第29話 惚れた女の為に

「そうか。それがお前の答えか……どうしてこうなってしまうのだろうな……」


 残念無念に肩を落とし嘆くD.D。眉間を押さえ首を振る。


 執行者は皆、地球人類に対し侮蔑の念を抱いていると思っていたが、1枚岩ではないということか。


「悪りぃ。マリア、サクラ。少しの間待っててくれ。直ぐに終わらせる。そうだっ! そしたら弁当もって三人で遊園地に行こうっ! 楽しいぞ?」


 アキラはいつもの犬歯丸出しの不器用な笑顔で二人へ頬笑み掛ける。


 不安に駆られていた二人の顔に落着きが戻ったようで、少しばかり笑顔が顧みられた。


 マリアが課せられた腕でサクラを抱き上げる。


「うん……約束。サクラと一緒に待っている」


「約束っ!」


「ああ、約束だっ!」


 二人の微笑みに頷くアキラ。

 

 不意に肩へ手が置かれる。THAAD時代から彼が信頼し、背中が預けられる者の手だ。


「アキラ……それ死亡フラグよ。それに遊園地より先に買い物でしょ? サクラちゃんに可愛いお洋服いっぱい買ってあげなきゃ」


 君も人の事を言えないが。


 ユラナもまたメディカルポーチよりタクティカルマスクを取り出す。アキラと同じ型だがカメラレンズのカラーがイエローになっている。


 死亡フラグ、古い迷信だな。


 過酷な環境の中で未来に想いを馳せ生きる力は何人に勝る力となる。先人がそうして命を繋げてきたことが何よりの証拠だ。


『死亡フラグだと? そんなものは最早カビの生えたジンクスに過ぎんよ。案ずることは無い』


『そうね。何の根拠もない只の迷信。さぁ、貴方たち仕事の時間よ』


 二人はマスクを装着し、腰のホルスターから三つの円柱筒を取り出し、軽く振る。


 中央が割れ粒子が放出される。無数の青白く輝く弦が二人の体に纏わり、漆黒のプロテクターへと構築される。


 全身を覆う強い相互作用で構築された漆黒の甲冑は長時間の亜音速戦闘を可能にする。


「随分と業務範囲が広いんだな?TwelveThinkerってのは……」


「なぁに、単なるアフターサービスだ」


「そうか。なら俺も仕事をするとしよう。これ以上は怠慢と言われかねない」


 D.Dは右手を地面に翳す。


 掌が青白く輝き、稲妻が放たれる。


 稲妻はD.Dの半径凡そ1メートルを円型の刻印を刻み付け――。


 立ち上る火柱。


 D.Dの身体が目映い輝き、円の内側が灼熱に包まれる。


「アキラ、先程お前は無敵と言ったな?」


 炎より現れたのは漆黒の甲冑を纏うD.Dの姿。


 その肩には長さにして約2メートルの漆黒の大剣が掲げられている。


 その鈍い輝きを放つ大剣は、刀身の根元の装飾された持ち手がある、16世紀のドイツで使用された巨大な両手剣、ツヴァイへンダーだ。

 

 その姿は板金鎧プレートアーマーを纏う中世の騎士のように見える。


 目と鼻を覆うバイザー越しに青い鬼火のような眼光に睨まれ、アキラは思わず息を飲む。


「アキラ、どう? あの甲冑が何で出来ているか分かるかしら?」


 呼び掛けにハッとするアキラの鼓動と背中。

 ユラナのその呼び掛けは気負いしたアキラを正気に引き戻したようだ。


「ちょっと待て」


 冷静さを取り戻し、深く深呼吸し、アキラは阿頼耶識により甲冑の構成材質の読み取りを開始する。


「ああ、あれは炭素だな。結合力ならこっちが上、安定性ならあっちが上、長期戦になるとヤバイな」


 グルーオンによる結合、即ち核力は、炭素の共有結合、クーロン力に対して約10倍ある。オブジェクト〈緋々色鎧〉は核力により構成され、硬度に関して言えばこちらが上、だが階層性ディスバランサーをもってしても物質的に不安定であるため時間制限がある。


 しかしD.Dが纏う鎧は炭素の共有結合によるもの物質的にこちらとは比較にならないほど安定しているため、やはり長期戦を考えると軍配が上がる。



「俺はお前達以上の無敵だ」




「兄貴っ!!」



 おいおい、勘弁してくれないか。


 背後から聞覚えのある甲高い声。


 一番この場に居てはいけない人物が現れた。


「シオンっ! バカっ! お前っ! 何で来やがったっ! さっさと逃げろっ!」


〈重力波を検知〉


 D.Dとアキラがほぼ同時に動く。


 ローレンツ収縮と演算補助により周囲の時間が止まった感覚――。


 重力波に乗り、初速から亜音速に達し、弾き出された空気が、一気に土煙を上げる。


 巻き上げられた砂利や砂粒は、緩やかにその動きを止める。



 D.Dは両手剣の振り上げ、シオンの前に聳え、彼女の身体を影で覆い尽くす。


 振り下ろされる両手剣。


 ゆっくりとシオンの瞳が見開かれる。


 見開かれ切った時には既に眼前へと迫り、


 その刃が彼女の頭蓋を貪り喰らおうとする――。




 寸前――。



 アキラは二人の間に滑り込む。


 銀閃の帯を引く銃剣天羽々斬。


 掬い上げられるように切り上げ、その大剣を受け止める。


 亜音速まで加速し増大した質量同志の衝突。


 その衝撃波の波紋は次第に大気を震わす大波となり空気を荒々しく揺さぶっていく。



 衝撃を抑える余裕など無かった。

 

