私はこのネットワーク上で成長したボトムアップ型アーキテクチャを備えた人工意識だ。


 人工知能とは違い、数で物を考えることはない。まして命令の組合せで答えを導き出すこと無い。人と同じような認知機能を再現する事を目的として設計された。


 私はアバターを10体ほど複製し、ネットワーク上に展開する。


 そしてアースへ彼自身の電脳にアクセス許可を求めた。


 渙発入れず彼から双方向通信の返信が届く。


『どうしたんだいっ!? 君は今、アキラと共に戦闘しているじゃないのかいっ!?』


『すまんが、急用で君とマリアに頼みたいことがある』


 アースが自分の視覚情報を私を接続させ、マリアの姿がウィンドウに表示される。


 私はマリア宛とアース宛に指示書データを彼へ送信した。


『……これをしろというのかい?』


『ああ、悪いが手を貸してくれないか?』


『……君もアキラに似て無茶ばかりするね……』


『自覚しているよ』


『……分かった。オリアーヌに指示を出すよ。だけど、この問題の一番のネックはシオンだね。一体どうするんだい?』


『それについては、マリア宛の指示書を彼女へ』


 アースがホログラムディスプレイを展開しマリアにその指示書を見せた。


 じっくりとその指示書を眺めたのも束の間、彼女は頭を抱えた。


『……私に誤診しろっていうの?』


『いや、飽くまで正しく診断した結果で構わない。それでも正常というのであれば、別の手を実行するまでだ。だが君も気付いているはずだ。彼女にその可能性が十分にあることは、それに――』


『シオンは19歳。児童の権利及び福祉に関するアフリカ憲章も国際刑事裁判所規程も適用できない。テロ行為に及んだのは洗脳を受けていたという証明が必要……それしか無いんだね……』


『今シオンを救えるのは君しかいない。証明できれば彼女を君の保護観察下でErcu加盟国に難民として受け入れる事が出来る。Ercuは虐げられる人間を全力で護る。それは君も良く知っているはずだと思うが』


 マリアは暫く俯いて思考を巡らせているようであった。やがて肩を落とし、重々しい溜め息をついた。


『本当に無茶苦茶な事を言ってくれるかなぁ……だけど、私は医師として正しく診断する。誤診も偽装も決してしない。それで判断して』


『無論だ。それで構わない。あとはサクラだが……』


『ちょっと……待って……誰だか知らねぇ……けど……勝手に決めるんじゃねぇよ』


 先程まで昏倒していたシオンの意識が回復し、私へ噛み付いてくる。威勢の良さからして、思ったより元気そうだ。


『そういえ 自己紹介がまだだったな。私は人工意識、紅という。アキラの相棒だ。君のことは彼の視覚情報を通じて見ていたよ。無論君の事情も良く知っている』


『兄貴の相棒だか何だが知らねぇが、アタシは洗脳なんて受けてねぇし、町を襲ったのはアタシの意思だっ! デタラメなこと抜かしてんじゃねぞっ!?』


 ふむ、なるほど……だが、それが本当に君の意思だと証明出来るか?


『なら、先程のデュークの姿、言動、行動をどう説明する? アキラ達が何故、君を護り、今もデュークとの戦闘を続けていることをどう説明する?』


 殺されかけた事実が想起され、震える肩を抱くシオン。口許も震え、良くないことを考え、行き場うしなった思考が泳いだ瞳に現れている。


『そ、それは……何かの間違い、あ、あれが……本当にデュークだっ……たか――』


 思考が制限されていたようだな。無駄なこと考えず目的のために突き進むだけの思考が、アイシャ氏の関係が払拭されたことにより、揺らぎ始めている。


『君は自分の罪と向き合おうと出来るのに、都合の悪い現実には目を背けるのか?』


『……っ!』

 

『そして君は自分自身のことさえ、本当にやりたいことさえ、目を背けている』


 震える身体はまるで怯えた子犬のようだ。故に次の言動が容易に予測出来る。何も知らない者に何が分かると噛み付いてくるだろう。


『……お前に何が分かるんだ。AIのクセに……』


『分かるさ、君が食糧を配っている時の集落の子供達に向ける瞳を見れば、君が本当はこんなことを望んでいないことも、君が本当に望んでいることも、アデニ氏もそれに気付いていたはずだ。だから君にあの言葉をかけたのだ。自分の気持ちに素直になれと……』


 D.Dはシオンとアイシャ氏の関係性に付け込んで復讐心を与え、子供達に見せる優しさに付け込み使命感を与え、リーダーという役目を与えることで、責任感を植え付けた。


『悪いが話は終りだ。そんな君の為に命を投げ出している二人をこのまま放っておくことは出来ない。私の仕事は今、9割終了した。後は君達の選択に掛かっている』


 シオンはそれ以上口を開くことは無かった。視線が遠くをさ迷い、言葉を失い、無気力に呆然と座り込む。


 後は全てが終わった後、アキラに任せよう。彼女は本当は強い娘だ。きっと立ち上がれる。


 申し訳ないが、戦況が思わしくない。法的手続きは済んだ。直ぐに戻ろう。



 アキラ達は、マリア達がいた場所から約10kmほど離れた市街にいた。市街と言っても既に瓦礫の山、倒壊したLED看板からして到着したとき車窓から見えたカジノであったことが分かる。何とか引き離す事には成功したがアキラは疲弊し、肩で息をしながらも、なおD.Dと対峙している。


 だが、アキラは決して臆してはいなかった。5分という時間の中で外周部まで後半分という所まで引き離せたということは、かなり健闘していたと言える。


『すまん、今戻った』


『「遅いっ!」』

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