 荒波に押し流されるように舞い上がる土煙と衝撃を受け、悲痛に顔を歪め、地面を弾むシオンの身体。


 この時のシオンには恐らく突如として目の前が爆発したとしか認識出来なかっただろう。


 受け止めたのも束の間――。


 D.Dがツヴァイへンダーの最大の特徴、刀身の根元の持ち手、リカッソに手を掛け更に力を込め押し込んでくる。


「……重いっ!」


 じりじりと肩に喰らいついてくる両手剣を前に、心拍を上昇させるアキラ。

 

 再びシオンの身体が浮かぶ、地面に叩きつけられた衝撃に意識が飛んだのか、苦痛の表情が和らいだように見える。


 気を抜けば肩ごと腕を切り落とされそうな状況で我々には彼女を庇う余裕など無かった。


 三度、地面に叩きつけらそうになる寸前、滑り込んだアースが咄嗟に身を呈して受け止める。


 冷静な状況判断が出来る者がいて正直助かった。

 


 しかし、その間にも両手剣の刃が肩に喰い込み、装甲を抉り始める。



 天羽々斬の切れ味は既に最大に調整しているが。D.Dが持つ両手剣には、それと均衡を保つほどの硬度と靭性が備わっているようだ。

 

 どうやら只の炭素では無い。アキラの視覚情報から拡大スキャンで確認すると、それが炭素繊維が格子状に織り込まれているのが分かる。


 カーボンファイバー。硬度と靭性を両立出来たのはこの為か。


 重量と腕力の差の前に彼の心臓は焦りの色を見せる。


 受け止めた瞬間であれば力点をずらし、受け流すことも出来たが、既に遅かった。


 だが、そこへ――。


 


 地面にから突き上げるような三日月の如き銀色の帯を引く白刃。



 夕暉に煌めく突槍が天を突き刺す。

 


「油断しすぎよっ!」


 その槍はユラナのドラゴンイーター。


 折り畳まれた銃床の先に刃が取り付けられている。


 オブジェクト使い。即ちアーティスト同志の戦闘では刀剣や鈍器などの近接戦闘武器の方が有効である。


 銃や投擲武器などの場合、防がれるか躱されてしまい、牽制であれば多少有効であるが、外傷を与えることはまず不可能だ。


「悪いわね、アース。引き続きみんなを守ってくれるかしら? こっちは衝撃吸収に演算を割いている余裕は無いの」


「……一応僕は怪我人なんだけどな……だけど民間人を守るのはTHAADの勤めだ」


 アースに抱き抱えられたシオンの額から一筋の血が流れて、滴り落ちる。


 彼女の目蓋が微かに開れた。


「デューク……どうして……?」


 視点が定まっていない。意識が朦朧としているのは、絞られた声を聞いても明白だ。


「お前の死は、新な戦乱の鶏鳴となる。」


 その裏切りの言葉が彼女の耳に届いたかは定かではない。聴き終わった頃には既に瞳は閉じられ、意識は失われていた。


「アース、頼む……」


「分かっている。存分にやるといい」


 再び振り上げられる大剣。揺らめく夕日を背に、暗い陰の中、紅い眼光が怪しく輝く。


「やはり、今この場でシオンを始末するのは無理か……ならばっ!」


 


 アキラとユラナは動いた。


 踏み込んだ瞬間、重力波により初速から亜音速に到達する。


 流石はくされ縁と言える。踏み込んだタイミングも息も合った符節の合った二人。

 


 D.Dの振り下ろされる両手剣の行く先は――大地。



 シオンを始末出来ないと悟ったD.Dは狙いを変え、この都市の支柱の破壊に標的を定めたのだ。


 銀色の帯を引く二人の刃は、地面と紙一重を滑空し、風圧が地面を抉る。

 

「――っ!!」


 かち合った刃同志の音波が大気を震わす。


 交錯し、拮抗し、交差する三者の刃は凌ぎを削るが如く、互いを削り合う。


「させねぇよっ!」


「釣れないのね。私達の相手はしてくれないの?」


 D.Dが鼻で笑ったように見えた。


「分かった。シオンを殺すにせよ。都市を破壊するにせよ。先ずはお前達を始末しなくてはならないようだ」


 二人は重心を移動させ、力を去なし、弾く。


「ユラナっ!! こいつを都市から引き離すっ!!」


「ええっ!!」

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